第11話西園寺 麗華

 




「オジさん、これ換金して」

「おーいいぜ。ゴブリンの皮だなって……おいこれ!ウルフの牙に毛皮、こっちはボーンナイトの骨じゃねえか!それに手に持っているのはアーマードグリズリーの上肉だって!?激レアアイテムじゃねえか!!」


 換金所のオジさんにドロップアイテムを渡すと、すんごく驚かれた。何でぱっと見で分かんだ?あーそういや【鑑定】スキル持ちなんだっけ。

 オジさんが恐る恐る尋ねてくる。


「お前さん、このドロップアイテムはどうしたんだ?ついに誰かとパーティーになったのか?」


 そうだよな、普通そう思うよな。ゴブリンに手を焼いていたゴミスキル持ちの俺がたった一日でこれだけの成果を出せる訳がない。仲間を作らない限りは。


「そうだよ」

「そ、そうだよな。いや良かった、これでお前さんも安全に暮らせるようになったか。ほれ、これ全部で銀貨2枚だ。そっちの上肉は換金しねぇのか?」

「ああ、これは俺が喰うよ。お金、貰ってくよ」


 お金を受け取り換金所を立ち去る。

 俺はオジさんに嘘をついた。仲間になったのは人じゃなくて化物で、仲間になったんじゃなくて寄生されたんだ。


「オバちゃん、これそのまま焼いてくれる?お金は払うから。後銀貨1枚分で量多目で料理作ってくれない」

「えっ!?あ、ああ……分かったよ」


 換金所の後は食堂に立ち寄り、オバちゃんにアーマードグリズリーの上肉と銀貨1枚を渡す。オバちゃんは俺の顔を見て狼狽えながらも、すぐに料理に取り掛かってくれた。


「ほれ、出来たよ。持ってきな」

「ありがとう」


 お礼を告げて、上肉と料理が目一杯積まれた大きなトレーを受け取り空いてる席を探す。

 今は夕刻。ダンジョンから帰ってきて夕食を取ろうとしている生徒が多くて中々席が空いてない。ぼっちの俺が隣の席で食べていると気不味いだろうと遠慮し、あまり人が居ない席を探していると。


「あそこでいいか」


 あまり人がいない場所があった。恐らく、落ち込んでいる女子生徒がいて周りが空気を読んで近づかないためだろう。俺にはそんなの関係ないので、女子生徒の斜め前に座った。

 その瞬間女子生徒がパァと明るい表情で顔を上げるが、俺を見るや否や再び暗い顔に戻る。

 ……人の顔見て露骨に落ち込むとかやめてよ、傷つくじゃん。まぁ、慣れっこだからいいんだけどね。気にせず食べよう。


「いただきます」


 手を合わせてから、早速料理をいただく。まず初めは、やはりアーマードグリズリーの上肉だろう。俺はフォークでこんがり焼けてる大きな肉を刺し、豪快に食う。

 その瞬間――


「うんめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

『ウンメェェェェェェェェェェェェェェェッ!!』


 あまりの旨さに歓喜の絶叫を上げた。頭の中で同時にベルゼブブが叫んでいる。

 何だこれ、なんだこの肉。口に入れた瞬間、溶けて消えて、幸福感が身体中を駆け巡っている。細胞が、神経が喜んでいるのが分かる。

 柔らかくて、でも確かな歯応えもあって、噛んだ瞬間脂と肉そのものの上品な味わいが口全体に広がっていく。人生でこんな美味いもん食ったことねぇ。


『流石レアドロップアイテムだな、格別の味だ』


 ベルゼブブも満足している。肉がドロップした時は不満を抱いたが、今では鎧じゃなくて良かったと安堵する。だってこの肉、めっちゃ美味いもん!

