第18話友達を助ける為だ

 




 




「委員長、大丈夫かいッ」

「うん、まだ平気!」


 佐倉 詩織が委員長の寺部 静香に後ろから声をかけると、額から大量の汗を流している彼女は作り笑いを浮かべて答えた。

 無理しているのが分かる。でも彼女に踏ん張って貰わなければ、一瞬であの世行きだ。


(クソッ……どうしてこんな事に!)


 詩織は悔しそうに唇を噛む。

 皆んなで十階層を挑戦しようという話になった。

 それは別に構わない。予め聞いていた情報によると十階層のボスはオークキング。オークの上位種だ。


 オークキングの力は大した事がなく、彼女達のスキルならば油断したって勝てただろう。


 それが、“普通”のオークキングならば。


「ブヒィィィィァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!」

「「――――ッ!!?」」


 詩織達が戦うオークキングは、黒かった。そして事前に聞いていた何倍も大きく、強く、禍々しい。


 対峙するだけで、心臓を鷲掴みされる感覚に陥る。

 本当の『恐怖』は、死の危険というのはこういう事なんだと初めて思い知った。


 すぐ様この場から逃げたかった。

 でも足が動いてくれない。接着剤で貼り付けられたかのように、地面に縫い付けられている。

 誰も声を発せずに戦意を失っていると、二人の女子が消えた。吹っ飛ばされたのだ。殴られたのか蹴られたのかは定かではないが、兎に角強い衝撃によって吹っ飛ばされた。


「サンクチュアリ!!」


 はっ!とした委員長が急いで結界を張り、皆んなを守る。

 恐らく彼女も瞬時に悟ったんだろう。このままだと全滅してしまう、と。

 寺部は怪我をしていない女子に助けを呼んできて欲しいと告げて、この場から“逃げる理由”を与える。


 四人の生徒は「ごめん……」「すぐ連れてくるから待ってて」と言いながらボス部屋から去って行った。


【神官】スキルの静香の力は絶大だ。聖結界サンクチュアリという高位の防御術に、回復術も扱える。

 今まで彼女のサンクチュアリを破ったモンスターは皆無で、誰もが頼りにしてきた。しかし、この黒いオークキングには簡単に破られる未来が見えてしまう。


「ブヒヒヒ」


 まだ結界を維持していられるのは、単にオークキングが遊んでいるからだ。

 奴は携える大きな斧で、ガンガンッと何度も結界を叩きつける。愉しそうに嗤いながら、じわじわと恐怖を植え付けようとしてくる。


「佐倉さん、貴女も早く逃げて。私は大丈夫だから」

「そんな事出来る訳ない。それに、委員長だって逃げないじゃないか」

「この二人を置いてけないよ。皆んな、私を信じてくれたんだから」


 逃げようと思えば、詩織はいつでも逃げられた。でも静香を残して行けないし、ここで逃げてしまえば一生後悔するかもしれない。

 何より、“彼”だったら絶対に逃げないだろう。だから詩織も、逃げたくない。


 吹っ飛ばされた二人の女子がまだ生きていなければ、静香だって逃げられた。幸か不幸か二人はまだ息をしていて、だからこそ責任感が強い静香は置いていけない。


「ブヒィ!」

「きゃぁぁあああああああ!!」


 遊びに飽きたのか、オークキングが力強く斧を振る。静香のサンクチュアリが粉々に砕け散った。

 倒れている静香にオークキングが大股で近寄ると、


「彼女に近づくな、化物。氷撃の魔槍!」

「……ブフゥ」


 詩織は氷の槍を頭に目掛けて放った。

 彼女のスキルは【魔術師】。多属性の魔術を扱える便利なスキルだ。

 雑魚モンスターならば一撃で串刺しに屠る氷の槍も、オークキングにとっては氷の針のようなもの。

 全く効いていない。

 残酷な事実に、クソッと胸中で毒吐く。


「こっちだ、豚野郎!」

「ブヒヒハハハ」


 再び氷の槍を放ちながら、注意を引きつけるように詩織は駆ける。

 今度は鬼ごっこか。次の遊びが始まって嬉しそうに口角を上げたオークキングが詩織を追い掛けた。


「委員長、ボクが引きつけるから二人を回復して逃げるんだ!」

「ごめん……佐倉さん、力を使い過ぎてもう使えないや」

「何だって……」

「私も足に力が入らない。お願い、佐倉さんだけでも逃げて」


 諦めたように笑う静香はオークキングの攻撃を防ぐのに力を使い切ってしまったのだろう。

 さらにサンクチュアリを破られて、張っていた緊張の糸が解れてしまった。彼女に立ち上がる余力は残っていない。


 彼女の告白に詩織は絶望した。

 もう助かる道が見えない。本当に退路が断たれてしまった。


 弱気になったのがいけなかったのだろう。

 詩織のいる地点に、斧を振り下ろされる。はっ!と気づいた彼女は間一髪回避するが、衝撃に身体を奪われて倒れてしまう。


「うぐ……」

「ブヒヒヒ」


 オークキングは倒れている詩織を掴んで持ち上げる。ぎゅっぎゅっと、握っている手に力を入れていった。


「あっぐ……ぁぁああああああ!!」

「ブヒヒヒハハハハハハ!!」

「佐倉さん!!」


 悲鳴と嘲笑が共鳴した。

 痛い、苦しい、助けて。

 死ぬ、このままでは本当に握り潰される。


「はぁ……はぁ……」

「ブヒヒヒ」

「ぐ……ぁぁぁぁああ!!」


 詩織の反応を愉しむ為に、オークキングは力を入れたり緩めている。

 やはり女の悲鳴は何度聞いても最高だ。そう言う顔をしていた。


 でも、もういいか。

 十分愉しんだし、頂くとしよう。

 オークキングは大きな口をガバァ……と開けた。


「あ……」


 その行為を目にした詩織の口から声が溢れ、涙が流れる。

 今から自分はこの化物に喰われるんだ。喰われて、グチャグチャに骨こどしゃぶられて、そんな最悪な死に方をするんだ。


(嫌だ……化物になんか食べられたくない……死にたくない……誰か助けて……影山ッ)


 心の中で助けを呼ぶ。一人の男子生徒の顔がふと浮かんだ。

 影山 晃。佐倉 詩織が唯一信頼している男。

 走馬灯なのか、突然記憶が蘇ってくる。


『大丈夫か』


 淡々とした声音で、彼は自分を助けてくれた。救ってくれた。

 彼の正義によって、詩織は救われたんだ。

 でも今、ここに彼はいない。いない者に、助けを求める事は出来ない。


「嫌だ……助けて……影山、影山ぁぁああ!!」

「ブヒャヒャヒャ!!」

「嫌ぁぁぁああああ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」



 絶叫を上げる詩織を、オークキングがついに喰っ――――





「ナイフ」

「ブヒャャャァァアアア!!?」


 寸前、オークキングの右目が黒刀に斬り裂かれる。突然の強襲にモンスターは悲鳴を上げ、握り締めていた詩織を解放してしまう。

 落下する詩織を抱き締めて地面に着地した者は、すまなそうに口を開いた。


「大丈夫か」

「な、何で……君が、ここに」


 どうしてここに。来れる訳がないのに。

 嬉しかった。凄く、言葉では言い表わせないほど。

 その顔、その声。佐倉 詩織にとっての勇者ヒーローが呼び掛けに応えてくれた。


「何でって……決まってんだろ」


 佐倉 詩織の勇者、影山 晃は照れ臭そうに告げる。




「友達を助ける為だ」

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