第36話むかしむかし




『むかしむかし あるところに


 七人のわるい まおうがいました


 わるいまおうは


 いろいろなところで わるさをしていました』


 ページをめくると、左のページには人魚が書かれている。


『嫉妬のまおうは いじわるで


 ひとびとを困らせ


 あらそいを見て わらっています』


 右のページには、大きなクマが書かれている。


『怠惰のまおうは なまけもので


 ひとびとから生きる力をうばい


 山のうえで 眠っています』


 ページをめくる。左のページには、王冠を被ったライオンが書かれている。


『傲慢のまおうは わがままで


 自分のいうことを聞かない人々を


 ころします』


 右のページには、猫が書かれている。


『強欲のまおうは よくばりで


 欲しいものがあれば


 なんでもうばいます』


 ページをめくる。左のページには、白兎が書かれている。


『色欲のまおうは きれいで


 おおくの男の人を みりょうして


 食べています』


 右のページに蝿が書かれている。


『暴食のまおうは おおぐらいで


 うま うし とり むし ひと


 たくさんのいきものを 食べました』


 ページをめくる。左のページには、竜が書かれていた。


『憤怒のまおうは おこりんぼうで


 いちにちじゅう おこって


 人々を こまらせています』


 右のページには、人間が書かれている。


『わるさをするまおうを


 たおすために ひとりのゆうしゃが


 たちあがりました』


 ページをめくる。左のページには、倒れている七人の魔王と、その上に立ち剣を掲げる勇者が書かれている。


『ゆうしゃは つぎつぎと


 まおうをたおしました』


 右のページには、勇者と女の子が書かれている。


『せかいを まもったゆうしゃは


 おひめさまと けっこんし


 しあわせに くらしたのでした』




 読んだ感想は、何だこれ……だった。

 物語がチープ過ぎて、全然面白味が感じられない。

 これだったら桃太郎とかシンデレラの方が面白いし奥が深い。

 まぁ絵本はこんなもんだよって言われればこんなもんかもしれないが。


 一つ絵本の中で興味深い点を挙げるとすれば、それぞれの魔王が生き物に例えられてるぐらいか。

 嫉妬は人魚。

 怠惰は熊。

 傲慢はライオン。

 強欲は猫。

 色欲は兎。

 暴食は蝿。

 憤怒はドラゴン。


 果たしてこの絵本に書かれた魔王達の正体は当たっているのか。

 どうなんだ、ベルゼブブ。


『さあな』


 おい、何で誤魔化してんだよ。これぐらい教えてくれたっていいじゃねえか。

 胸中で愚痴っていると、絵本に蝿と書かれている魔王は『ただ……』と続けて、


『その本の内容は間違ってないぞ』

「はぁっ!?」


 つい声に出して驚いてしまう。

 絵本の内容に間違いはないだって?じゃあお前は、お前達七人の魔王はたった一人の勇者に倒されたってのか!?


『アア。昔のこと過ぎて、大して覚えちゃいねぇがな。ただこれだけははっきり覚えてる。遥遠くに一度だけ、オレ様達七つの大罪スキルが同じ時代に目覚めたことがあった』


 それは……最悪の時代だったろうな。気の毒に。


『オレ様もそう思うぜ。あの時代の人間……いや生きる全ての生物にとってオレ様達は歩く災害だったろうよ。大罪スキルは、好き勝手に世界を暴れ回った。オレ様もあの頃はブイブイ言わせてたな』


 急に職場のおっちゃん風な言い方すんなよ。


『だが、そこに一人の人間が現れた』


 もしかして、そいつが絵本の勇者か。


『アア。人間は「神から貴様ら悪魔を滅するよう頼まれた」とか言って剣一本で立ち向かってきやがってよ、うるせぇ喰ってやると戦ったが負けたのはオレ様の方だったな』


 マジかよ……どんだけ強えんだ、その勇者。

 よく剣一本で全盛期のベルゼブブを倒せたな。


『めちゃくちゃ強かったぜ。姫様と結婚したかどうかなンて知らねぇが、本の結末からすると他の魔王共も奴にやられたようだな。ヘッ、ザマァみやがれ』


 今の話を聞いてると、ベルゼブブは他の魔王との仲はそんなに良くなかったらしい。

 というか、絵本の勇者様強すぎるだろ。

 ベルゼブブだけではなく、七人の魔王をたった一人で倒しちまうなんて……と脱帽してしまう。


『間違いなく奴は人類史上最強の人間だったな』

「マジか……」

「どうしたんだ影山。様子が変だぞ、ベルゼブブ君と話してるのか?」

「ん……?ああ、そんな感じだ。佐倉は欲しい本は見つかったか?」

「概ねはね」


 と告げて、ドシンッと大量の本を机に置く。

 その数の量に呆然としていると、佐倉は手早く会計を済ましていた。だが何かマズったのか、「やっちまった……」みたいな表情を浮かべている。


「どうしたんだ?」

「つい衝動で買ってしまったが、こんなに沢山持ち運べない……」

「あー、それなら俺のアイテムリュックに入れておくよ。このリュックなら全部入れられるしな」


 一応持ってきておいて正解だったな。

 俺のアイテムリュックを関心するようにジロジロと眺め、佐倉は不意に尋ねてくる。


「ほう、そんな珍しいアイテムを影山が持っていたのか。A級の連中でも持ってる生徒は少ないのに……どうやって手に入れたんだ?」

「あー、それは西園寺から――」

「は?」


 あ……。


『おいアキラ、それはダメだろ』


 ああ、言われなくても分かってる。

 今のはやったらアカンやつだった。

 何故かは知らないが、佐倉は西園寺を敵視している。現に今、西園寺の名前を出しただけで表情が消失し、声のトーンが氷点下まで下がった。


「影山、どうしてまたその女の名前が出てくるんだ」

「いや、これはかくかくしかじかで……」

「くっ、あの女……また影山にちょっかい出しているのかッ!!」


 西園寺からアイテムリュックを貰った経緯を簡単に説明すると、佐倉はギリッと歯を噛み締めて、ビビるほどの殺気を振り撒いてる。

 恐すぎるよ佐倉さん。


「落ち着けって、な?甘い物でも奢るから、ほら早く行こう」

「ゥゥゥ……」


 荒ぶる佐倉の背中を押して、俺は急いで本屋を出たのだった。

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