第25話逃げちゃだめか
――ダンジョン十三階層。
この階層では、グリズリーにキラーアントという巨大蟻が出現する。ドロップアイテムは『キラーアントの甲殻』で、一度に出現する数は二体まで。
キラーアントは見たまんま蟻なのだが、甲殻が兎に角硬いらしい。生半可な剣じゃ刃が通らないそうだ。
「ギチギチ」
「ギギギ」
「ナイフ」
キラーアント二体と遭遇する。
俺は試しにナイフを纏った。ベルゼブブの力なら、通用すると判断したからだ。
巨大蟻が機敏に動き出す。対して俺は蜘蛛糸を使わず、地面を颯爽と駆けた。蜘蛛糸の空中移動に比べると遅いが、ベルゼブブに寄生されてから身体能力が著しく向上した俺の走る速度も十分速くなっている。
「はぁぁああ!!」
「ギギッ!?」
接近した一体のキラーアントに斬撃を浴びせる。刃は通ったが、硬くて深く斬り込めない。
なら今度は打撃系で攻撃してみるか。
「ハンマー!」
「ギギギギギギ!?」
ナイフの形状をハンマーに変化させ、もう一体のキラーアントの頭におもいっきり叩き込んだ。
ガツンと大きな衝撃音が鳴り響き、頭が凹んで身体がひっくり返っている。
外側に比べて、内側の方がまだ柔らかそうだ。俺はもう一度ハンマーを叩き下ろすと、キラーアントは金切り声を上げて動かなくなる。
「ギシャア!!」
「っぶね!」
キラーアントが横から大顎を広げて噛み付いてくる。間一髪回避するが、追い討ちをかけるようにガチンガチンッと攻撃してくる。
おっかねぇ……あんな鋭い顎に挟まれたら身体が真っ二つだ。
「蜘蛛糸」
「ギッ!?」
厄介なら先に封じてしまおう。
黒糸を放出し、キラーアントの頭と口を塞いだ。唯一の攻撃手段を失って困惑している隙に、ナイフを纏って肉薄する。
甲殻が駄目なら、関節はどうだ。
「オラァ!」
「ギギギ!!」
足の根本の細い関節部分を切断する。片面全てを叩っ斬れば、巨大蟻は成す術もなく藻掻くだけだ。トドメを刺して、戦闘は終了した。
ふぅ……と息を吐いて身体の力を抜き、一つだけドロップした『キラーアントの甲殻』を拾っていると、高みの見物をしていた西園寺がパチパチと拍手してくる。
「お見事ですわ」
「……どーも」
なんか薄気味悪いな。
前回の彼女なら「蟻如きにどれだけ手間取っているのです!」とか言って文句を付けてきそうなのに、今日の彼女はやけに殊勝な態度だ。
マジでもう【支配者】スキルを制御出来るようになったのか?
『ヒハハ、面白い女だ』
なんだよベルゼブブ、何か知ってるのか。
『面白そうだから言わない』
なっ……!?
ったく、どいつもこいつも。面倒な奴ばっかだな。
――ダンジョン十四階層。
この階層で出現するモンスターは十三階層と同じで、一度に遭遇する数が三体になる。
特別に語ることは無い。強いて言えば、西園寺グリズリーの下僕が増えたことくらいかな。どうもキラーアントはビジュアル的に下僕にしたくなかったらしい。乙女心は複雑だ。
――ダンジョン十五階。
この階層で出現するモンスターはグリズリー・キラーアント・そして新しくゴーストという幽霊みたいなモンスターが追加される。ドロップする固有アイテムは無いが、お金が落ちる場合があるらしい。幽霊がお金持ってんのか……。
というか、幽霊ってどう倒せばいいんだ?
