第7話食事

 




 ――暴食の魔王ベルゼブブに寄生された次の日。

 ダンジョンに向かう前、俺は昨日の詫びをしようと佐倉のいる場所に訪れた。


「昨日は済まなかった。後、飯代はちゃんと返すから」

「いや、それは別に構わないんだが。それより大丈夫か?昨日の君の様子は尋常ではないようだったが……」

「あ、ああ大丈夫、問題ない。腹が減り過ぎてちょっとおかしくなってたんだ」


 心配そうな表情で尋ねてくるので、笑って誤魔化した。ベルゼブブの事を一々説明するのも面倒だしね。


「そうか、また何か困ったことがあったら言ってくれ」

「サンキュー、『オマエ本当イイ女だな」

「……え?」


 ……え?待て、今のって俺の口から出た言葉なのか?

 心の中から漏れた訳でもないし、どちらかと言うと口が勝手に喋った感じだった。って事は、言ったのは俺じゃない?


『ヒハハ、イイ顔だ』


 やっぱりお前だったか!!

 こらテメェ、何勝手に人の身体操って爆弾落としてんだよ。

 見ろ佐倉を。鳩が豆鉄砲を食らったような顔してんじゃねえか。どうしてくれんだこの気不味い空気!


「か、影山……今のは」

「き、気にしないでくれ!ほら、俺もうダンジョン行くから、佐倉も気をつけろよなッ」


 逃げるが勝ち。何か言いたげな佐倉だったが突っ込まれる前にトンズラする。


『ダセェ。折角オレ様がナイスアシストしたのによ。それでも金玉付いてンのか』


 五月蝿い、寄生虫如きが余計な真似してんじゃねえよ。

 頭ん中でクツクツと不愉快な笑い声を上げるベルゼブブに文句を言いながら、俺は踵を返してそそくさとダンジョンに向かった。




 ――ダンジョン一階層。


「グギャギャ!」

「……どうしよう」


 眼前にはゴブリンが一体。

 戦おうにも、俺には武器が無い。二階層でゴブリン軍団に襲われた時、剣の回収をし忘れていたのだ。今思えば勿体ないことしたな。俺の持ち金じゃ新しいの買えないぞ。

 途方に暮れていると、ベルゼブブが頭の中で助言してくる。


『オレ様が寄生したことで、アキラの肉体は強化されている。いや、人外になったと言うべきか。今ならあんな小鬼如き、拳骨一つで殺せる』


 えー本当?

 というか人外って……ショックなんだけど。殴って倒すとか信じられねえな。

 ベルゼブブの話を怪訝に思っていると、ゴブリンが奇声を発しながら突っ込んでくる。ベルゼブブの言うことを信じて、試しに右拳を放った。


 ――パァン、とゴブリンの頭が爆散することは無かったが、面白いぐらい吹っ飛んだ。

 壁に激突すると、ゴブリンは声を上げる事もなく死んでしまう。

 ぉ……おお、何だこれ。軽く殴っただけなのに威力半端ねぇ。本当に力が上がってんのか。ビックリですわ。


『ナ?だから言っただろ』


 ドヤってる感じで言ってくるのが多少イラつくが、話は本当だったので素直に頷く。

 今気づいたんだが、いつもより身体が軽く感じる。力が漲っているとでも言えばいいのか、兎に角調子が良かった。その代わり、すげー腹が減ってくるけど。


「……」


 手をグーパーと開いたり閉じたりする。

 なんか複雑だな。ゴブリン一体倒すのに苦労して、命懸けて、一生懸命戦ってたのに。

 こんな簡単に倒せちまうんだな。


『イイだろ?』


 いや全然。確かに苦労しないで倒せるのは魅力的だが、全能感に浸ったりは出来ない。

 生きる上で仕方なく戦っているだけで、圧倒的な力を誇示しようとして戦いたい訳じゃないんだ。


『カわってるな』


 そうか?

