第12話【支配者】

 




 ――ダンジョン一階層。

 今日も新階層を目指そうとダンジョンに潜ったら、道なりに西園寺が絶望した表情で項垂れていた。

 どうしよう……一応声をかけるべきか?

 いやでも、わざわざ俺がしなくとも誰かしらするだろ。ここで手を差し伸べたら彼女の事情に突っ込まなきゃならないかもしれないし。


 ……いや馬鹿か俺は。ここは簡単に命が落ちるダンジョンの中だぞ、普通助けるだろ。


「おい……大丈夫か」

「……」

「おい」

「……」


 駄目だこいつ、声をかけても身体を揺すってもずっとレイプ目でピクリともしねえ。

 なぁベルゼブブ、こういう時どうすればいいと思う?


『ヒハハ……オレ様に聞くなよ』


 ですよね。意外と役に立たない魔王だな。

 俺は短いため息を吐きながら、次の対抗策を取る。

 右手で彼女の胸を揉む。モミモミ。

 何だこいつ、結構デカいな。ってか柔らか。おっぱい初めて揉んだけど服の上からでもこんなに柔らかいんだな。


「――――ッ!!?」


 パーンッ……。

 乾いた音が木霊がする。音の正体は、西園寺が俺の頬に平手打ちした音。

 羞恥に染まり、睨んでくる。


「痛ってぇ……」

『アキラ、流石にオレ様でもその解決方法は失礼だと思う。やっぱりお前は大物だな』


 ベルゼブブが呆れた風に言ってくる。やった俺もどうかと思うが、効果はバッチリだ。痛いけど、おっぱい揉めたからプラマイゼロだし。


「貴女……突然何をしてますの、ハレンチな!!」

「やっと反応したな。早く立て」

「ちょ、ちょっと……離しなさい!」


 怒鳴り声を上げる西園寺の腕を掴んで無理矢理立たせる。腕を払われるが、俺は気にせず彼女に告げる。


「死にたくなかったらついて来い」

「はっ?貴方さっきから何を言って……ちょ、ちょっと待ちなさい!!」


 彼女の怒りを無視してさっさと歩き出す。すると西園寺はドスドスと地面を踏み出しながら追ってきた。うん、手っ取り早く相手の感情を刺激するには怒らすのが一番だな。


「で、何があったよ。気になるから話してくれない?」

「だ、誰が痴漢者などに……!そもそも貴方は誰なんですの!?」

「ほら、人に話す事で問題を整理できることってあるだろ?俺を人形だと思って言ってみろって」

「……」


 俺の体験談だが、こういう時は話しを聞くだけでいいんだ。相手は話しを聞いて欲しい。だから、続きを促すのはいいけど意見を言ったりしてはいけない。これ大切。

 西園寺は少しの間黙っていたが、整理できるという俺の言葉が響いたのかポツポツと喋り出す。


「わたくしは……勇人と、皆と一緒にダンジョンを攻略していたのですわ。皆のスキルは強くて、攻略も凄く順調で……。でも途中から、何だかおかしくなり始めましたの」

「何がおかしくなったんだ?」


 襲ってきたゴブリンをナイフで殺す。戦闘しているというのに、まるで何事もなかったかのように西園寺の話しは止まらない。すげーなこいつ、どんだけ周りを気にしてないんだ。


「わたくしが……ですわ。最初はわたくし自身がそうなっているのが分からなくて、皆さんから優しく教えてもらいましたの。「麗華ちゃん、ちょっと怖い」って……それを伝えられた時は驚きましたわ」

「どう怖いんだ?」


 ゴブリンを倒しながら二階層に潜る。さっきから戦っているのに、俺の後ろにいる西園寺は全く気にしていない。


 えー、こいつ相当キてんなぁ。


「戦闘中……わたくしの性格が変わるらしいのですわ。口調も荒くなって、皆さんに向かって非難轟々する時もあって……それが戦いを繰り返す事に酷くなって。でもわたくしはそれに全然気がつかなくて」

「自分で言ったことを覚えていないのか」


 二体で突撃してくるゴブリンをハリセンボンで蹴散らす。この変の雑魚はもう余裕だな。


「覚えてませんわ。わたくしが皆さんに言った言葉でさえも。それがまた自分でも怖くなって……でも戦いを繰り返す事に態度が酷くなっていって……ついに三十階層の階層主と戦った時、やってしまいましたの。わたくしの暴走で勇人を危険な目に……傷つけてしまいましたのッ!!」


 三階層に到達。ゴブリンとウルフを倒してドロップアイテムを拾っていく。

 そんな事をしていると、西園寺が涙ぐんでしまった。


「今までは勇人がわたくしを庇ってくれて、皆さんとの仲を取り持ってくれていましたけど、今回ばかりは許されなくて……ついにパーティーから外されてしまいましたわ。どうしてももう一度チャンスが欲しくて、先にダンジョンに入って待っていたのですけれど、皆さんは許してくれませんでしたわ。勇人も……困った顔で待っててくれってッ」


 ついに西園寺の足が止まってしまった。両手で顔を覆い、身体が震えている。

 彼女の悲しさも理解できるが、勇者やハーレムメンバーの気持ちも分からなくもない。俺だって雰囲気を悪くする奴と一緒に戦っていたくないし、何をするか分からない爆弾なんてパーティーに入れてられない。

 でも不思議なのは、暴走状態を西園寺自身が把握していないことだ。


「原因は分からないのか?」

「分かりませんわ。戦っている時だけなるとしか……」


 うーん、そりゃ困ったな。改善のしようが無いじゃないか。

 なあベルゼブブ、なんか分かるか?