絶対物理攻撃効かないだろ。俺の攻撃、物理特化で魔法とか一切使えないんだけど。
困惑していると、早速モンスターと遭遇する。キラーアントが二体にゴーストが一体だ。
「キラーアントの相手はわたくしがしますわ」
「そうか、じゃあ頼むわ」
西園寺が命令を下すと、西園寺グリズリー二体が猛然と蟻共に向かって行った。
さて、なら俺はゴーストに集中しよう。
「ヴヴヴ」
「浮いてんな」
気味悪い音を発しながら、宙に浮いているゴースト。人の形をした霊とかではなくて、黒い靄に赤光りする目が付いている。幼稚園児がラクガキしたような姿だ。
こいつは一体どういう攻撃をしてくるのだろうか。と疑問を抱いていたら、急に頭痛がして背中に寒気が走る。
「なるほど、状態異常系か」
たった今、攻撃されているのが分かった。
直接物理攻撃をしてる訳ではなく、じわじわ精神を削ってくる感じ。でもこれ、かなりウザったいぞ。
『アア、だから早く殺せ』
ベルゼブブが不満そうに文句を言ってくる。
そう言えば俺とベルゼブブはリンクしているから、この不愉快な感じも伝わっているのか。
「殺せって言われたって、斬ればいいのか」
『それでいい。下位のゴーストには物理が通用する』
「へー、ナイフ」
右腕に刃を纏いゴーストに斬りかかる。避ける動作をしたが、ノロマだったので真っ二つに斬り裂いた。
手応えは無い。だがゴーストは呻き声を上げると、粒子となって消えた。なんだか呆気無かったな。お金もドロップしねえし。
『下位のゴーストは雑魚だが、上位のゴーストには注意しておけ』
「了解」
警告してきたので頷く。
西園寺もキラーアント二体を屠ったようだ。
戦闘を終え、先に進もうとした直前、そいつは不意に現れた。
「ガルルァァアア!!」
「ガァァァ……」
巨大な犬が西園寺グリズリーに飛び掛かり、鋭い牙で首を噛み千切る。抵抗する間も与えない早業だった。
「グルルル……」
「何だこいつ」
「中ボスのウルフキングですわ。情報では知っていましたが、わたくしも初めて会いました」
近くにいた西園寺が教えてくれる。
中ボス……忘れてたけどここは十五階層だったな。警戒するのを怠っていた。
それにしても、こいつ等中ボスって稀に出現するんじゃなかったのか?
頻繁に出過ぎだろ……これも【共存】スキルの弊害だろうか……本当疫病神スキルだな。
十五階層の中ボス、ウルフキングはウルフの上位種だ。ウルフよりも体躯は数倍大きく、軽トラック並みはある。
牙も爪も鋭く、その佇まいは狼の王に相応しい風貌だった。
はっきり言ってめちゃくちゃ恐い。滲み出る圧が半端ねえ。
『ビビるなアキラ』
「逃げちゃダメか」
『何を馬鹿な事を抜かしてやがる。ブラックオークキングよりは弱ぇ。犬畜生如きに背を向けるのはオレ様が許さねえぞ』
試しに言ってみたら却下された。
いや俺、結局ブラックオークキングにも負けてぶっ殺される寸前だったから。
あんな化物と戦って勝てる自信ねえぞ。
『奴の足からは逃げられねぇ。遅かれ早かれ戦うンだ、さっさと行け』
「分かったよ……西園寺、少し離れてくれ。俺が戦う」
「一人で勝てますの?」
「勝たなきゃ死んじまうだから勝つしかねえだろ」
ヤケクソ気味にそう告げれば、西園寺は西園寺グリズリーの背中に乗って距離を取った。
それから俺はウルフキングと真正面から対峙する。
この犬っころ、今まで静かに黙ってたけど俺達が逃げる素振りをすれば噛み付いてきたな。そういう目をしてやがる。
「ガルルル……」
「……」
あーやだやだ、足が震えてやがる。あれだけ死線を潜ってきたのに、強い奴と戦うとなると死の恐怖に身体が萎縮してしまう。
こればっかりは、何度やっても慣れないかもな。
気合いを入れるか。闘争心を奮い立たせるよう、肺に一杯空気を入れて。
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
咆哮を上げる。
身に巣食う畏れを強引に外へと追い出した。
俺の雄叫びに反応したのか、ウルフキングも上を向いて、
「ワォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンッ!!」
大地を揺るがす咆哮を上げた。
これで互いに準備は整った。なら始めよう。
喰うか喰われるかの闘いを。
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