第13話殺れ

 




 ――ダンジョン一階層。

 西園寺に一人でモンスターと戦闘させる為、一端一階層に戻ってきた。緊張しているのか、剣を握っている西園寺の手が細かく震えている。


「あの……本当に、スキルを使わずに戦うんですの?」

「ああ。言っとくけど、お前が殺されそうになっても俺は助けないからな」

「なっ!?それは酷いんじゃありませんの!?貴方が考えた事ですから責任を持って頂かなくては――」

「ほらっ、言ってる間に来たぞ」


 西園寺が怒っている間にゴブリン一体が現れた。恐怖に怯えた西園寺の肩を叩いて「ほら」と促す。

 彼女はゴクリと唾を飲み込み、ゴブリンと相対した。


「ゲヒャヒャ」

「ひっ……」


 ニタリとゲスな笑みを浮かべる最弱モンスターに対し、引き攣るような声が漏れる。

 三十階層まで到達している彼女にとってゴブリンなど道端に転がっているゴミと代わらない。でもそれは、強大なスキルを有し、頼もしい仲間が側にいるからだ。


 スキルを使用せず、仲間にも頼れない今の状況の西園寺はなんの力も持たないただの女子高生に過ぎない。蹂躙する側が、蹂躙される側に回ってしまったのだ。その関係性の変化は、すぐに表れる。


「ギャハ!」

「きゃぁあ!!」


 ゴブリンが勢いよく飛びかかり、西園寺は悲鳴を上げながら倒れ、マウントを取られてしまう。

 彼女の美しさをモンスターにも理解出来るのか、小鬼はゲラゲラと嗤いながら西園寺の肩を押さえて胸を鷲掴む。モンスターって盛るのかぁ。


「ゲヒャァ」

「ひっ……やめ、やめなさい!やめて!いや……気持ち悪い、いやぁぁぁああ!!」

「ゲヒャヒャヒャヒャ!!」

「助けて!勇人、助けてよぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!」


 助けを求め必死に名前を呼ぶ。だが、彼女の呼びかけが届くことは絶対にない。ここにいるのは俺だけだからだ。


「ゲヒヒ」

「いや、離して……いやぁぁああああああああ■■■■■■■■■■■■あああ!!」


 愉しそうにゴブリンが長い舌を伸ばし、西園寺のシミひとつない頬をべろりと舐める。その気持ち悪い行動に、また悲鳴が上がる。女を啼かせるのにテンションが上がったゴブリンは、彼女の胸元の服を引っ張ってビリビリと切り裂く。へー、ゴブリンって女に対してはああいう行動を取るのか。俺の場合ただ喰われるだけだったけど。


「それはやりすぎ」

「グヒッ!?」


 夢中になっているゴブリンの頭を蹴っ飛ばし、黒スライムを伸ばして足と地面を固定しておく。

 手を出したくなかったが、このままだと心がぶっ壊れてしまう恐れがあった為仕方なく介入した。

 精神を鍛えたいのに、心が壊れてしまったら本末転倒だしな。


 俺は泣きながら胸を隠している西園寺に淡々とした声音で尋ねる。


「なあ、お前ってそんな弱い奴なの?」

「ひっぐ……な、何を言ってますの。どうして助けてくれなかったのですの。何でわたくしがこんな目に、こんな辱めを受けなければなりませんの……」


 怯えた瞳で俺を見上げてくる。マジかよ……もう少しマシな奴だと思ってたんだけど、俺の勘違いか?いや、煽れば復活するかな。


「無様だな、お前。ゴブリンなんかにレイプされてよ、悔しくないの?やり返したいと思わないの?ぶっ殺してやりたいと思わないの?」

「スキルさえ使えれば、ゴブリンなんて……!」

「スキルを使うから勇者君に拒まれたんだろ。じゃあスキルを使わずに戦うしかねえじゃねえか」

「わかってますわ……わかってますけど、怖いんですの!!」

「じゃあ動けないようにしてやるよ。それなら怖くないだろ」


 落ちている剣を拾い、西園寺に渡す。彼女は剣を持つと、俺を見上げた。


「いけ、殺れ」

「っ……!」


 やっと決意を固めたのか、彼女は頼りない足取りでもがいてるゴブリンへ向かう。


「ゲヒ、ゲヒャァ!!」

「ふぅー、ふぅー、ふぅー。よくも、よくもわたくしを!!」

「ゲギャャァァアアア!!」

「ひっ……」


 血走った目で荒い呼吸を繰り返すと、切っ先をゴブリンの中央に突き刺した。ゴブリンは絶叫を上げる。

 間近で悲鳴を聞き、苦痛に染まる表情を見て、肉を断つ生々しい感触を直に味わう。それから動かなくなってしまった西園寺に、アドバイスを送った。


「まだ死んでない、トドメを刺せ」

「わ、わかってますわ!!」


 子供のように怒鳴ると、西園寺は一心不乱にゴブリンに刃を突き立てていく。緑色の血飛沫が跳ねてゆく。


「死になさい、死んで、死ね、死■、■ね、死ね、死ね、死ね」


 狂気が迸る光景だった。やがてゴブリンは粒子となって消え、剣を持っている手がダランと下がる。

 西園寺がこちらを振り向く。返り血を浴びた姿は、幽鬼と見間違えるほど不気味だった。


「これで、いいのですか?」

「ああ」

『アキラ、お前はオレ様より魔王っぽいぞ』


 頷いていると、脳内でベルゼブブから小言を言われる。確かに酷い真似をさせている自覚はあるが、俺はしたくてしている訳じゃない。彼女の為を思って、仕方なくやらせているんだ。


「これで、もう終わりでいいですの?」

「何を言ってるんだ?」

「えっ?」


 鳩が豆鉄砲を食ったように驚いている西園寺に、これからが本番だろうと告げる。


「自分の力で殺すまでやるに決まってんだろ」

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