第57話生意気なガキだ

 




『自分の部屋にこンな幼女ガキを連れ込みやがって。事案だぞ事案』

「五月蝿い」

「え……?」

「いや、何でもない。気にしないでくれ」


 ベルゼブブがご主人様の事を犯罪者呼ばわりしてくるので、断固として否定する。


 確かにこの魔族の女の子は可愛い。

 目が大きくてクリッとしてる所とか、舌ったらずな声も耳が癒される。こめかみ辺りから生えている小さな角のようなものもチャーミングだ。

 だが俺は決してロリコンじゃないので、こんな小さな幼女に欲情したりしない。


 って今は俺がロリコンなのかロリコンじゃないのかなんて話はどうだっていいんだ。

 まずはこの女の子から事情を聞き出さないと。


「俺は晃って言うんだ。お前は?」

「アキラ……?リミはリミなの」

「リミって名前なのか。リミはどうして奴隷商なんかに捕まったんだ?」


 腰を下ろし、リミの目線に合わせて訳を尋ねる。たどたどしくも、リミは一生懸命話してくれた。


 リミは小さな村で暮らしていたのだが、ある日突然、人間達が襲ってきたらしい。

 抵抗も虚しく、村の男達は全員殺され、おんな子どもが捕まり馬車に乗って連れて来られた。

 奴隷商に到着した時、リミのお母さんが奴隷商人の隙を見て逃してくれ、追われている最中に俺に助けられた。


 リミの話を要約すると、大体こんな感じの内容だった。


「リミね、恐かった。すごくすごく恐かったよ……でもね、お母さんが逃げろって。一緒じゃなきゃヤダって言ったのに、お母さんがお願いだからって……うわーんッ!!」


 くしゃくしゃに泣き出すリミをそっと抱き締める。

 彼女の背中を優しく摩る俺は、自分でもブチ切れているのが理解できた。


 この子が何をした。村の人達が何をした。

 何故平和な世界に土足で踏み荒らされ、小さな幸せを壊されなければならないんだ。

 それも、襲われた理由が奴隷にされる為だと?

 巫山戯るなよクソッタレがッ!!


『落ち着けよ、ガキが怖がってるぜ』

「ぅぅ…」

「……ごめんな、リミ。お母さんの居場所を教えてくれないか。俺が絶対助けるから」

「ほんとう?」

「ああ、本当だ」


 リミの頭を撫で、俺は奴隷商の居場所を聞き出す。俺とリミが会った場所から、そう遠くないらしい。


『行くのか?』

(ああ、だけどその前に寄る所がある)


 俺はリミを連れて、部屋を後にした。



 ◇



 ――コンコン……とドアをノックすると、「どうぞ」と部屋の主に許可を得たので入室する。


「何だ、貴様か」

「悪かったな、俺で」


 人の顔を見るなり嫌そうな表情を浮かべる彼女こいつはロウリーという。

 深緑の長髪に、切れ長の瞳。肌も雪のように白く眼を見張るような美人なのだが、残念ながら彼女は残念美人だ。

 何故かって?口調と性格がキツ過ぎるからである。


 ロウリーは【嘘を見抜く】スキル者であり、遠藤事件で神崎に連れて来られた時に世話になった。あの時は根掘り葉掘り聞かれてウンザリしたのだが、お陰で疑惑が晴れ無罪放免になったので形的には助けられている。


 何故俺がロウリーの下を訪ねたか。それは彼女が、この国の法務官だからだった。


 机の上には大量の書類が山のように積み重なっている。ロウリーは机の上にある紙に筆を走らせながら、俺に視線を寄越すこと無く口を開いた。


「見ての通り私は忙しい。下らない用件なら直ぐに出てってくれ、仕事の邪魔だからな」

「相変わらず厳しいな、アンタは。一つだけ聞かせろ。この国は奴隷が許されているのか?」

「……」


 俺は確認したかった。

 この国では奴隷が合法なのか、非合法なのか。それによっては、俺が取る行動も変わってくる。


 俺の出した質問に、ロウリーの筆がピタリと止まる。彼女は胡散臭さうな眼差しで俺を見抜くと、深いため息をつきながら答えた。


「その質問は、そこにいる小汚い子供と関係あるのか?」


 俺の背後にいるリミは今、外套を纏いフードを被っていた。リミの角を誰かに見られる訳にはいかなかったので、急遽用意したのだ。


「いいから答えろ」

「……我が国では奴隷は認められていない」


 彼女は即座に「だが……」と続けて、


「誠に遺憾だが、暗黙の了解で奴隷売買が行われているのが現状だな」

「何でだよ、おかしいだろ」

「金が潤うからだ。戦争奴隷しかり、嗜好奴隷しかり。貴族や高ランク冒険者、王族ですら惜しみなく買っていく。他国の者でさえもな。すると金の動きは循環し、国金は潤う」

「クズだな」

「同感だが、眼を瞑る必要があるのも確かだ。どこの国にも闇は存在している」

「国の闇なんてどうだっていい。なら俺が奴隷商を叩き潰しても咎められないんだな?」

「法律ではそうだが……おい貴様、何に巻き込まれている?いや……何をしようとしている?」

「別に……助けてと言われたから助けようとするだけだ」

「……私が言うのも可笑しな話だが、貴様はダンジョンに専念した方が賢明だ。王宮の外では問題を起こすなと言われているのだろう?」


 ロウリーの話は間違っていない。ダンジョン以外の問題に手を突っ込むのは駄目だと言われてるし、もしかしたらクラスメイト達に迷惑をかけてしまうかもしれない。


『俺がお前等の為だけにしたと思うか?お前等が約束を破って揉め事を起こしたら、俺や他の連中に迷惑を被るじゃねえか。逆に聞くけどよ、お前は一時の感情で他の生徒に迷惑をかけてもいいってのかよ』


