第31話キラーアントクイーン

 





 ――ダンジョン二十階層。

 十階層と同様、室内は円形で横にも縦にも広い。至る所に松明が設置されて明るく、いかにもボス部屋っぽい雰囲気が漂っている。

 出現するモンスターは階層主であるキラーアントクイーン一体と、配下のキラーアント五体だ。ドロップするアイテムは『キラーアントクイーンの甲殻』と『キラーアントクイーンの皮膜』の二つ。


 これは西園寺から聞いた情報だが、キラーアントクイーン単体の強さはそれほどでもない。ただ厄介なのが、嬢王蟻は一定時間が経つと数匹のキラーアントを生むそうだ。

 倒すのにいつまでも梃子摺っていると、どんどん敵が増えて手に負えなくなる。高火力、広範囲の攻撃方法を有しているスキル者がいると楽に勝てるそうなのだが、生憎と俺達のパーティーにそんな奴は皆無だ。


「クキキキ……」

「デカいな……」


 キラーアントクイーンの姿は、キラーアントをそのまま四、五倍大きくした姿だ。だが、背中に四枚の翅があるのが特徴か。アレ、飛ぶのか?

 幸いなことに、ブラックではないみたいだ。胸中でほっと安堵する。


「じゃあ、行くか」

「ええ、雑魚は任せて下さいまし」


 事前に西園寺とは作戦を練ってある。

 西園寺……の配下であるウルフキングがキラーアントを狩り、俺が本丸を潰す。仲間を増やされると面倒なので、スピード勝負が鍵になるだろう。


「「クカカカカ」」

「蜘蛛糸」

「お行きなさい、駄犬」

「ガルッ!」


 侵入者を発見したキラーアント達がぞろぞろと迫ってくる。俺は黒糸で空中移動し、主人から命令を下されたウルフキングが後に続いた。


 こうして、階層主との二度目の戦闘が始まった。






 蜘蛛糸の空中移動で、キラーアントの上空を過ぎ去る。奴等に構ってる暇は無いからな、ウルフキングに任せよう。


「ナイフ」


 右腕に黒剣を纏い、 キラーアントクイーンに肉薄する。奴の動きはキラーアントに比べて鈍い。ならば当てる事は容易い筈だ。


「はぁぁぁあああああ!!」


 気合いの咆哮を上げながら、足の付け根を狙って渾身の斬撃をお見舞いする。

 しかし――、


「かっっっってぇ!!!」


 嬢王蟻の甲殻は、キラーアントのソレよりも遥かに頑強だった。振るったナイフが弾かれて腕がビリビリと痺れている。

 想像以上の防御力だ。

 関節部分ですらこの強度、表面部分の甲殻はどれだけ硬いのか計り知れない。


「クキィィィ!!」

「蜘蛛糸」


 キラーアントクイーンが脚で俺を薙払おうとしてくる。咄嗟に黒糸を地面に放ち、間一髪躱しながら着地した。

 眼前に聳え立つ階層主を見上げる。

 俺の攻撃力では、恐らく普通に攻撃したってノーダメージだろう。ならば、僅かでも刃が届きそうな急所を狙うしかない。

 困ったな……パッと見て、両目しか見当たねえぞ。


「クキキキキ」


 その時、キラーアントクイーンの背中から四枚の翅が躍動し、巨体が空に浮かび上がった。

 何をするのか不明だが……ふと閃く。よし、まずは柔らかそうな翅を撃ち落とそう。


「クキィィィィィィ!!」

「あっぶね!!」


 嬢王蟻は飛びながら突進してきて、地面に押し潰そうとしてきた。

 ドッシィィィンっと轟音が鳴り響き、砂埃が巻き起こる。この蟻、地上にいる時より飛んでる時の方が断然速ぇ。

 逃げる決断が遅れていたら、今頃あの巨体に押し潰されてペシャンコになってたぞ。その残酷な未来を想像してしまい、ブルリと背筋に寒気が走った。


 あの機動力を早く封じなきゃ駄目だ。まず狙うべき箇所は翅しかない。


「アロー」

「クキキキキ」


 俺が左腕に長弓を纏っていると、飛んでいるキラーアントクイーンの尻から卵のような形をした物が落下した。

 ピキピキ……罅割れると、卵から五体のキラーアントが這い出てくる。

 あんな簡単に、あっという間に新しいモンスターを産むことが出来るのか!?


「クキキキキ」

「「クカカ」」


 嬢王が命令したのか、子供蟻が一斉に接近してくる。背後を確認する。ウルフキングは三体のキラーアントを始末して、残りの二体と戦っていた。

 あの狼王ならキラーアント如き瞬殺してると勝手に予想していたが、甲殻が硬いキラーアントとは相性が悪いのかもしれない。いや、もう既に三体屠っているのを流石と言うべきか。


 これから新たに五体のモンスターを相手にするのは厳しいかもしれない。一度、西園寺達に加勢するべきか?

 悩み焦っていると、西園寺が俺に怒りの表情を向けて罵声を浴びせくる。


「何をやってますの!?こちらは心配ご無用ですわ、貴方は階層主を殺すのに集中なさい!!」

「ッ……すまん!」


 西園寺に叱咤されて、俺は気合いを入れ直す。

 そうだ、俺がさっさと奴を倒せばいいだけの話じゃないか。

 大きめの石を拾い、長弓に装填する。飛んでいる奴の翅を狙い、撃ち放った。


「喰らいやがれ」

「グギャァァァァアアアアアアアア!!!」

「もう一丁!!」


 大石は見事キラーアントクイーンの右翅に命中し、貫通する。痛みに悲鳴を上げている隙に、二射目を繰り出した。今度は左翅を穿ち、両翅を撃ち抜かれた嬢王蟻は背中から地面に落下した。


「よし!」


 上手くいって良かったと、内心でガッツポーズをする。奴は身体がひっくり返っていてもがいている。今が絶好の機会だ。


「蜘蛛糸・ニードル」


 急いで接近する。黒糸をキラーアントクイーンの額付近に付着し、収縮移動。右腕に長針を纏いながら、額に着地する。

 グロテスクな右眼に、長針をグンッと突き刺した。


「オラァアア!!」

「ィ――ギャァァァァアアアアアアアア!!!」


 甲高い絶叫が響き渡る。

 甲殻だけではなく、眼も硬くて弾かれてしまうんじゃないかという一抹の不安を抱いていたが、予想に反して長針の先端はズブリと右眼を貫いた。

 しかし、これだけでは殺し切れない。針を伸ばして、そのまま脳をぶち破ってやる!


「トドメだァァアア!!」

「グギャァァァァアアアア!!」

「うおっ!?」


 針を伸ばそうとした刹那、キラーアントクイーンが激しく暴れ回る。強引に振り回される衝撃に耐えきれず、俺は空中に吹っ飛ばされてしまった。

 黒スライムを地面に張り付け、壁に激突する前に地面に着地する。


「グギギギギ」

「何だ……アレは……」


 驚愕し、呟きが口から漏れる。

 キラーアントクイーンの全貌が変化していた。大きさや形が変わってる訳ではない。ただ、炉にべられた鉄の如く、真っ黒な表面が灼熱に燃えていた。

 その様子は、腹の底から怒り狂っているようで、まるで噴火寸前の火山だった。



「グギャァァァァァァァァァァァァアアアアアアッアアアアアアアアアアアアアアッアアアアアアアアアアアアアッアアアアアアア!!!」



 けたたましい咆哮が迸る。

 物理的衝撃派と化した咆哮が肌を叩き、絶対に生きて返さないと言わんばかりの殺気が心臓を撫でた。

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