第32話ああ、お前を信じる
「急に雰囲気が変わった……?」
『あの現象は“狂暴化”だな』
「狂暴化?」
『モンスターは命を脅かされる事態に陥ると、稀に狂暴化を起こすことがある。パワーもスピードも格段に上昇するが、理性を失い見境いなく暴れ回るンだ』
キラーアントクイーンの変貌の理由をベルゼブブから説明されて不満が湧き上がる。
狂暴化だって……?
あともう少しで倒せたというか、今回は比較的何事もなく終わる感じだったのに、何で急にそんな展開になるんだよ。
アレか?【共存】スキルはどうしても俺に試練を与えたいってのか!?
『諦めろアキラ。これも運命だ』
「クソったれな運命だな!!」
「クキキキキ!!」
狂暴化し、体面が真っ赤に染まったキラーアントクイーンが暴走列車の如く走り出す。
疾い!?
先程より機動力が段違いに上がってやがる。このまま轢かれたくないので蜘蛛糸でその場から離れると、嬢王蟻は進路を変更した。
「――ッ!?」
「ガル!!」
「グルル!」
「しまった!!」
嬢王蟻の標的が西園寺に移ってしまった。
彼女自身は身体能力が低く、回避能力は高くない。【支配者】スキルを使用して嬢王蟻を強制テイムを出来る可能性もあるが、理性を失っている奴に効果があるとは思えなかった。
「蜘蛛糸!!」
慌てて黒糸を射出し、彼女の身体に付着させる。
しかし、引き戻そうとした時にはキラーアントクイーンが彼女の目前に迫っていた。
(駄目だ……間に合わないッ!!)
西園寺がキラーアントクイーンの突進に轢かれる寸毫――、
「グルルルルルゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
配下のグリズリーが立ち塞がるように飛び出て、キラーアントクイーンの脚を全身で受け止めた。
が、幾ら【支配者】スキルで強化されたグリズリーでも、狂暴化した階層主の突撃を受け止め切れず、1秒耐えただけで吹っ飛ばされてしまった。
だが、その1秒が主人の命を救う。
収縮が間に合い、俺は西園寺を引っ張って抱き締めた。
「……た、助かりましたわ」
「ああ……だけど……」
抱き締めている西園寺からお礼を告げられるが、俺の視線は違う方向を向いていた。
ドスンッと、轢き飛ばされたグリズリーの身体が地に落ちる。股体はバラバラになり、呆気なく粒子となって消滅してしまう。
その光景は眺めながら、彼女は小さい声音で呟いた。
「愚図でしたが、よくやってくれましたわ」
「……そうだな」
良かったと、胸中で安堵する。
己の身を呈してまで主人である西園寺を守ったグリズリーを、もし役立たず呼ばわりでもしたら。
それ以降俺は、西園寺とどんな事があっても関わることはしなかっただろう。
例え【支配者】スキルの影響で性格が一時的に変わってしまったとしても、それだけは許せない。
だから、彼女の口から出てきた言葉に安堵したのだ。
「グギャァァァァアアアア!!」
「ク……キキキ……」
「何ですの……アレは……」
「仲間を、子供を喰っているのか?」
俺達を狙っていたキラーアントクイーンは追撃せず、自分が産み出したキラーアントを襲って貪っていた。意味が分からない奇行に戸惑っていると、突然嬢王蟻の背中から新しく翅が生えてくる。
いや、それだけじゃない。俺が刺した右目も少しずつ治っていってる。
こいつ、子供蟻を喰って回復してるのか!?
そんなんありかよ!!
「クキキキキ」
「また子供産んでやがるッ!」
「面倒ですわね」
生き残っていたキラーアントを全て喰らい尽くしたキラーアントクイーンは、傷付いた身体を回復した直後に再び卵を産み出す。
何て厄介なモンスターなんだ。これじゃあ幾らダメージを負わせたって無意味じゃないか。
倒す算段が見つからないでいると、西園寺が真剣な表情で提案してきた。
「考えがありますわ」
「どんな?」
「わたくしのスキルで影山さんを強化するのですわ」
「それは……」
西園寺の提案に言葉が詰まる。
確かに彼女の言う通り、【支配者】スキルによって俺を強化すればキラーアントクイーンに攻撃が通るかもしれない。
だが、その場合俺は西園寺の支配下にされ、彼女の命令によって動きが制限されるというデメリットがある。何より、スキルの影響を受けるのはベルゼブブが嫌がるだろう。
『オレ様は別に構わないぜ』
(はっ?お前あんだけキレてたじゃねえか)
『それは勝手にカラダを動かされたからだ。今のアキラなら、いや……今のこの女なら大丈夫だ』
(何だその自信……)
どんな根拠があって言っているのかは不明だが、ベルゼブブが嫌でないなら試してみよう。
俺も、この現状を打破出来る手段があるのなら藁でも縋りたい。
「よし、やってくれ西園寺」
「よろしいですの?」
「ああ、お前を信じる」
「ッ!!……なら、いきましてよッ!!」
彼女の掛け声と共に、俺の全身が内側から熱え滾る。前にも味わったことがあった、この感覚。
力が溢れてきて、誰にも負けないという自信か湧いてくるのだ。
いや、前回よりも強化されている気がする。西園寺のスキルがパワーアップしているせいか?
