第63話運命かしらね

 





「こんな所にわざわざ呼び出して、わたくしに何の用ですか、剣凪さん」

「ああ、一つ確認したい事があってな」


 西園寺 麗華をダンジョン1階層に呼び出したのは、同じA組である剣凪けんなぎ 郁乃いくのだった。


 整った顔、メリハリのあるスレンダーな身体付きに、潤いのある黒い長髪は一束ポニーテールに纏められている。

 西園寺と同様、彼女も学内では有名人であった。秀麗な容姿も要因の一つではあるが、剣凪の名が知られているのは主に部活動だ。

 彼女は剣道部に所属しており、2年連続全国大会優勝を成し遂げている。オマケに秀才でもあった。

 そんな完全超人の剣凪もまた、神崎 勇人を好いているメンバーの一人である。


 剣凪は険しい表情を浮かべながら、西園寺に尋ねた。


「勇人に聞いたが、今は影山とパーティーを組んでいるそうだな」

「ええ、そうですわ」

「何故あんな男とパーティーを組んでいる」

「何故……とは?」


 剣凪の言葉にピクリと眉が反応した西園寺だが、冷静に問いかける。

 すると剣凪は、苦虫を噛み潰したような表情で、


「奴は同級生を殺した男だぞ。それも、人を殺しておいて平然とした顔をしていたんだぞ」

「それが何か?」

「それが……って、知っていて奴に付いて行ってるのかッ!?」

「あの方がそういうお方なのはわたくしが一番理解していますわ」


 西園寺は腕を組みながら「そもそも」と続けて、


「わたくしは現場に居なかったので詳しく事情は知りませんが、あの件の被害者は影山さんなのでは?王国側も生徒達にそう発表したでしょう。それも【嘘を見抜く】スキルを持つロウリーさんに貴女達が強引に連れて行ってまで」

「そ、それは……!」

「まぁその事はどうでもいいですけど。あぁ、まだ剣凪さんの質問に答えていませんでしたね。わたくしは自分の意思で影山さんとパーティーを組んでいます。理由は、わたくしが彼と共に戦いたいからですわ」


 自信気に、気高く、堂々と、誇らし気に。

 西園寺 麗華は判然とそう告げた。

 すると剣凪はギリッと奥歯を噛み締めて、


「私達が西園寺をパーティーから外したからか」

「アレはスキルを暴走させてしまったわたくしが至らなかった為です。貴女達の所為ではありません」

「……戻って来る気はないか」

「お気持ちは嬉しいですが、丁重にお断りしますわ」

「お前は、勇人の事が好きじゃなくなってしまったのか?」

「それとこれとは別な話ですが、わたくしは今でも勇人を好いていますわよ。逆に聞きますけど、どうしてそこまで食い下がるのですか」

「……」


 剣凪は一泊置いた後、言い辛そうに口を開く。


「勇人が心配しているからだ」

「はぁ……“結局そうですわよね”」


 西園寺は深いため息を吐いた。

 剣凪は、西園寺を心配している勇人が心配なのであって。決して剣凪が西園寺を心配しているからではないのだ。

 まあ元々、個人個人としては特別仲が良いという訳でもない。ハーレムメンバーは、神崎 勇人ありきの集まりだった。


「影山さんとパーティーを組むと勇人にはわたくしから直接伝えてあります。なので、剣凪さんからどうこう言われるつもりはありませんわよ」

「そうか……そこまで言うなら“お前には”何も言わない。こんな所に呼んで悪かった」

「……」


 踵を返して立ち去る剣凪の背中を睥睨しながら、西園寺は胸中に不審を抱いていた。


「……危険ですわね」


 根拠は無い。

 だが、剣凪の眼差しと声音には負の感情が含まれていた。

 恐怖、怒り、憎しみ。僅かであるが、西園寺は剣凪の感情を読み取っている。そして負の感情を抱える者が、どんな事をするか。一度身を以て体験している西園寺には、何と無く想像が出来てしまった。


「影山さんに負けてられません。わたくしも強くならなくては」


 背中を追いかけるだけの、お荷物にだけは絶対になりたくない。

 彼の隣を歩き、対等な立場でありたい。


 西園寺も、新たな決意を抱いたのだった。




 ◇




(何で……どうしてッ……よりによって彼女なんだ!!)


