第14話暴虐

 




 それから彼女は、ゴブリンを殺しまくった。

 最初の数匹は俺が動けなくして殺したが、その後は自分の力のみで戦っている。

 苦戦していたが、徐々に慣れて攻撃を受けなくなり、今では効率良く殺している。ベルゼブブに出逢う前の俺より手際も効率も良い。


 俺は驚いたと同時に、やっぱりなと納得していた。

 西園寺は特進コースで頭も良い、そして多分運動神経も抜群だと思った。

 もし転生せずに地球にいたままだったら、勉強も運動も逆立ちしたって俺じゃ歯が立たない人間なんだ。優秀じゃない筈がない。


 王の器を持つ者に宿る【支配者】スキル。そのスキルに選ばれた西園寺にもその器があるという事。元々彼女は強い人間だと思う。

 転生してどこぞの世界に呼ばれ、化物と戦わされる。そんな非日常で地獄のような世界でも、勇者という心の在りどころがいるから平静でいられた。甘えることが出来た。


 だが心の中は不安と恐怖で一杯だったんだろう。

【支配者】スキルに呑まれ、この世界で唯一信用できる勇者に拒絶されてしまった。だからあれ程弱っていたんだ。本当は強い筈なのに。


「終わりましたわ」

「じゃあ、試してみるか」

「何を……」


 ゴブリンの首を掻っ切った西園寺が戻って来ると、俺は次に進んでみようと提言する。


「何って決まってんだろ、【支配者】スキルをだよ」





 ――ダンジョン三階層。

 ゴブリンを殺した後の心の変化を知る為、【支配者】スキルを試そうと五階層に向かっている最中だった。数歩後ろに付いてきている西園寺が恐る恐る尋ねてくる。


「あの、今更なんですけど……貴方のお名前を聞いてませんでしたわ」

「本当に今更だな。影山 晃、別に覚えておかなくていいよ」

「影山さん……ですか。ずっと気になってましたの、貴方はどうしてわたくしを助けてくれるのですか」


 だよねー、普通気になるよね。しかも助けてくれる相手が男だったら少しは警戒するもんな。

 邪推される前にちゃんと釘を刺しておこう。


「あの状態のお前を見ないフリをして、ダンジョンから帰ってきたら死んでましたとかだったら気分悪いだろ。ただ単に人として放っておけなかっただけだ。変な疑いはするなよ、俺はこれっぽっちもお前に好かれたい訳じゃないからな」

「べ、別に疑ってる訳じゃありませんわ!」

「お前がスキルに支配されないようになったらもう俺からは関わんねーよ」

「あの……」


 と会話を繰り返していると、怒りが含んだ声音で、


「わたくしには西園寺麗華という名前があるのですわ。お前呼ばわりはやめて下さいまし」

「……そうだな、確かに失礼だった、悪い」

「いえ……分かってくれればいいんですのよ」

「じゃあ早く行くぞ、西園寺」


 探索をペースアップし、昨日アーマードグリズリーと死闘を繰り広げた五階層に辿り着く。早速スキルを試そうとした所、御誂え向きにウルフ二体とボーンナイト一体と遭遇した。

 西園寺に告げると、彼女は【支配者】スキルを発動する。


「――ッ!?」

『キモチワルイ』


 スキルを発動した突如、身体に異常が発生する。

 何だこれ……!?身体が熱い、力がどんどん溢れてくる。どんなモンスターと戦おうが、絶対に負けないという自信が湧いてくる。


 これが【支配者】スキルの力、仲間の強化か……。仲間の身体強化に戦闘意欲向上……凄まじい能力だ。ただ何となくだが、西園寺を“守らなくてはならない”と今まで思った事がない考えが不自然に浮かんでくる。ちっ、この思考は厄介だな。

 まあそれを踏まえても、このスキルの恩恵は驚異なんだが。


 そしてスキルの影響下にいるのは俺だけではなく、モンスターにも対象である。

 ボーンナイトと一緒にいたウルフ二体が、西園寺の方へ駆けてきて主人を守る位置に着く。

 これが【支配者】スキルの第二の能力、敵モンスターの強制テイムか。しかも彼女の話によると、テイムしたモンスターもパーティーメンバーと判断されるので恩恵を与えられるそうだ。

 本当チートだろこのスキル。


 そして可哀想なのは残ったボーンナイト。西園寺の強制テイムは二体までが限界なのか?


「クカカ」

「行きなさい!」

「「ガルル」」


 西園寺が命令を下すと二体のウルフが吠えながら疾駆する。彼女の堂々たる姿はまるで女王の如き振る舞いで、威厳と覇気を感じられた。

 さっきまでとは別人みたいで、こうも変化するのかと驚嘆する。

 でも俺的には、今の西園寺が“らしい”というか似合ってる風に思った。


 二体のウルフはボーンナイトの頭と足に噛み付くと、バキバキと容易に噛み砕いた。

 まさに一瞬の出来事。モンスター同士の戦闘は初めて目にしたが、結果はウルフ二体の圧勝。

 恐らくウルフとボーンナイトの元々の実力差は変わらない筈だが、スキルの恩恵で強化されたウルフは速度も威力も段違いに上昇している。はっきり言ってすげー強くなっていた。


