第5話邂逅
目を覚ます。
パチパチとまばたきをして、周囲を確認。今いる場所は天国でも地獄でもなく、薄暗いダンジョンの中だった。
俺は生きていた。
身体も無事。喰い尽くされたはずの腕と足が、何事も無かったかのようにそこにあった。後遺症とかもなく、思いのままに動かせる。ただ、喰われた箇所の服はなく、肌が曝け出されていた。
一つ不具合があると言えば。
めちゃくちゃ腹が減った。感じたことのない空腹が俺を襲う。
「帰ろう……」
ゆっくり立ち上がる。
誰かが俺を助けてくれたのか。それとも眠っていた力が覚醒して勝手に助けったか。
分からないけど……助かったからいいか。うん、どうでもいい。
今はそれよりも……。
「腹減った、何か食いたい」
この凄まじい空腹感をどうにかしたかった。このままじゃ、空腹で倒れてしまう。
俺はヨロヨロと、重い足取りで王宮に戻った。
◇
換金所を無視して、真っ直ぐに食堂を目指す。
食堂のおばちゃんに料理を頼んだ。
「お金は?」
「お金?あーお金か……あれ、お金持ってねぇや。ねぇおばちゃん、お金払わなきゃ飯食えないんだっけ?」
「あ、あんた大丈夫かい?顔が真っ青だよ……それにその格好……」
おばちゃんが心配そうな声音で尋ねてくる。それに返事をせず、俺は果てしなく困っていた。
飯を食えない。それじゃこの空腹はどうすればいい。このまま食わなきゃマジで死ぬぞ。でも、今の俺には飯を買うお金がない。そう言えば、お金を入れてるポケットが破れていた。詰んだ。
「おい、どうすんだよ。飯が食えねぇじゃねえか。ヤバいって、本当にヤバいんだって」
「……あんた本当に大丈夫かい?」 (困ってるだけなら怖がる必要はない)
困ってるおばちゃんの前でブツブツ呟いている俺というカオスな状況を救ってくれたのは、背後から肩を叩いてきた佐倉だった。
「おばさん、彼に料理を。代金は私が」
「え?ああ、分かったよ。待ってな、すぐ出すから」
佐倉が金を渡すと、おばちゃんはトレーに代金分の料理を乗せる。トレーを受け取ると、俺はお礼も言わず席に向かった。
「影山……その、大丈夫か」
「がつがつ、ごくこく」
対面に座る佐倉が何か言ってる気がするが、無視する。今の俺には、目の前にある飯にしか意識が向かない。
パンを二口で食べ、シチューを飲み物の如く飲み込む。肉を手掴みで口に持っていき豪快に骨ごと噛み砕く。
海老っぽい奴の殻を剥く……あー剥くのが面倒だ、このまま食っちまえ。
バリバリ、ゴクゴク。
飢えた獣みたいに、そこにある飯を
美味い。美味い。飯ってこんな美味かったっけ。食べるってこんな幸福を感じたっけ。
俺はただただ、食べるという行為を続けた。周りなんて全く気にしない。
「おかわり……」
「え……どうした?」
「おかわり」
「ッ……ああ、今持ってくるよ」
完食した俺は、それでも空腹が満たされることはなかった。だから対面にいる佐倉におねだりする。俺の顔を見た佐倉は驚愕というか悍ましいナニかを見た表情をした後、急いで料理を取りに行った。
「ほら……」
「ありがとう」
『へへ、イイ女だ』
再び食事を再開する。頭の中で俺ではない声が聞こえた気がするが、そんなのどうでも良かった。早く飯を食いたかった。
「おいおい、何でお前がこんな所にテメェがいんだよ。死んだんじゃなかったのか」
「マジじゃん。影山生きてっし!」
「ゴブリンに喰われてたのにな!」
「ゴブリンに……喰われた?」
背後でガヤガヤしているが、気にせず食事を続ける。あー美味い、飯ってるだけなのに心から満たされる。ナンだこれ。
「おい影山、テメェどうやって戻ってきた」
「ガツガツ、モグモグ」
「……無視してんじゃねぇよ、ぶっ殺すぞ!」
突然肩を掴まれ、無理やり立たされる。ガンを飛ばしてきながら、威嚇してきた。
俺は口の中に残っている肉をゴクリと飲み込んでから、
「うるせぇ、飯が食えねぇだろ」
「――――ッ!!?」
淡々とした声音で述べたら、脅えた九頭原がそっと掴んでいた手を離す。あー、後ろでゴチャゴチャ言ってたのって九頭原だったのか。どうでもいいや。
椅子に座って食事を続ける。
「こいつイっちゃってんよ……」
「あぁ、顔がキチッてる」
「ちっ、行くぞ」
俺の食事風景を見ていた九頭原の取り巻きが息を飲んで呟いていた。九頭原が言うと、奴等は珍しく素直に立ち去る。
「ふぅ……ご馳走さま。佐倉、ありがとう」
「あ、ああ……」
「じゃ」
口についたソースを舌で舐め取り、終始驚愕の表情を浮かべている佐倉にお礼を言う。俺は乱雑に積み重なった皿を片付けず、自室に戻った。
「あー、まだ腹減ってんなぁ」
自室に戻り、ベットに胡座をかいて壁に寄りかかる。ついさっきまでゴブリンに喰い殺されそうになっていたのに、今は飯のことしか考えられない。
どうなっちまったんだ俺の思考回路は。
あんだけ食ったのにまだ腹減ってるし。
少し落ち着こう。あんな事があったから感情が麻痺してるんだ、きっと。
瞼を閉じて、深呼吸。
瞼を開けると、目の前に顔があった。
「――ッぁあ!?」
つい驚いて、絶叫を上げてしまう。
そこには、昆虫というか蝿のような真っ黒な顔があり、しかも作り物ではなく、もっと気持ち悪くて生々しいものが、細い首で俺の背中辺りにくっ付いていたのだ。
ナニこれ、めちゃくちゃ怖いんだけど。
『おぉ、やっと出てこれた』
「な……なん……お前ッ」
『まぁ落ち着けよご主人。怖がることはない』
虫の顔が喋る。重低音で、身の毛がよだつ声音。口裂け女のような大きな口が開くと、鋭い牙が綺麗に並んでいた。口からヨダレが溢れ、細く長い舌が垂れている。
どっからどう見ても化物だった。
そして、どこか聞き覚えのある声だった。
「お、お前は……」
『オレ様を知りたいか。知りたければ教えてやろう』
――一体何だ。
そう問うと、虫の顔はニヤケ面でこう答えた。
『オレ様は暴食の魔王――ベルゼブブだ』
このベルゼブブとの邂逅が、俺の運命を大きく動かすことになる。
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