 佐倉 詩織は焦っていた。


『だけど俺は、西園寺のことを“仲間”だと思ってる。このクソッたれな世界で死に物狂いで戦う、仲間だ』


 あの言葉を影山から聞いた時から、心臓のざわつきが治らない。ドクンドクンと、強い鼓動が鳴り止まなかった。


 影山 晃の隣。

 その位置ポジションに居るのは自分でありたかった。

 なのにどうして、そこに西園寺おまえが居るんだ。自分が唯一嫌いなお前が。


(くそ……クソ……ッ!!)


 それは、紛れも無く“嫉妬”だった。


 佐倉は歩いていた。

 目指す場所もなく、ただひたすら身体の赴くままに。誰かと肩がぶつかっても、お構いなしに歩く。

 だが、ついに足が止まってしまう。

 いや、止められたのだ。


 どんっと、佐倉は誰かと衝突してしまう。

 すぐに謝って手を差し伸べると、握られた手は細く氷のように冷たかった。

 よいしょっ……と立ち上がる人の顔を確認すると、佐倉は目を見開き驚愕する。


「あ、貴女は……」

「あら?あらあらあら?また会えたわぁ、これはもう運命かしらね」


 ぶつかった相手は、以前にも影山とぶつかってしまった魔女の格好をした女性だった。

 対峙するだけで背筋に悪寒が走るような、得体の知れない気持ち悪さ。そんな不気味で妖しい女性は、佐倉の周りを確認すると残念そうに艶めかしい唇を開く。


「あらあら、今日はあの男の子はいないのかしら?」

「ええ、まあ」


 逃げたい。

 今すぐこの場から逃げ去りたい。

 なのに、女性はいつまでも自分の手を離してくれなかった。


「あの、もういいで――」

「ねえ貴女、力が欲しいんでしょ?」

「なっ……!?」


 囁くような声音で、魔女が唐突に問いかけてくる。

 それも、今自分が最も欲しているモノを当てられてしまった。まるで心臓を手で鷲掴みされている気分に晒されながら、佐倉は驚愕したまま口を開く。


「どうして……それを……」

「分かるわよ……だって貴女は、私に似ているもの」

「はん、ボクと貴女が似ている?そんな訳がない」


 めちゃくちゃ嫌な話だった。こんな恐ろしい魔女と似ているなんて死んでもゴメンだ。


「うふふ、それは後々分かってくるわぁ。ねえ貴女、困ってるんでしょ?あの男の子の隣に居られなくて、悔しいのでしょう?」

「ッ……それがどうした。もし本当だとしても、貴女には何一つ関係ない」

「でもこのままじゃぁ、ずっとあの男の子の隣には辿り着けないわよぉ。それでもいいの?」

「だからって、貴女に頼る必要はない。悪魔と取引した方がまだマシに思えるね」

「本当にそう思ってる?“私の目を見て言って”」


 深い闇色の瞳に見つめられると、佐倉は息を呑んだ。心臓の動悸が激しく、思考が上手く纏まらなくなってくる。

 自分が自分でない感覚に陥っているような気さえし始めた。


「このまま、誰かにあの男の子を奪われてもいいのかしら?」

「……嫌だ。取られたくない、西園寺 麗華なんかに影山を奪われたくない」

「うふふ、じゃあ私が力を上げる。あの男の子の隣に立てるような、強い力を」

「ああ、ボクに力を寄越せ」

「あらあら?悪魔と取引した方がマシなんじゃなかったかしら」

「もういいんだ。悪魔だろうが死神だろうが、力をくれるなら何だっていい。分かったんだ、ボクは。このまま指を咥えたまま影山を取られるくらいなら、魂だって売ってやる」


 その言葉を聞いた刹那、魔女はニマァァァァと裂けるぐらい口角を上げた。


「あらあら、まぁまぁ。やっぱり貴女は私に似ているわぁ。じゃあ特別に、とびっきりの力をアゲル」

「――うぐッ」


 魔女の指に額を突かれた佐倉は、全身に強大な力が送られてくるのが分かった。その反動か、凄まじい激痛と倦怠感が襲ってくる。


「はぁ……はぁ……」


 立っていられず膝をつくと、魔女は佐倉の耳元で囁いた。


「貴女に魔王の幸運を」


 そう呟くと、魔女は忽然と姿を消していた。


「ふ、ふふ……あんなバケモノの誘惑に堕ちるなんて、ボクも焼きが回ったな」


 自嘲するように笑った佐倉は、覚悟を決めた顔で、


「だけどこれで、やっと君の側にいられる」


 その瞳は暗く、濁っていた。


 この瞬間、佐倉 詩織のスキルは【魔術師】から【嫉妬の魔女】に変わってしまったのだった。

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