第19話ブラックオークキング

 



 



 危なかった、本当に。

 後1秒でも遅れていたら佐倉は喰い殺されていただろう。その光景を目にしてしまったら、絶望と後悔で押し潰されたかもしれない。

 だから、助けられて良かった。


 それにしても、今はどういう状況なんだ?

 入り口付近にへたり込んでる委員長と、二人の女子が眠っている。佐倉は俺の腕の中だ。

 こんな時に何だが、佐倉の身体ってめっちゃ柔らかいな。良い匂いもするし、いつまでも抱きしめていたい衝動に駆られる。

 って、発情してる場合じゃないか。

 オークキングが「目がぁぁぁああ!!」って呻いている内に佐倉と話す。


「佐倉、俺が時間を稼ぐから皆んなを連れて逃げろ」


 そう提案するが、佐倉は俯きながら口を開く。


「委員長に逃げる力は残ってない。他の二人も気絶してるんだ。ついでに言うと、ボクも腰が抜けて力が入らない。だから、逃げられないんだ……」

「やべぇじゃん」


 最悪の状況だ。

 流石の俺でも四人を連れて行く力はないぞ。運ぶとしても精々一人か二人だ。

 どうする……と悩んでいると、ベルゼブブが助言してきた。


『何を迷う必要がある。この女だけを連れて逃げればいい』

「そんな訳にはいかないだろ。他の三人を見捨てるなんて出来ねえよ」

『分かってないなら先に言っておくぞ。今のアキラじゃ確実に死ぬ』

「影山……誰と喋っているんだ?」


 口に出ていたか。思ってる以上に結構焦ってるのかもしれない。

 まぁいいや、佐倉の問いかけを無視して、ベルゼブブとの会話を続ける。


「何で?」

『あの豚は黒いだろ。アレはモンスターの上位種だ。しかも滅多に現れない階層主の上位種、アキラじゃ万が一にも勝てる相手じゃない』

「何でそんなんが出てきてんだよ……」

『前に言っただろ……ダンジョンは時に、悪戯するように挑戦者を罠に嵌る。今回運が悪かったのは、この女達ってことだな』


 またダンジョンの気まぐれか……頼むから勘弁してくれよ。


「だとしても、置いてけない」

『じゃあ戦うのか、負けると分かってる戦いに』

「ああ」

『アキラ、オレ様は前にこう言った。【共存】スキル者には喰うか喰われるかの試練が付き纏う運命にあると。だが今回の敵は部が悪過ぎる。逃げるのも勝ちだ。今回は無理矢理戦わせたりしねぇ、それでも戦うのか?』

「ああ」


 一切の迷いも無くそう告げると、ベルゼブブの声が聞こえなくなった。馬鹿なご主人に愛想を尽かしたんだろ。悪い、と一言だけ謝っておく。

 俺は佐倉を抱いたまま委員長の元に向かう。


「影山君……だよね」

「ああ、佐倉を頼む。力が戻ってきたらすぐに逃げてくれ」

「戦うの?」

「しょうがないだろ」

「ごめんね、いつも影山君ばかりに頼っちゃって……」


 済まなさそうに謝る委員長に疑問が浮かぶ。いつもって……一体何のことを指しているのだろうか。

 俺が特別委員長に力を貸したことなんて無いと思うんだけど。

 まあいいか、生きて帰れたら聞いてみよう。


「影山……君がどんな力を持っているかは分からない。でも、無茶はしないでくれ。死なないでくれ」

「……キツい注文だなぁ」


 佐倉の無茶ぶりにため息を吐いていると、オークキングが怖い顔で俺を睨んでいた。

 ナイフで斬った右目が修復されている。回復能力もあるのか、厄介だな。


 それにしてもこいつ、すげーデカい。オークの三倍はあるんじゃないか?

 外見はオークのままだ。だが体色が漆黒で、見上げるほどの巨躯に腕の筋肉とかも発達している。瞳が真っ赤で、下から生えている二本の大牙が余計凶悪差を際立てていた。


 何より脅威なのは、彼奴から溢れて出る重厚なプレッシャーだろう。重苦しい圧力が濁流のように押し寄せてくる。

 こうして対峙してみると、恐怖に身体が支配されそうになる。足が勝手に震えて、心臓がドクンドクンと暴れまくってる。要はビビってるってことだ。


 そりゃそうだ……今まで生きてきて、こんな化物と戦うような事なんてないもんな。多分恐竜に睨まれたら、こんな風になるんだろう。

 兎に角、冷や汗が止まらなかった。叶うならば、今すぐここから逃げ出したかった。

 でも、それは出来ない。

 俺が逃げれば、佐倉や委員長達が喰われるてしまうからだ。

 気合いを入れよう。勇気を持とう。弱気な心じゃ、一瞬で終わる。



「うおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」



 以前アーマードグリズリーと戦った時に、ベルゼブブに己を鼓舞するには雄叫びを上げろと言われたからやってみた。

 うん、大分恐怖心が薄れた。


「ブヒヒヒ……」


 俺の雄叫びを聞いた黒いオークキング――ブラックオークキングは、新しい玩具を見つけた子供のようにニタリと嗤った。

 上等だ豚公、すぐに泣きっ面を拝んでやる。





「喰うのは俺だ」

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