第35話シャバの空気はうめぇなぁ

 




「ん~やっぱりシャバの空気はうめぇなぁ~」

「ボク等は犯罪者じゃないんだから、その例えはやめてくれよ」


 王宮を出て、初めて異世界の外に足をつけた俺達。空が青く、外の空気は新鮮で、とても晴れやかな気分になる。ダンジョンの中はジメジメして殺伐だっから余計そう感じられた。


「ボクも注意するけど、あんまりハメを外さないように影山も気をつけてくれよ」

「分かってるって」


 王宮を出る時、外で問題を起こしてはいけないと門番さんに再三忠告されたもんな。もし問題が起こった場合、命の保証は出来ないと脅されもした。

 あれだけ忠告されたのに、問題を起こすバカなんていねーだろ。


「やっぱ市場は活気があるな」

「そうだね、王宮に近いから尚更そう感じるだろう」


 俺達は早速市場に訪れていた。

 大通りに露店が並び、店員が元気な声で客引きしている。食事処や宿屋、道具屋といった店も多く、道端で大道芸をしている者も少なくない。

 何より、気を付けなければ肩がぶつかってしまうほど人が混雑していた。


「逸れないように気を付けないとね」

「心配なら手でも繋ぐか?」

「なっ!?き、君は突然何を言って……!」

「はは、冗談だって」

『アキラ、お前ってやっぱり……』


 ベルゼブブに何か言われた気がするが、顔を真っ赤にしている佐倉が可愛いくて聞いてなかった。

 こいつ、揶揄うとすぐに顔に出てくるから揶揄いがいがあるんだよな。


「ふん!先に言った君が悪いんだからな」


 そう言うと、佐倉は予想を覆す行動をしてくる。ヤケクソ気味な態度で俺の右腕に自分の腕を組んできたのだ。

 ポニョンと彼女の爆乳が潰れる。

 このおっぱい、圧倒的存在感!!


「おいおい、俺は冗談で言ったつもりなんだが……」

「知らん。いつもボクばかり揶揄われるのは癪に触るからね。その意趣返しだよ」


 えぇ……。もしかしたら佐倉も、解放的な気分に当てられているのかもしれない。普段の彼女なら、こんな大胆な行動は絶対しないだろうしな。

 まっ、いいか!俺的には佐倉の柔らかい爆乳を堪能出来て役得だし!


『精々鼻の下を伸ばさないようにしろよ』


 五月蝿いよ。


「さて、どこから回るか」

「きゃっ!」

「すいません、大丈夫ですか!?」


 不注意で誰かと肩がぶつかってしまい、その相手がヨロけてしまう。咄嗟に謝って身体の無事を心配するような声をかけると、その相手は「こちらこそごめんなさい」と朗らかな笑顔を向けてくれた。

 向けてくれたのだが――


「……ッ!?」


 ぶつかった相手を改めて確認すると、俺は目を見開いて驚愕した。

 何故なら彼女の姿……もそうだが、何より醸し出される雰囲気が異様だったからだ。


 魔法使いが被るトンガリ帽子に、首から下を覆う黒衣のマントを纏っている。エメラルドに輝く滑らかな長髪に、つい見惚れてしまう妖艶な顔付き。

 彼女はまるで、魔女のようだった。


 魔女の格好だけでもこの市場には似つかわしくないのに、その上彼女からは異質な雰囲気が滲み出ている。

 対峙するだけで鳥肌が立つような、じわりと冷や汗が噴き出るような、恐怖に似た何か。

 佐倉も俺と同じように畏れを抱いたのか、隠れるように俺の背中に回り腕をギュッと掴んでくる。脅えているのか、掴む手は震えているようか気がした。


「あら、もしかしてデートだったかしら?」

「ええ、そんな感じです」

「ごめんなさいね、折角のデートを邪魔しちゃって」

「いえ、不注意だったのはこちらですから」


 ああ、早くこの場から離れたい。脱兎の如く逃げ出したい。なのに、彼女は逃がさないと言わんばかりに話を続けてくる。


「でも羨ましいわねぇ。彼女にそんなに強く抱き締められてるなんて……“嫉妬”しちゃうわぁ」

「……ッ」

『アキラ、この女から離れろ』


 ベルゼブブの警告に、頭の中で分かってると返事をする。

 何故俺達に絡んで来るのか不明だが、この女はヤバいから逃げろとさっきから本能と理性が両方訴えてきている。

 兎に角逃げよう。そう決断した矢先、


「クンクン」

「うおっ!?」


 何だこの女、鼻先まで顔を寄せて突然人の匂いを嗅いできやがったぞ!?変態か!?