 そうかもしれない。どうでもいいや。




 ――ダンジョン二階層。


「また来ちまった……」


 昨日ゴブリン共に喰い殺されてしまった二階層に、再び足を踏み入れた。

 二階層は2体しか現れない筈だったのに、いきなり8体のゴブリンに襲われた。そうすると、俺は佐倉に嘘をつかれたいたという事になるのか?いやでも、アイツが俺に嘘を付くメリットなんかないし……。

 まさか、本当は俺の事が大嫌いで死んで欲しかったとか?


『安心しな、あのイイ女は嘘を言ってない。嘘を付いているのはダンジョンだ』

「はぁ?」


 ダンジョンが嘘を付く?

 言っている意味が分からないので、頭の中で会話してくるベルゼブブにどう言う意味か詳しい説明を求める。


『二階層にゴブリンが2体しか現れないってのは半分正解で半分間違っている。ダンジョンには規則性があるが、それは絶対じゃねえ。攻略者を安心させておいて、パクって喰っちまうんだ』

「なにそれ……怖っ」

『そりゃ怖いさ、悪戯する子供のように、ダンジョンは気まぐれに牙を剥いてくる。アキラもこれからは気をつけるこったな』


 あーやだやだ。

 ベルゼブブの話が本当なら、ダンジョンに潜っている間は一瞬足りとも気が抜けないって事じゃねえか。それに、佐倉はこの情報を知っていないかもしれない。帰ったら伝えておこう。


「グギャギャ」

「ギヒ」


 ゴブリン2体が現れた。

 待ち構えていると、ベルゼブブが待てと言ってくる。


『アキラ、オレ様は今凄く腹が減ってる。小鬼共はオレ様に喰わせろ』


 あん?別にいいぜ、あいつらぶっ殺したら喰わしてやるよ。


『いや、それじゃ遅い。モンスターは殺すと肉ごと消えちまうからな。喰うなら新鮮なままでねえと』


 気持ちは分かるけどよ、だったらどうすんだって話だよ。何か?俺があのゴブリンを動けなくしてから喰えばいいのか?

 やだよ、気持ち悪いじゃねえか?あんな化物喰いたかねえ。


「グギャ」

「うるせぇ、ちょっと黙ってろ」

「オゲッ!?」


 ベルゼブブとの会話中にゴブリンが襲ってきたので、蹴っ飛ばしておく。


『気にするな、オレ様が代わりに喰ってやる』

「はっ……?どういうこ――ぐっ、ぁがぁぁあああああああああ!!?」


 熱い、身体が熱い!!

 何だこれ、内側から肉が燃えるような、骨が溶かされていくようなッ。


「あがががが『ヒハハハハッ』がががぁぁああぁぁああ■■■■■■■■■■■■ぅぅぃぃがががががががぁ!!」


 意識が飛んだ。

 その後には、俺が俺でなくっていた。


「ヒハハハハッ。やっとカラダを動かせる、アー腹減った」


 これは……何だ?

 何がどうなってる。俺はどうなった。意識は回復した。視界も良好、ゴブリンが恐怖に染まった表情で俺を見ている。

 いや待て……ゴブリンの背、さっきより低くなってないか。違う……“俺の視点が高くなっているんだ”!!


『おいベルゼブブ、何がどうなってる!お前が何かしたのか!?』

「悪ぃアキラ、少しカラダ借りるぜ」

『はぁ!?お前何勝手に――』


 ――動く。俺の意思とは関係なく、肉体が跳ねる。

 歩行……ではなく、跳躍。まるで獣が狙っていた獲物に飛び掛かるような動き。

 着地すると、ドシンッと地響きが鳴る。人間の足じゃ絶対に鳴らない音。

 ……俺の身体は今、どんな化物になっているんだ?


