第56話何の冗談だ

 




「どう思う、委員長」

「うーん、佐倉さんの気持ちも分からなくもないかな。本音を言うと私だって、影山君の力になってあげられなくて悔しかったんだもん」

「そうだったのか……」


 何故佐倉があれほどまでに怒っていたのか真面目に考えてみたが、やはり俺には今一理解出来なかった。

 ベルゼブブに鈍感野郎と言われ続けるのも癪なので、俺はもう一人の当事者である委員長こと寺部 静香に相談してみることにしたのだ。


 昼時に誘って、今は市街のカフェで飯を食いながら話を聞いて貰っている。

 すると、どうやら彼女も少なからず佐倉と同様な思いを抱いていたらしい。


「影山君ってさ……自分が傷ついても人の事は勝手に助ける癖に、いざ自分が困ってる時には助けさせてくれないよね」

「……そうなのか?」

「そうだよ。九頭原君からイジメられていた秋津君を助けた時も、黒沢さん達から嫌がらせを受けていた佐倉さんを守った時も、自分の立場なんて関係無しに向かって行って、あっという間に解決したんだもの」


 それは違う。

 と口にする前に、委員長は憂いを帯びた表情で再び口を開く。


「私は怖かった。助けたいのに、守りたいのに、私は一番に私自身を守ったの。だから影山君に助けられたのは、私もなんだ」

「それは助けたって言うのか……?」

「私がそう感じてるから、そうなんだよ。だからね、もし影山君を助けられる時があるなら、助けようって思ってたの。遠藤君達の件で参ってるなら、何とかしようって。でも断られちゃったからね」