 仕事を終えたウルフはご主人の下に戻る。西園寺はよくやった、とウルフを褒める――事はなく顎を蹴っ飛ばした。


「愚鈍ですわ。これだから雑魚モンスターは嫌ですの」

「…………」


 その残忍非道な行為に目を見張る。蔑むような冷たい眼差しに、唾を吐き捨てるような言葉。

 こんなモラルを欠いた卑劣な行いを、普段の西園寺ならば絶対にしない。少しの時間を共有しただけだし、少ない言葉しか交わしていないが、それだけは断言出来る。


 なのにこの変貌ぶり。【支配者】スキルとは、こうも人を変えてしまうのか……。


『こりゃ手遅れかもしれないな。影響を受け過ぎてやがる』

「そりゃどういう――」


 意味だとベルゼブブに尋ねようとした刹那、新たなモンスターがやってくる。

 そのモンスターは昨日俺が死に物狂いで勝利した中ボスのアーマードグリズリーだった。


「グルルル」

「ああ、そういえばこんなモンスターもいましたわね。まぁいいですわ、誰が相手だろうとわたくしには関係ありませんもの。行きなさい、駄犬共」

「「ガルルルッ!」」


 アーマードグリズリーに対し全く怯える様子も無く、西園寺はウルフに命ずる。何の躊躇もせずウルフは格上のモンスターに向かって行った。


「グルァ!」

「キャン!」


 アーマードグリズリーは纏わりつくウルフを煩わしそうに薙ぎ払う。奴の爪がウルフを捉えると、たった一撃で屠ってしまった。

 スキルで強化されたとしても、雑魚モンスターと中ボスでは格が離れ過ぎていて太刀打ち出来ない。


「これだから雑魚は……もういいですわ、そこの愚民、何を呑気に突っ立ってますの。駄犬の代わりに早くあのモンスターを殺しなさい」

「は?」

『ハ?』


 俺とベルゼブブの言葉が重なる。

 しもべを失った西園寺は、不遜な態度で俺に命令してきた。

 おいおい、俺にまでそういう事しちゃうわけ?

 勇者パーティーの気持ちが分かる気がした。こんな上から目線でモノを言ってくるなら反発もするよな。


 何で俺が……と頭の中では絶対に従わないと決心するが、身体というか本能が勝手に動いてしまう。

 待て、何であいつの為に戦おうとしてんだ。


「グォォオオ!」

「ナイフ」


 迫り来るアーマードグリズリーに、ナイフを纏いながら応戦する。

 昨日は相対するだけで身が震えたのに、今は恐怖すら感じない。ご主人様の敵を倒さなきゃという思考で頭が一杯だ。


「はぁぁああああ!!」

「グルァァッ」


 ナイフがアーマードグリズリーの肉を削ぐ。昨日はビクともしなかった堅牢な鎧が嘘のようにスパスパと斬り裂ける。

 何つー威力だ、昨日とは段違いじゃねえか。


 恩恵の効果に脱帽する。

 西園寺のスキルはこれほどまでに仲間を……しもべを強く出来るのか。肉体的にも精神的にも、昨日より遥かに上回っているぞ。


「蜘蛛糸」

「グォ!」

「ニードル」

「ギャャャァァアアアアアアアアッ!!」


 蜘蛛糸で動きを封じ、巨大な針でアーマードグリズリーの胸部を突き刺す。

 絶叫が反響する。

 巨大な針は鎧を貫通し、肉と骨を断った。ニードルを戻して一歩下がると、アーマードグリズリーは白目を剥いてドダンッと背中から倒れ、粒子に散った。


「よくやりました、貴方使えますわね。わたくしのしもべとなる事を許してもよくってよ、感謝しなさい」

「五月蝿ェ』

「かは……っ」


 俺の意識とは関係なく勝手に身体が動き、女王気取りの西園寺の首をガッと掴んだ。

 苦しそうに俺の手を掴む西園寺は、目を大きく開いて驚愕している。


「あ……がっ……」

「メス豚がオレ様を支配してンじゃねえよ』


 口が一人でに動く。多分顔の右側を乗っ取られてるな。ベルゼブブに代わった顔を見ている西園寺の瞳に畏れが宿る。

 俺の右顔、今どんな化物になってんのかな。

 そんな事を思っていると、首を掴む手の力が徐々に増していく。


「人間の王候補如きが魔王を従えると思ってンのか』

「じ……じぬ……」

「いいか、オレ様を支配していいのはオレ様だけだ。次にナメたこと言ってみろ、グチャグチャに喰い殺しやる』

「ヒッ……!」


 じょろろろろろ……。

 そんな音と共に西園寺の股から水が溢れていく。

 おい、こいつおしっこ漏らしやがったぞ。臭っ、臭っ!

 なぁベルゼブブ、そろそろ離してやれよ。

 顔も涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃだし、おしっこ漏らしてるし見るに耐えねぇって。


『ふん』

「かひゅー、かひゅー、はぁ……はぁ……」


 ベルゼブブが手の力を緩めると、西園寺がおしっこして濡れている地面にべたりと座り込み、懸命に酸素を取り込もうとしていた。

 ここまでやらなくて良かったんじゃないか。


『オレ様はナメられるのが嫌いなんだよ。アキラ、お前もお前だ。魔王の宿主がこんなメス豚に簡単に操られてんンじゃねえよ』


 ああ、すまん。と胸中で謝っておく。

 ベルゼブブは大分ご立腹らしい。こいつがこんなに腹を立てたのは初めてだな。


「おい西園寺、大丈夫か」

「……」

「やべー、こいつ気絶しちゃってるよ」

『オレ様は悪くない、この女が悪い』


 いやお前の所為だろと突っ込むも、ベルゼブブは無反応だった。この野郎、バツが悪い時だけ無視しやがって。


「仕方ねえ、早いけど今日は帰るか」


 なんか疲れた。倒したアーマードグリズリーはアイテムがドロップしなかったし。

 気絶している西園寺を背負う。

 うへぇ、腰の辺りが冷たいよお。

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