いや、理由は何だっていい。あのボスさえ倒せるのなら。
「グルル……」
「行ってくる」
「ええ、任せませたわ」
近寄ってきたウルフキングに西園寺を預けて、俺はキラーアントを喰って完全回復したキラーアントクイーンへ向かって行った。
「キィァァアアアアアアア!!」
「蜘蛛糸、ナイフ」
回復したからなのか、キラーアントクイーンの暴走状態が解かれていた。新しい翅も生え、空中に浮かびながら再び卵を産み出そうとしている。
そう何度も回復させてたまるかよ。
俺は右腕にナイフを纏う。いつものナイフと違って、表面に赤黒い脈のような筋が走っていた。
さらに左手から黒糸を発射し、嬢王蟻へ素早く接近する。
「ぉぉぉおおおおお!!」
「キキッ!?」
雄叫びを上げながら、キラーアントクイーンが産んだ直後の卵をナイフで両断する。パワーアップする前の俺だったら卵の硬さに弾かれていたが、【支配者】スキルの影響を受けた俺の膂力は相当上がっていて、糸も容易く断ち斬れる。
「グギギギギギッ!!」
折角産んだ卵を屠られて怒り狂うキラーアントクイーンは、翅を羽ばたかせ上空から突っ込んで来る。
(見える……ッ!!)
視界に捉える奴の動きが緩慢になっている。それに、さっきはあれ程ビビっていたのに今は微塵も恐怖を抱かない。
俺は冷静に進路を見極めると、蜘蛛糸による空中移動で紙一重で突進を躱した。
「クキキ?」
ズゥゥゥゥゥンッと、キラーアントクイーンの巨体が地面に激突する。
しかし手応えを感じられなかったのか、俺の行方を探すように首を振る。
(悪いな女王様、俺は既にお前の上にいるッ)
キラーアントクイーンの真上にいた俺は、奴の細い首筋に蜘蛛糸を付着させる。
「ナイフ」
両腕にナイフを纏わせ、回転しながらキラーアントクイーンに肉薄する。強化前の俺だったら眼球しか狙えなかった。
だが西園寺の【支配者】スキルに強化された今の俺なら、刃が通らなかった急所にも斬撃が届く。
「終わりだァァアアアアアアア!!!」
「キィィィェェェァァアアアアアアア!!!」
回転の遠心力を加えた渾身の一撃は、キラーアントクイーンの首を一刀両断した。
「ふぅ……ふぅ……」
頭と胴体が真っ二つになったキラーアントクイーンから離れ、息を整いながら様子を観察する。
嬢王蟻は頭を斬られても暫く藻掻くと、やがて弱々しい鳴き声を放ち息耐えた。そして、少しずつ燐光となって消滅していく。
後に残ったのは、ドロップアイテムの『キラーアントクイーンの甲殻』だった。
「終わっ……た」
『オレ様の出番はなかったか。あの女の力を借りたってのもあるが、中々の闘いだったじゃねえか』
ベルゼブブに褒められたので、おうっと返しておく。闘いが終わったことで身体の力が抜け放心していると、西園寺が声をかけてきた。
「お疲れ様ですわ。良い働きでしたわね」
「お、おう、ありがとう」
珍しく西園寺に褒められたので軽く礼を言う。
彼女の声色が柔らかい。俺に掛けていた【支配者】スキルはもう解いたのか?
疑問を抱いていると、西園寺が突拍子も無いことを告げてくる。
「何かご、ご褒美を上げてもよろしくてよッ?」
「突然だな……何でもいいのか?」
「な、何でもは駄目に決まってますわ!!」
ですよね。
顔を茹でタコみたい真っ赤にさせて拒否してくる西園寺が面白くて笑ってしまうと、俺はドロップした『キラーアントクイーンの甲殻』を拾いながら提案した。
「考えておくよ。一先ず帰ろう、疲れたしめちゃくちゃ腹減った」
「そ、そうですわね」
俺と西園寺は二十階層を後にし、王宮に帰還したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます