第40話様子がおかしい

 





「ビビったか?今更謝ったって――」

「蜘蛛糸」


 遠藤の台詞を遮り、こちらから黒糸で急接近する。

 お前は【炎系】スキル、恐らく遠距離タイプだろ?なら、近接戦闘は苦手なんじゃないか。


「ま、待て――」

「ナイフ」


 動揺している暇があったら、スキルを使えよ。咄嗟にその対応が出来ないのは、お前がこれまで死と瀬戸際の戦闘をしてこなかったからだ。


「ふっ」

「う――ぎゃぁぁぁあああ!!」


 短く息を吐きながらナイフを振るい、遠藤の右腕を断ち切る。

 鮮血が飛び散る。奴は絶叫を放ちながら、無くなった腕を目にして喚き出した。


「腕が、俺の腕がぁぁぁぁぁ!!?」

「「遠藤ッ!!」」


 田中、野間、川口。

 仲間の腕が切られたぐらいでお前等そんなに動揺してていいのか?

 隙だらけだぞ。


「アイアンメイデン」

「あがぁぁぁぁぁぁああああああ!!?」


 地面を這うように黒スライムを伸ばす。

 小さな拷問器具を出現させ、川口の左脚をグシャリと潰した。

 川口、お前は足が強靭で速く厄介だ。だから先にその機動力を潰させて貰った。


「川口!!」

「くっそ影山テメェ!!」


 川口がやられて、野間と田中が怒りのままに攻撃を開始する。

 田中が地面を操るスキルで俺の左右、上と後ろに壁を作り囲む事で逃げ場を無くし、近接戦闘の野間が正面から突っ込んで来た。


 逃げ場を無くしたのは良い手だが、次の手が甘いんじゃないのか?

 俺は冷静に背後の壁際まで下がり、剣を振り上げた野間を壁の中へと誘い込んだ。

 壁を這うように黒スライムを左右から伸ばし、タイミングを計って――


「ニードル」

「ガァッ!?」


 壁の左右から長針を出現させ、野間の右肩と左横っ腹を刺し貫く。


 表情を苦痛に歪ませ、肩と腹を手で押さえながら蹲うずくまる野間。

 今の内にハンマーを纏い、壁を破壊して脱出する。


「野間まで!?」

「あとはお前一人だ」

「やめろ……来るんじゃねぇ!!」

「遅い」


 最後の一人となって酷く怯える田中に蜘蛛糸で肉薄し、ハンマーで腹をぶっ叩く。

「おげっ……!」と悶絶した田中は、吐瀉物を撒き散らしながら前屈みに倒れ伏した。


『終わったか。思ってたよりも呆気なかったな』

「ああ」


 ベルゼブブの言葉に短く返す。

 確かに異世界に於いて絶大なスキルを扱える生徒こいつらは強いのだろう。

 だが人間である事は変わらず、モンスターよりも柔い肉体は1、2回攻撃を当てるだけで簡単に致命傷を与えてしまえる。


 まあ遠藤達の実力を発揮させなかったってのも大きな要因か。

 純粋な攻撃力は決して高くないが、応用が効く魔王の力は人間相手と相性が良いのかもしれないな。


「くそ、クソ、糞!!何でテメェが……何で……影山ァァアアアア!!!」

「遠藤、叫んでる暇があるのか?早く王宮に戻って治療しないと死んじまうぞ」


 遠藤達も多少は身体も丈夫になり、この程度ならば簡単には死なないだろう。だが放置しておけば死に至ると思う。

 回復薬があれば傷も治るだろう。

 それに王宮の治療士、もしくはAクラスにいる回復スキル持ちの生徒ならば切断した腕も元に戻るかもしれない。


『あいアキラ、何でこのガキ共を殺さなかったンだ?このガキ共は、本気でアキラを殺そうとしたのによぉ』


 ただ、自分が殺人者になるってのが心情的に嫌なだけだよ。別に、そこまで窮地に陥った訳でもねぇしな。


『こういう奴等は執念深ぇ。回復したらまた噛み付いてくるぞ』


 そん時はまた返り討ちにするさ。


『はっ!!甘ちゃンなンだか肝が座ってンのか今一分かンねぇ野郎だな』


「糞、どうして影山なんかが……どうして俺じゃないんだよッ!ふざけんな……ふざけんじゃねぇ!!」

「遠藤、お前……そこまで……」

「許さねぇ、許さねぇぞ、羨ましい……羨ましい羨ましい羨ましい嫉妬――」


 ん……?

 遠藤の様子がおかしい……。

 正気を保っていない虚ろな瞳で、壊れた機械のように低い声音で呟いている。


「羨ましい羨ましい羨ましい嫉妬だ嫉妬する嫉妬なんだ嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬――」


「――ッ!?」


 ゾクッと、突如背筋に凍えるような寒気が走る。

 何だ……この言い知れぬ嫌な感じは。つい最近だが、こんな感覚を体験した覚えがある。


『この腐った臭い……アイツの仕業だったか』


 アイツ?

 おいベルゼブブ、お前には心当たりがあるのか。


『アア』


 それって一体誰なん――


「うぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーッ!!!』



 突如、狂った獣の如く咆哮を上げる遠藤。

 異変はそれだけではなく、遠藤の肉体が内側からブクブクと膨れ上がってゆく。

 その光景は、どこか目にした事があるようで。

 あれは――。


「ベル……ゼブブ?」

「ギヒ、ギヒヒヒヒヒ』


 大きく裂けた口から奇声を発するソレは、ベルゼブブと似通った面をしていた。

 白く昆虫のような目に、大きく裂けた口角。

 顔だけでなく、身体もドス黒く変色し、筋肉もはち切れんばかりに膨れ上がっている。全長が2mを優に超えた人型の化け物。


 だが決して均整ではなく、所々凸凹で、どこか歪で紛い物のようにも見て取れた。


「おいベルゼブブ、“アレ”は何だ?遠藤はどうなった」


 単刀直入に解えば、暴食の魔王はいつになくイラついた声で答えてくる。


『アキラ、あれはもうダメだ、諦めろ』

「どういう事だ、理由を言えよ」

『後で説明してやるさ。ンなことより早く構えろ。奴は今すぐにでもお前を殺しに来るぞ』


 糞、やっぱりそうなるのかよッ。

 後で絶対説明してもらうからな!

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