「グ……ゲヒッ」

「ヒハハ、小鬼如きが恐怖を感じてんのか?」


 ゴブリンを見下ろしている。絶望を貼り付けた顔が、俺を見上げている。

 ドス黒く丸太より太い腕を視界に捉える。怯えたゴブリンの身体を握り締め、悠々と持ち上げた。

 そして――、


「イタダキマース」

「ヒギッ――ゲギャャャ■■■■!!」


 ゴブリンの頭と共に絶叫が呑み込まれる。

 首を噛み千切り、頭が丸ごと口に入れられた。

 バリボリ、バリボリ、ガキガキ、ゴクン。

 肉を、頭蓋骨を、脳を噛み砕き、そして呑み下す。

 残った身体を、サクランボを食べるように下からパクリ。


『こいつッマジで喰いやがった!……オエ』

「あーむ、あーむ、ふぅ……やっぱ雑魚はマズイな」


 気持ち悪くて吐きそうになる。でも俺の身体じゃないから吐くに吐けないのが辛い。

 それに、身体は違うが感覚は共有しているように感じる。肉を噛み千切ったり骨を砕いたりする気色悪い食感が伝わってくるのだ。

 あと腹が満たされていく。ゴブリン1体を丸呑みしただけで、飢餓感が薄れた。


「さて、もう一匹喰うか」

『……おい、まだ喰うのか!?早く俺の身体を返しやがれ!』

「まー待てアキラ、こいつを喰ったら代わるから」


 俺の言葉を無視して、ベルゼブブは再び狩りを始める。仲間が喰われる場面を眺め、恐怖に脅えて逃げていたゴブリンに一瞬で追いつくと、胴体を両手で掴んで真っ二つにする。

 果実を絞り取るように肉体から溢れる緑色の血をジュースみたく飲み干し、殻になった肉体をまた丸呑みしたのだった。


「ゲップ……まだ喰い足りないが、これ以上すると宿主に嫌われちまうか」


 いや、もう悪感情しかねぇから。

 内心で毒付いていると、突然ベルゼブブの巨体に変化が現れる。ボコボコと泡立つと縮小していき、やがて人間の形に戻っていった。


「はぁ……はぁ……も、戻った」


 顔と身体をペタペタ触り、己が戻ったことを確認すると安堵の息を吐いた。

 気がつけば身体が震えている。

 恐かった……そう恐かったのだ。

 ベルゼブブに肉体を奪われた時、もう一生このままなんじゃないかって。俺の身体を乗っ取る為に、寄生されたんじゃないかって。


『それは出来ねぇよ、アキラ』

「ああ?」


 声がした方に視線を寄越せば、以前のような顔だけ生霊状態のベルゼブブがあった。首から細い糸が俺の右肩に繋がっている。何回見ても気味悪いな。


『【共存】スキルがある限り、オレ様はアキラの身体を乗っ取ることは出来ねえ。自分の意思で扱えるのは精々2、3分ぐれえだ。だから安心しな』

「ほ、本当かよ」

『残念だが本当だ。オレ様とアキラの関係はあくまでイーブンだからな』


 信じられないが、真意を確かめる術はない。


『そう身構えるなよ。オレ様はたまに自分自身で食事をしたいだけだ。今のようにな。それ以外は勝手に代わんねえよ』

「いや、それ俺も体感しなきゃならねーやつじゃん」

『それくらい我慢してくれ。言っとくが、これはアキラの為でもあるんだぜ』


 どういう意味だ。

 化物を喰って俺に何の得がある。


『飢餓感が治ってるだろ』


 ん……?

 確かに、言われてみればそうだな。

 昨日あれだけ飯を食ったのに満たされた感じはしなかったが、今は満腹だ。どういう事だ?


『調理された肉を幾ら食おうと飢餓感が治ることはねえ。生きてる新鮮なナマの肉を食わねーとな』

「マジかよ……」


 どんな拷問だそれ。俺にゴブリンを食えってのか、絶対嫌だわ。


『だからオレ様が代わりに喰ってやるって言ってるんだ。親切だろ?』


 口裂け女のような口が、弧を描く。ムカつく顔しやがって。分かったよ、我慢してやるよ。


『ヒハハ、そうこなくっちゃな』

「ただし、それ以外は絶対に出てくんなよ」

『ああ、分かってるって。それより早く行こうぜ、今のアキラの力ならもっと下に進める』


 そう言うと、ベルゼブブの顔が俺の身体に戻る。

 催促されたので、早速三階層に向かうことにした。

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