『スキルを聞いてみてくれ』


 了解。ベルゼブブから頼まれたので、西園寺にどんなスキルなのか尋ねる。


「【支配者】というスキルですわ……パーティーの能力を上げたり、モンスターを数匹ですが一時的に操れるスキルですわ」


 何それクソ強ぇじゃん。


 仲間の強化に強制テイムって……卑怯臭くねえか。チートだろチート。

 と心の中で愚痴っていると、ベルゼブブが納得した風に教えてくれる。


『【支配者】か……珍しく強いスキルだな。だが原因は間違いなくそのスキルにある』


 なんで?

【支配者】スキルのデメリットとか?


『デメリットではない。だが強大過ぎる力を持ったスキルは、スキル者の人格そのものを歪めてしまう恐れがある』


 マジ?じゃあ魔王と共存できる【共存】スキルもヤバいスキルじゃん。どうしよう、俺も既に変になってるのか?

 そんな不安を抱いていたら、ベルゼブブに一蹴されてしまった。


『安心しろ。オレ様が強大な力を持ってるだけで、【共存】スキルは何の力もないゴミスキルだ。だからアキラは全く変わっていない。お前は元々壊れてるんだよ』


 ああそう。やっぱりゴミなのね。


『歴史の中で王や、王の器を待つ者に【支配者】スキルが多く居たが、成功して名を残した者もいれば破滅した者も多かった。この女の暴走はその兆候だろう』


 どうにかならんのか。


『無理だな。【支配者】スキルに打ち克つ強靭な精神力を持つ者ならば影響は受けないが、この女じゃダメだ。それにかなり侵食されている』


 じゃあ強靭な精神力を身につけられば今からでも改善される余地はあるんだな。


『あるにはあるが難しい。どうするつもりなんだ、アキラ』


 要は心を鍛えればいいんだろ?

 俺は泣いている西園寺に近づいて話しかける。

 というか説明した。暴走している原因が、【支配者】スキルにあると。もう手遅れだという事も。

 すると西園寺はもっと泣いてしまった。どうして俺がそんな事を知っているのかとかも気になってないし嘘かもしれないとか疑ってない。まあそれだけ心が折れてるんだな。


「そんな、それではわたくし一体どうすればいいんですの……」

「簡単じゃないが解決方法はあるだろ。精神力を鍛えればいいんだよ」

「そんな、そんな事できるわけ……」


 俺は新しく買っておいた鉄の剣を懐から取り出し、西園寺に差し出す。


「戦えよ」


 西園寺はえっ?と驚いた表情で剣を見て、その次に俺を見る。

 意味が分かってなさそうな彼女に、自分の体験談を伝えてみる。


「スキルも使わないでさ、自分の力だけで、命懸けで戦ってみろよ。ゴブリンでもウルフでもいいからさ、この剣で実際に肉を裂いて自分の手で生き物を殺してみろよ。それだけで、随分違うから」

「わたくしが……ですか?」

「当たり前じゃん……お前の問題だろ?」


 そう問うと、彼女はそうですけど……と目を伏せる。怖いとは思うけど、重要だと思うんだよね、これ。俺も最初ゴブリンをぶっ殺した時は、マジで吐いたからね。血飛沫とか断末魔が頭の中で甦り繰り返されて、ここは地獄か……と絶望したもんな。

 殺人童貞卒業というかモンスターだけど、兎に角あの行いで俺の中の倫理観がぶっ壊れたような、狂ったような感覚に陥ったし。


「そうやって泣いてれば解決されんのか?勇者が助けてくれるのか?」

「……」

「助けてくれないからここで泣いてんじゃねーのかよ。じゃあ今どうするべきか、もう一度勇者と一緒にいられるようにするにはどうすればいいか、特進コースで頭が良いお前なら本当は分かってるんじゃないのか」


 話しを聞くだけのさっきとは打って変わって、西園寺を強く責め立てる。こんなキツいこと言いたくないが、彼女の場合はこっちの方が効果的だと思う。俺の勝手な予想だけどね。


 やがて彼女は決心したのか、震えた手で剣の柄を握り、俺から剣を受け取った。


「やりますわ……貴方なんかに言われずとも、やってやりますわよ」

「そうこなくっちゃ」


 だと思った。西園寺はきっとプライドが高そうだから、煽れば乗ってきそうだったんだよな。チョロい奴。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る