「あらあら、まぁまぁ。匂う、匂うわぁ。一瞬だったけど、とても懐かしい匂いがしたわぁ」

「……すいません、先を急ぐんでもう行きますね」


 そう言うと、俺は返事を待たずに佐倉の腕を引いて逃げるようにその場から踵を返した。




 ◇




「はぁ……はぁ……何だったんだ、あの女性は」

「分からねぇ、けど関わっちゃダメな相手ってのはハッキリと感じたな」


 魔女の風貌をした女性から慌てて逃げた俺達は、ある程度離れた場所で息を整えていた。

 正直、彼女が追って来なくて凄くホッとしている。

 あのまま一緒にいたら、何をされたか分かったもんじゃない。ダンジョンのモンスターも驚異で恐ろしいが、あの魔女の存在は違ったベクトルの恐怖だった。


 やはり異世界。

 魔法もスキルもモンスターもいるこの狂った世界では、出会って5秒でバケモノだと判断し得る存在がうじゃうじゃいる。

 王宮の外に出られ、解放的な空気を感じて浮かれていたが、俺だけでも気を引き締めなければならない。いつ何処に危険が潜んでいるのか分からないのだから。


 まぁそれはそれ、これはこれで。

 折角遊びに来たんだから楽しもう。いつまでも脅えているの勿体ないからな。


「そう言えば、佐倉は行きたい場所とかあるのか?」

「ん。本屋に寄りたいかな。偶然にも異世界に来たんだ、この世界の歴史やモンスター、魔法について詳しく知りたいんだ」

「了解」


 佐倉の提案で、俺達は本屋を探しながら市街を歩いた。すると、古臭い外観の本屋を見つける。

 早速ドアを開けて店内に入ると、如何にもなお婆さんが出迎えてくれた。


「いらっしゃい。欲しい本はあるかい?」

「まず自分達で探すんで、どこにあるか知りたい時は声をかけます」

「はいよ」


 気がきく店主にそう答えると、本棚に並べられた本に手を出していく。


「ほぉ……成る程、そうなのか……」


 佐倉は本を何冊か手に取ってブツブツ呟いている。

 その表情は新しいオモチャを見つけた子供のように好奇心に満ち溢れていて、いつもの無表情とは天と地の差があった。


 へー、佐倉ってこういう顔もするのか。

 初めて目にする彼女の表情に感心していると、脳内でベルゼブブがチャチャを入れてくる。


『惚れ直したか?』

(知らねーよ)

『照れンな』

(五月蝿いよ)


 この寄生虫、何かと俺の恋愛関係を弄ってくるんだよな。しかも寄生されて感情が筒抜けだから、やり難いったらありゃしない。

 プライバシーが無いのは辛いわぁ。


「無えなぁ……」

『何を探してンだ?』

(【共存】スキルについてと、七つの大罪について書かれている本)


 しかし、端から順に探しているのだが、それらしい物が全く見当たらない。

 仕方ない、店主に尋ねてみるか。


「すいません、【共存】スキルか七つの大罪についての本って置いてます?」

「どちらも聞いたこともないけど、確か『七大魔王』が書かれている本ならあったかもねぇ」

「じゃあそれで」

「はいよ。あれ、あの本どこにあったかねぇ……」


 おい大丈夫か婆さん。ボケて忘れてんじゃないのか。


「あーあったあった、これだね」

「これって……絵本じゃん」


 婆さんから渡されたのは、『七人の魔王』とタイトルが書かれた絵本だった。

 もっと英雄譚的な本を想像してたので、少し拍子抜けである。しかも薄い。

 一つ懸念していたのは、この世界の文字が読めるかどうか。この問題は一瞬で解決された。

 文字の形は見たことないけど内容は分かる。不思議だ。

 まぁいいか、とりあえず読んでみよう。

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