「……それは済まない。あの時の俺は、言葉が強かったかもしれない」


 頭を下げて謝ると、委員長はううんと首を振って、


「そんなことは気にしてないよ。ただ、影山君を助けたのが西園寺さんっていうのが意外で、ちょっぴり悔しいなって。私達は何もする事が出来なかったから……」

「まぁ、助けられたって言えば助けられたのか」


 実際、西園寺が居なかったら黒騎士デュランに殺されてたし、アースドラゴンにも勝てなかったしな。


「助けて貰ってばかりじゃ心苦しんだよ。だからね、小さい事でもいいの。私や佐倉さんを頼って欲しいな。何でも力になるから」

「……分かった、そん時は頼むよ。それはそうと話が変わるんだけど、委員長は佐倉と西園寺の関係って何か知ってたりするか?」

「佐倉さんと西園寺さんの関係?うーん、私は知らないかな。二人がどうかしたの?」


 委員長も二人の関係については分からなかったか。

 俺は首を傾げている委員長に事情を説明する。


「佐倉って基本クールな感じだけど、何故か西園寺の事となると人が変わったように熱くなるんだよな。あれは多分嫌ってる感じだった」

「そうだったんだ……初めて知ったよ、あの佐倉さんがねぇ。うん、分かった。私からもそれとなく聞いてみるね」

「おう、サンキュー」


 話を終えた俺達は席を立ち、会計を済ませる。委員長は半分払うって言ってくれたが、丁寧に断っておいた。

 日本円だと一万円以上は余裕に食った俺と、ランチ料金ぐらいしか食べていない委員長とは払う金額が違い過ぎるからな。ランチ分の値段なんて誤差の範囲だし。


「ご馳走様。というか、本当に凄く食べるんだね。見てるだけでお腹一杯になっちゃったよ」

「すまん、見苦しかったか?」

「ううん、全然そんなことないよ。豪快な食べっぷりは寧ろ見応えがあったかな」


 小さく笑う委員長に照れてしまい、ぽりぽりと頭を掻く。


「これからどうすんだ?相談のお礼にどっか回るなら付き合うぜ」

「ありがとう、でも大丈夫。王宮に帰ってやりたい事があるから、影山君は楽しんで来て」


 分かったと返事をすると、委員長はじゃあねと言って踵を返した。

 その後ろ姿を眺めていると、彼女は突然振り向いて、


「影山君、無茶しないでって言っても影山君は無茶しちゃうよね。でも、やっぱり言わせて……無茶しないで」

「……ああ」




 ◇




『何かするのか?』

「用は無いけど、このまま帰んのも勿体無い気がするだろ」


 折角市街に出てきたんだし、昼飯食って終わりってのもな……。

 とは言ったものの、特にやりたい事とか買いたい物も無いんだけど。欲しい物は俺達学生の為に用意された、王国内にある店に大体揃ってるし。

 まぁ、プラプラして時間を潰すか。


「とか言ってみたが、何処だここ」

『ヒハハ、見事に迷ったな』


 五月蝿いよ。

 と内心でベルゼブブに突っ込みながら、小さくため息を零す。

 市街をプラプラしてたら、帰り道が分からなくてしまった。それに何だか薄暗く、気味が悪い場所に出てしまっている。地球だったら不良の溜まり場ってところか。


 誰かに絡まれる前にさっさと離れよう。変な目で見られるが、蜘蛛糸で建物の屋上を辿っていけばその内王宮に着くだろ。


「おいガキ、待てやこらぁ!!」

「逃げんじゃねえぞ!!」

「ハァ、ハァ……ッ!、」

「蜘蛛い――何だ?」


 建物の上に向けて蜘蛛糸を放とうとした刹那、突如前方から四人の人間がこちらに向かって走ってきた。

 先頭にいるのは小さな女の子。その子供を追うように、ガラの悪い三人の男達。


 トンッ……。

 子供は俺の足にぶつかると、尻餅をついてしまう。


「あぅ……」

「へっ、やっと追いついたぜ」

「おい兄ちゃん、悪いことは言わねぇ。そこのガキを置いてさっさと消えな」

「じゃないと、どうなるか分かってんだろーなぁ」


 はぁ……思ってたそばから厄介ごとに絡まれちまったな。


『どうする、言われた通りに消えるのか?』

(冗談抜かすなよ)

『ヒハハ、そう来ると思ったぜ』

「た、助け……て……」


 涙を浮かべた瞳で見上げ、キュッと服の裾を握り締めながら懇願する幼女。俺は彼女の頭にポンッと手を置いて、背後に隠れさせる。


「おい兄ちゃん、何の冗談だ」

「正義のヒーローごっこならやめときな。俺達は奴隷商で、そのガキは逃げ出した商品なんだよ。逆らわねぇ方が身の為だぜ」

「奴隷?……商品だと?」


 なぁベルゼブブ、あいつ等は一体何をほざいてるんだ?


『キれンなよアキラ。お前の世界にはいなかったかもしれねぇが、この世界では割と奴隷ってのは存在するんだぜ』


 こんな小さな女の子をか?


『アア。老若男女、種族問わずにな』


 ギリッと奥歯を噛み締める。

 本当にここはクソッたれな世界なんだな。

 怒りを露わにする俺の雰囲気を察したのか、奴隷商と名乗った男達が次々と口を開いていく。


「そ……それによぉ兄ちゃん、そのガキは魔族だぜ。そのガキを助けた所で何の得にもならねぇよ」

「おい馬鹿!それは言うなって言われてんだろ!!」

「あっ!?そうだった……」

「まぁいい、知られたからにはこの兄ちゃんを殺すしかねぇな」


 勝手に盛り上がっている男達に、俺は無表情で問いかける。


「魔族だから何だ?魔族ならこんな小さな女の子を捕まえて売ってもいいってのか」

「うるせぇガキだな。面倒臭ぇ、やっちまえ」

「「おう!!」」


 男達がナイフやら短剣を取り出して一斉に襲いかかってくる。

 ……そんなガラクタで勝てると思ってんのか。


触手フィーラー


 背中から人数分の触手を生やし、近寄らせる前に地面や壁に叩きつけた。


「ぐえっ!」

「がはっ!」

「おえっ!」


 汚い声を上げながらうずくまる男達は、涎を垂らしながら俺を睨め付けてくる。


「テメェ、俺達にこんな真似して唯で済むと思ってんのか」

「五月蝿い」

「うげっ!?」


 意識がある奴をフィーラーで黙らせ、全員が気絶したのを確認した俺は、小さな女の子に向き直る。


「スンスン……魔王様と同じ匂いがする」

「ま、魔王の匂い?」

『ンで、このガキをどうすンだよ、アキラ』


 んー、こんな所で話を聞くのもアレだし、こいつ等の仲間が異変を感じてやって来るかもしれないから、とりあえず安全な王宮ばしょに連れて帰るか。


「しっかり掴まってろよ」

「ふえ?」

「蜘蛛糸」

「ふぇぇぇぇぇ!?」


 幼女を抱き上げ、蜘蛛糸を使って俺は王宮に戻るのだった。

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