 俺が叫んだことで目の前の女子生徒や、他の席で食事している生徒達が目線を寄越してきたが、何も気にしない。俺の意識は全て肉と料理に注がれているからだ。


「ガツガツ、バリバリ、ゴクゴク、ガツガツ」


 夢中になって料理を食べる。食って食って飲んで食って、気がつけばあっという間に平らげていた。まだ腹一杯にはなっていないが、アーマードグリズリーの上肉のお陰で満足度は高い。


「ごちそうさま」

「君、落ち込んでる女性の前でよくもまぁ幸せそうに食べられるね。少しだけ神経を疑うよ」

「あっ、佐倉か。ちょうどいいや。はいこれ、借りたお金の分」

「あ、ああ……ありがとう」


 幸せを噛み締めていたら、佐倉が話しかけてきたので忘れない内に料理の代金を返しておいた。こういうのは大事だからな。早めに返さないと信用されなくなる。

 佐倉はお金を受け取ると、俺の隣、女子生徒の対面に座った。


「今日の料理は豪勢じゃないか、どうしたんだ?」

「ん、一人で戦っていける算段がついたんだ。今日は五階層まで潜ったよ」

「……!そうか、それは良かった。ボクは心配していたんだよ、昨日の君の様子は普通じゃなかったからね」

「あー、すまんかった。でも多分、これからも変な行動するかもしれないから、迷惑かけたらごめんな」

「いや、いいんだ。そうか、本当に良かった。」


 注意を促しておくと、佐倉は心底安堵したように息を吐いた。にしてもこんなに心配してくれるとか、やっぱこいつ優しいな。


『早くアキラの女にしちまえよ』


 五月蝿いよ。虫は黙ってなさい。

 佐倉は次に、向かい側に座って俯いている女子生徒に声をかけた。


「西園寺さん……だよね、ご飯も食べないで一人でどうしたんだい」

「ッ!!」


 佐倉が尋ねると、西園寺という女性の肩がビクッと跳ねる。そして恐る恐る顔を上げた。


『こいつもイイ女だ』


 ベルゼブブの言葉通り、西園寺は美人だった。可愛い、綺麗……というよりは、美しい。端整で上品な顔立ちに、艶のある金髪縦ロール。如何にも金持ちのお嬢様って感じの女の子。

 そんな美しい彼女の顔も、今は涙で皺くちゃになっいた。


「話しかけないで……下さいまし」


 下さいまし……って、独特な喋り方だな。マジでお嬢様かよ。

 まぁ本人が話しかけんなって言ってるんだから放っておこう。俺は空気が読める男だからな。立ち上がろうとすると、佐倉が俺の足を踏みつけてくる。


 痛い。

 ……佐倉さん、これは勝手に行くなという合図でしょうか。もう少し女の子らしい引き止め方は無かったんでしょうか。服の裾を引っ張るとか。

 仕方なく上げた腰を下ろすと、佐倉が再び西園寺に話しかける。


「君の噂は知っている。こうしていても、勇者君は来ないと思うよ」

「貴女が……勇人の何を知っているのですかッ」

「恐っ……なぁ佐倉、お前この人と知り合いなの?あと噂って何?」

「君は彼女を知らないのかい?特進コースのA組で、勇者君のハーレムメンバーだよ」


 佐倉に説明されて、やっと理解した。西園寺麗華、聞いたことあるな。確か財閥のお嬢様で、勇者のハーレムメンバーの一人。別段興味はないが風の噂で耳に入ることがあった。

 でも噂って何?どうして彼女は怒ってるんだ?

 そこん所を聞くと、佐倉が知っていることを追加で説明してくれる。


「今日勇者君のパーティーは三十階層の階層主に挑んだ。順調に倒せる筈だったんだけど、彼女の行いで勇者君は死ぬところだった。まぁ、聖女が回復させて階層主は倒せたんだけどね」


 すげーな、勇者はもう三十階層まで到達してるのか。関心してると、西園寺がバンッと食卓を叩く。


「わたくしの所為ではありませんわ!!わ、わたくしはただ……ッ!!」

「事実は知らないけど、君が勇者君の命を脅かしたという噂が流れたのは事実だ」

「ッ!!?」

「こんな所で声をかけられるのを期待して待ってるんじゃなく、自分から謝りに行った方がいいんじゃないかな」

「あ、貴女に言われずともそうしますわ!」


 佐倉が理詰めで諭すと、西園寺は金切り声を上げて食堂から出ていく。

 そんな彼女を見て、佐倉が長いため息を吐いた。


「驚いたね」

「ああ、佐倉が誰かにちょっかいをかけることに驚いた」

「え……?」


 佐倉が驚愕して俺を見る。いやお前、いつも一人で自分から声をかける奴じゃないじゃん。だから珍しいと思ったんだよな。お前が西園寺なんか面倒そうな相手に、やや感情的に声をかけたのが。

 そう説明すると、佐倉はハハッ、とから笑いして、



「ボクにだって、感情的になる相手はいるさ」

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