第15話どうしてイけないんですの
西園寺麗華は西園寺財閥の社長令嬢だ。
一人娘の彼女は、小さい頃から厳しく育てられてきた。
勉学は勿論、礼儀作法に料理、華道、茶道、舞踊。
空手、柔術、護身術などの武術に、ゴルフやテニスといった貴族が嗜むスポーツまで。
必要な事は全部習う。無論、彼女に自由時間などない。朝起きて夜寝るまで、全てを執事に管理されていた。
父親は厳格で、泣き言は許されなかった。
母親はいない、麗華を産むにあたって無理をしてしまい亡くなっている。だから、彼女を甘やかす者は誰一人としていない。
麗華のストレスは溜まっていくばかりだった。
幸い彼女は優秀だった。
備わっている能力が高く、何でも熟せてしまった。
高い成績を残せば、それが当たり前だと言われる。もっと上を目指しなさいと、妥協を許さない。
良くやったと褒めて欲しい。
流石私の娘だと頭を撫でて欲しい。
どうして褒めてくれないのだろう。
どうして頭を撫でてくれないのだろう。
考えて考えて辿り着いた答え。
まだ足りないんだ、もっと頑張って結果を出せば褒めてくれる。
その結論に至った彼女は、限界を超えて上を目指してしまう。
それがいけなかった。西園寺の心は摩耗し、身体を壊してしまったのだ。その一件で、麗華の父は西園寺を貴族が集まる学園ではなく、援助している高校に通わす。
父に幻滅されてしまった。見捨てられてしまった。
そんな絶望していた時、声を掛けてくれたのが同じ特進コースのクラスメイト。
神崎勇人だった。
「俺は神崎勇人」
「一緒にご飯食べないか」
「俺達の班に入ってくれよ」
「おー、西園寺の料理凄く上手い!」
「綺麗だ、麗華」
神崎勇人はイケメンで背も高く、頭脳明晰でスポーツ万能、愛想が良く誰からにも好かれる。
彼に対して妬みや嫉妬はない。それすら超越し、尊敬の域までに達している。
まるで、物語の主人公のような男だった。
そんな男に惚れない女がいないわけがない。
幼馴染を筆頭に、先輩や後輩、運動部や文学部など、様々な女の子が神崎勇人の魅力に堕ちている。
周りからはハーレムメンバーと揶揄されているが、彼女達は甘んじてそれを受け入れていた。
だって、本当のことだから。
本気で神崎勇人に恋をしているから。
それは西園寺も同様である。
勿論最初は警戒した。麗華は財閥の令嬢である上に容姿も素晴らしい。彼女に言い寄る男は山ほどいた。
イケメンもいた、金持ちもいた、一芸に秀でる者もいた。だが、麗華は一度も彼等に心を奪われたことがない。
麗華が最も欲している、愛情が無かったからだ。
優しい言葉を並べられても、中身は空っぽ。見え見えの欲望しかそこにはない。
しかし神崎勇人は違った。
麗華がどれだけ無碍にしようとも、彼は声を掛け続けてくれた。
彼の声には心配と優しさが感じられる。決して嘘ではない、本物の優しさ。麗華が欲しくてやまないモノ。
神崎勇人の目には“西園寺”が映っていない。
“麗華”という一人の人間を見てくれている。
それが何よりも嬉しかった。
徐々に打ち解けると、彼に好意を抱くのは早かった。だが神崎勇人を好きな人は沢山いる。麗華はその中の一人でしかない。
そして彼も誰かを選ぶことはしなかった。
それでも良かった。彼は優しいし、ハーレムメンバーと一緒にいるのも悪くない。いや、正直に言えば楽しかった。
だからこのまま、皆んなで仲良く卒業出来ればいい……。
――そう思っていた。
「メス豚がオレ様を支配してンじゃねえよ』
墜落事故によって麗華は死に、異世界に転生させられた。それは勇人や仲間も同じ。
悲劇を嘆いたが、心の中で麗華は逆に喜んでいた。
西園寺家の呪縛から解放される。勇人がいれば何も恐れることなどない。
幸い、神から強大なスキルを得た麗華達はこのゲームみたいな世界でも生きていける力が備わっている。だから何の問題もない。
なかった筈なのに、起きてしまった。
【支配者】スキルを使えば使うほど、麗華は自分が変わっていくのが薄々分かっていた。でも抗えなかった。
三十階層主と戦った時、勇人や仲間を危険な目に合わせてしまう。仲間達から罵声を浴びせられ、勇人でさえも麗華の言葉を聞き入れてくれなかった。
「人間の王候補如きが魔王を従えると思ってンのか』
絶望感に打ちひしがれていると、知らない男子生徒が声を掛けてくる。放って置いて欲しくて無視すると、突然胸を触ってきた。
何をするんだと頬をぶっ叩いた。
男子生徒は影山 晃という名前だった。
何故か分からないが彼は麗華の話を聞いてくれて、不明瞭だった暴走の原因まで教えてくれる。解決策まで考えてくれた。
麗華は泣きながらゴブリンを剣で刺し殺す。
気持ち悪かった。溢れる血も肉を斬る感触も耳朶を叩く悲鳴も、全て気持ち悪かった。
でも彼の言う通り、彼女の中で何かがぶっ壊れたのも確かであった。
それからスキルを発動し、ウルフを操り、彼に命令してアーマードグリズリーと戦わせる。
そして――、
「いいか、オレ様を支配していいのはオレ様だけだ。次にナメたこと言ってみろ、グチャグチャに喰い殺しやる』
バケモノに首を絞められた。
◇
「はぁ……はぁ……」
私室のベッドの上で、麗華は荒い吐息を零していた。
股の間に左手を入れ、赤い痕が残っている首を右手でそっと撫でる。
もう何時間も、自慰を繰り返している。
「何で……どうしてイけないんですの……」
身体が熱い、猛烈に発情しているのが分かる。
こういう時は神崎勇人とシている妄想をすれば直ぐにでもイけるのに、今日に限ってはいつまで経っても達せない。
もどかしくて、悶え苦しむ麗華。
そんな辛い時、不意に浮かんできたのは晃の顔。右側が虫の化物みたいな悍ましい顔で、身が竦む不気味な声色だった。
恐ろしかった、喰われるかと心臓が縮み上がった。
だか何よりも首を掴まれ絞められた時――気持ち良かったのだ。今まで感じた事のない快感だった。
あの快感ならイけるかも……と麗華は右手で首をぎゅっと絞めつける。
「ッッんんんんんんんんん!!」
あっという間だった。どれだけ妄想してもイけなかったのに、晃の顔を思い浮かべながら首を絞めただけで絶頂してしまった。
「はぁ……ふぅ……」
麗華はゴブリンに襲われた時、吐くような嫌悪感を抱いた。しかし同時に、心のどこかで興奮している自分がいるのにも気がついていた。
そして晃に首を絞められた時、恐怖で尿を漏らした訳ではない。彼女は凄まじい快楽によって果ててしまったのだ。
「わたくしは……一体……」
幼少の頃から積もり続けたストレスは、神崎勇人の優しさによって緩和された。
ただ、緩和されただけで膨大な負荷が解消された訳ではない。
でも、晃に首を絞められた時、今までの西園寺麗華という器がぶっ壊れた感覚がした。物凄くスッキリした。
「……ああ」
西園寺麗華は生粋のドMである。
本人はその事にまだ気付いてないが、幼少の頃から片鱗はあった。
頬を紅く染め、恍惚する彼女の瞳はドス黒く澱んでいたのだった。
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