第58話たったの一人

 


 ここは王都の裏街。


 薄暗く殺伐とした空気の中にある一軒の屋敷は、ゴルド商店という。


 表向きはボッタクリ魔具を販売している店だが、その実態は奴隷売買を商う非合法な商店だった。


 ゴルド商店、店長オーナーのゴルドは、ここ最近奴隷が売れずに困っていた。


 その理由としては、最近奴隷商店が増え始め、ゴルド商店よりも質が良い奴隷がいる奴隷商店に顧客を取られ続けていたからである。


 ――このままでは私の店が潰れてしまう。どうすればいいんだ……!?


 悩み焦ったゴルドは熟考し、閃いた。


 ――そうだ、魔族を捕まえて売ってやろう。


 人間ではなく、物珍しい魔族に目を付けた。


 人間は業が深い生き物だ。特に貴族はそれが顕著である。


 リスクは高いが、コアな顧客は増えるかもしれない。店を存続させるには必要な手。


 ゴルドは博打に出た。


 情報屋から魔族の情報を高い金で買い、優秀な手下を送り込んでやっと手に入れた。


 なのに――


「はぁぁぁあああ!?魔族ガキを一匹逃しただとぉ!?お前達、私に冗談を言ってるんじゃぁーないよなぁ!?」


 低い背、丸っと太った身体、薄い髪。


 そんな残念な中年姿のゴルドーが髪を逆立てて問いただすと、手下は気まずそうに答える。


「いえ……本当です」


「つ、捕まえる寸前だったんです!だけど、知らねーガキに邪魔されて!」


「そのガキ、見た目の割に変な力を使っていて……」


「一人のガキ相手にやられてノコノコと帰ってきたのか、お前達は!!」


 手下に怒声を吐き散らすゴルドは、少ない髪が抜けてしまうほど怒り狂っていた。

 折角捕まえてこれから売ろうって話なのに、初手から躓いてしまったのだ。彼が怒るのも無理はない。

 更に言えば、逃げたのが魔族の子供というのもマズかった。もし王国騎士団に魔族を奴隷売買しようとする事がバレてしまったら、いくら暗黙の了解で奴隷売買が許されていると言っても今回の件は許されないかもしれない。


(私の商売の邪魔をしたのはどこのどいつだ。絶対に探し出してぶっ殺してやる!)


 顔を真っ赤にさせたゴルドが、邪魔者を必ずこの世から消してやると決意した瞬間だった。


 ――ドォォォンッ!!と何かがぶっ壊れたような轟音と共に、屋敷が大きく揺れる。

 慌てるゴルドは、すぐに手下に状況説明を求めた。


「何事だ!?」

「しゅ、襲撃です!!」

「襲撃だとぉ〜〜!?どこのモンだ!?人数は!?」

「そ、それが……黒い鎧を着たヤツで、たった一人です!」

「たったの一人で……私の組織に襲撃……だと?」



 ◇



「アキラ、大丈夫?」

「ああ、何も心配することはない。すぐにお母さん達を助けてやるから、リミは俺の側から絶対に離れるんじゃないぞ」

「うん!」


 心配そうな眼差しで見上げてくるリミの頭に軽く手を乗せ、安心させるように優しく撫でる。


 俺は今、リミに案内してもらってとある屋敷を訪れていた。


 その屋敷は、空気が悪くガラの悪い奴等がたむろっていたりと、無法地帯を匂わすかのような場所にあった。


 俺と認識出来ないように黒スライムを全身に付着し黒鎧を纏った。イメージは、西園寺の配下となった黒騎士デュランの黒鎧だ。


 しっかりとヘルムも被っている為、万が一にも俺だとバレる可能性は無い。


「おい、お前等が拉致ってきた魔族を出せ」


 開口一番にガラの悪い店員にそう告げると、彼等は険しい表情で怒声を放ってくる。


「テメェ、どこのどいつだ!?」

「って、そこのガキはアイツ等が取り逃したガキじゃねえか!!」

「おいおいマジかよ、わざわざ連れてきてくれたのか!じゃあこの変な奴をぶっ殺せばいぶべらっ!!?」


 下っ端の一人が隙だらけのまま近づいてきたので、触手フィーラーでぶっ飛ばし力づくで黙らせる。


「「…………」」


 他の下っ端達が初めて俺を警戒する様子を見せる。次々と懐から得物を取り出して構える下っ端共に、俺は続けて、


「もう一度言う、お前等が拉致ってきた魔族を今すぐに出せ」

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