 あれだけ遠藤達に忠告しておいて、今度は自分自身がそのあやまちを犯そうとしてるんだ。


 だけど……それでも俺は……ッ。


 俺は真っ直ぐに新緑の瞳を見つめ、力強く言い放つ。


「そんな事はアンタに言われなくても十分承知の上だ。でもな、それが絶対ルールだとしても、泣きながら助けを求める子供を放っておく人間クソッたれになりたくないんだよ」

「……」

「何かあった時の責任は取る」

「どうやって?」

「死ぬ」


 はっきりと意思を告げると、ロウリーは何故か「ふっ」と小憎たらしい笑みを浮かべた。


「狂ってるな、とても子供が真顔で言うことではない。それも本気で言ってる所がまたタチが悪い」

「……」

「私は貴様が嫌いだ。生意気で、はっきりモノを言う所とこがな」

「同感だな」

「……。だが……貴様の目と言葉だけは好感が持てる。やや狂気的だが正直で真っ直ぐな眼差しと、言葉に嘘が一つもない」

「……」

「いいだろう、訳を話してみろ」


 と説明を求められたので、俺はリミの顔を隠していたフードを取り上げ、これまでの事情を伝える。するとロウリーは驚愕した後、ドンッと机を叩き険しい表情で怒声を上げた。


奴隷商クズ共め、ついに魔族にまで手を出したか!!」

「……今まではなかったのか」

「私の知る限りではな。そもそも魔族とは長年戦争中で、人間は魔族を嫌悪している。だから奴隷商も手は出さない、売れないからな。それにリスクも非常に高い」

「じゃあどうして魔族が狙われたんだ」

「知るか。クズの頭はクズにしか分からん。だがもしそれが本当だとしたら、黙ってはおけんな。よかろう、私が許可する。その奴隷商共を叩き潰してこい」

「いいのか?」

「ああ、お前一人で出来るものならな。そのかわり、姿を偽れ。貴様だと分からない格好で行け」

「分かってるさ、極力迷惑はかけない」

『話のわかるヤツだな』


 ベルゼブブの言葉に内心で同意する。

 ロウリーは性格も言葉もキツいが、真面目で話の分かる奴でもある。もし彼女がドラマとかに出てくる悪代官だったならば、遠藤の事件で今頃俺は牢屋行きだったろうし。


「その子供はどうする?」

「連れて行く」

「貴様が勝手に野垂れ死ぬのは構わんが、その子供は死なせるなよ」

「当たり前だ」


 そう告げると、俺はリミを連れて部屋を去ったのだった。



 ◇



 ロウリーは【嘘を見抜く】スキル者である。

 類稀なスキルと、正義を貫く姿勢に、優秀な能力を買われ、彼女は特別法務官というアウローラ王国において重要な役職についている。


 そして【嘘を見抜く】力で数々の事件を解決し、周りから多大な信頼を得ている反面、ロウリーは他者から忌避されていた。


 何故ならば、彼女と話す時は誰も嘘をつけないからだ。特に苦手としているのが貴族達で、彼等は己の口から出た言葉によって自分の首を絞められる可能性を恐れ、彼女とは極力会話をしないようにしてる。

 仕方ない事情があっても決して彼女の目と目を合わさず、言葉を慎重に選びながら会話を紡ぐのだ。

 なので彼女は他者から忌み嫌われていることも、裏で陰口を囁かれていることも知っている。


『特別法務官の前では会話もままなりませんな』

『冗談も通じませんからね』

『もう二十二もなるのに、まだ婚約もしておらんのだろ?顔だけは良くても、あの性格のキツさでは貰い手もいなかろう』

『ははは!間違いない!』


 そんな薄汚れた人間の本性を散々見せつけられてきたロウリーが、人間というモノに嫌気がさすのは当然の結果であった。

 だけど、そんな時だった。

 ロウリーが、影山 晃という少年と出会ったのは。


『貴様がカゲヤマ アキラか。同じ転生者のエンドウ タカシを殺したのは本当か?』

『そうだ、俺が殺した』

『ッ!?』


 あそこまでハッキリと自分の眼を見て話してくるのは久方ぶりで、逆にロウリーが驚いてしまったほどだ。

 話を聞くと彼は正当防衛で、他の三人の転生者も突然化物になった遠藤が殺してしまった。【嘘を見抜く】スキルに反応が無かったので、晃の言い分は真っ当であると証明され、ロウリーは晃を無罪と判断した。


「不思議な奴だ。人を一人殺しておいて、尚且つ私が【嘘を見抜く】スキル者であると宣言したにも関わらず、全く動揺せずあそこまで堂々としていられるのも子供にしては肝が太すぎる」


 当時を思い出し、ロウリーは小さく笑みを零す。

 晃は嘘をつかなかった。言葉を濁すこともなかった。ただの一度でさえも。そんな人間は中々存在しない。


「今回もそうだ。私に面と向かってあそこまで堂々と喋れるのは奴ぐらいだろう」


 真っ直ぐな瞳に、嘘のない言葉。

 しかし些か狂気的で危なっかしくもある。

 だから今回は、ガラにもなく後押しをしてしまった。そして事後の手助けもするのだろう。


「生意気なガキだ。次に会ったら私に対する礼節をわきまえさせてやる」


 そんなガキを、ロウリーは意外と嫌いでは無かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る