第20話とっくにムカついてんだよ

 




 ――ダンジョン十階層。

 十階層の室内は円形で横にも縦にも広い。至る所に松明が設置されてかなり明るく、いかにもボス部屋っぽい雰囲気が漂っている。

 出現するモンスターは一体、階層主であるオークキングだ。落ちるアイテムは『オークキングの上肉』と『オークキングの大牙』の二つ。

 強さはそれほどでもない。アーマードグリズリーよりは厄介って所か。委員長や佐倉のパーティーだったらノーダメージで完勝できる。そんなモンスターだ。


 だがしかし。

 俺の目の前に聳え立つオークキングは通常のオークキングとは違って、黒ブラックを冠する上位種だった。体格も風格も強さも並みのソレとは比べ物にならないだろう。

 あの膂力でまともに殴られたら、貧弱な人間なんて一撃でお陀仏だ。戦うなら細心の注意を払わねければならない。


「蜘蛛糸」


 遠くの地面に黒糸を放って、縮むことで素早く移動する。だが奴の視線はしっかりと俺を捉えている。

 だから、奴の周りを何度も黒糸による高速移動を行って撹乱した。


「ブヒ?」

「ハンマー」


 俺の姿を見失っている隙に、背後から伸ばしたハンマーを頭に叩きつける。

 ゴンッと鈍い音が鳴り響いたが、大したダメージを与えられなかった。

 やっぱり遠距離からじゃ威力が足りないか……。

 その後も、遠くからハンマーや先端がナイフの鞭で攻撃するが、皮膚を軽く切り裂くだけで有効打を与えられない。


「ブヒヒヒ」

「ちっ、蜘蛛糸」


 ブラックオークキングが迫って来るので、すかさず黒糸で距離を取る。幸い、見た目通りに動きが素早くなく、また動きが大きいため次の動作の予測がしやすい。


 ――そう、思わされていた。


「ブヒャア!」

「ッぶねッ!?」


 突如ブラックオークキングの機動力が一段階上昇する。瞬く間に開いていた距離を潰され、巨大な斧が迫ってきた。

 しゃがむことで間一髪躱し、慌てて離れようとするが、奴は今まで以上の速度で追いかけてくる。

 お前、豚の癖に機敏過ぎるだろ!!


「ブヒヒヒハハハッ!!」

「ッの野郎!!」


 高笑いを上げながら何度も斧を振り下ろしてくるのに対し、必死に蜘蛛糸で逃げ延びる。

 反撃したくても、絶え間なく攻撃してくるので回避するのが精一杯だ。それにこの一撃一撃が必殺だと思うと、集中力がごっそり削られていく。


 俺はこの中途半端な間合いにいるより、奴の近くにいた方がまだ安全だと考え、蜘蛛糸をブラックオークキングの腹に付けてすぐに移動する。


「ブヒッ」

「ニードル」

「ブハ……ブガァァ!」


 でっぷりとした腹にベタッと引っ付いた。このチャンスを逃すまいと、すかさず右腕に黒スライムの針を纏い、渾身の力を込めてぶっ刺す。

 ブラックオークキングは短い悲鳴を洩らすと、俺を取り払おうとしてきた。

 捕まりたくないので、ニードルを解除して蜘蛛糸で逃げる。

 ふぅ……やっとまともなダメージを与えたか。

 でも、大して効いてなさそーだな。


「ブヒョー」

「お、ちょっとは怒ったか」

「ブヒィィィ!!」

「だけどな、こっちはとっくにムカついてんだよ」


 よくも佐倉を痛めつけてくれたな。

 その贅肉、削ぎ落としてやっから。


「ナイフ」


 両腕にナイフを纏う。

 今までの戦い方じゃ薄皮を切るだけで肉まで刃を届かせられない。

 なら、戦い方を変えるしかない。ぶっつけ本番だが、そう難しいことじゃない筈だ。


 想像しろ。

 黒スライムは俺の意のままに操ることができる。

 手からしか出せない訳じゃない。イメージすれば頭からでも背中やふくらはぎからだって出せる。しかも伸縮自在で、液状から凝固まで可能。

 使い方は無限大だ。


 ならば、必要なのは俺の想像力と奴に立ち向かう度胸だけ。


「行くぞ豚公」

「ブヒィ……」

「蜘蛛糸」


 両肘から黒糸を射出し、空を駆けながらブラックオークキングに接近。

 当然奴は迎え撃ってくる。高々と斧を持ち上げ、俺を狙って振り下ろしてきた。

 だが、既に俺の姿はそこに無い。左の腰から蜘蛛糸を発射し、事前に左横に回避していたのだ。


 さらに俺は、ブラックオークキングの右足を狙って胸部から蜘蛛糸を放ち。そして肉薄する。


 普通のやり方じゃ攻撃が通らない。

 ならば、勢いと回転を加えて威力を増大させてやる。


「はぁぁぁあああああ!!」

「ブヒッ!?」


 回転しながら、右脚のアキレス腱を二つの刃で掻っ切る。

 通った、少しだが肉を削ぎ落とせた。この方法ならば十分戦える。


 傷を負ったブラックオークキングが首を左右に振って俺の在り処を探す。無駄だ、俺はもうお前の上にいる。


「はっ!」

「ブゴッ!?」

「硬っ!」


 がら空きの頭に二刀のナイフを突き立てる。殺ったと思ったが、奴の頭蓋骨は硬く貫けられなかった。

 暴れている間に、蜘蛛糸で離れる。

 狼狽えているな、化物め。今から少しずつ肉を削ぎ落として、スライスハムにしてやるよ。


 自分の周りを蝿の如くうろちょろする俺を、目障りそうに薙ぎ払おうとしてくるが、そんな雑な攻撃は当たらない。


 蜘蛛糸から接近。ブラックオークキングの股を通り抜けながら足の内側を斬り裂く。

 縦横無尽に動き回りながら、何度も何度も追撃を繰り返し、執拗に足の腱を狙った。

 すると、堪らずブラックオークキングが立っていられず、ついに地面に膝が付いてしまう。


(……ここだッ)


 動きが止まった今が絶好の機会。

 奴を倒すならここしかならない。

 だが俺の攻撃じゃ肉を切れても命を断つ事は叶わない。

 心臓は刃が届かないから駄目。顔は前面から攻撃しないといけないから危険だ。脳もさっき試した通り頭蓋骨が硬くて失敗した。

 なら残っているのは、


(……首だッ!)


 蜘蛛糸で背後に回り込み、空中を移動してうなじを狙う。勢いをつけ、身体を駒のように回転し、


「これで終わりだ!!」


 全ての力を注ぎ込んで、うなじに二刀のナイフを突き刺した。

 刃が通った瞬間ブラックオークキングの身体がビクンッと大きく跳ね、動きが停止した。


 …………。


 ……殺った、のか?


 勝ったと安堵の息を吐こうとした刹那――突如ブラックオークキングの肉体から見えない力の奔流が放出され、吹っ飛ばされてしまった。


「クソったれ……しぶとい豚だな」


 壁に叩きつけられる前に、地面に蜘蛛糸を付着して難を逃れる。それからブラックオークキングの様子を窺っていると、奴は静かに立ち上がり、



「ブヒャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア"ア"ア"ア"ア"ッ!!!」




 全身が身の毛立つ咆哮を轟かせた。



「…………」


 なんつーデカい声だ。ここまで大きいと、耳だけじゃなく身体の芯まで響いてくる。

 それにしてもあいつ、首を突き刺したのにまだピンピンしてやがる。どんだけタフなんだ。

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