第3話悪い、手が滑った

 





「ほれ、ゴブリンの皮3枚で銅貨10枚だ」

「……はは、一日中命懸けで戦ってこれっぽっちか」

「……気の毒だが、ルールだからな。お前さんも早くどこかのパーティーに入れてもらいな」


 ダンジョンから帰ってきた俺は、王宮にある換金所に訪れた。この換金所は元々存在していなかったのだが、王国が転生者用に急遽設置したのだ。


 今日の収穫分である『ゴブリンの皮』3枚を換金所のオジさんに渡すと、余計な一言と共に銅で出来た金を10枚渡される。

 この銅貨10枚は、安いご飯2食分になる。必死こいて稼いだ金が、コンビニのおにぎり二個分なのだ。命の対価に合わな過ぎる。普通のバイト一時間で元取れるぞ。


 一度王宮の中にある自室に戻り、学生服から異世界で手に入れた服に着替える。それから移動し、転生者用に作られた食堂に来た。

 銅貨5枚を食堂のおばちゃんに渡し、固いパンと具が少ないシチューを受け取ると、人が集まっていない席に座った。


 これが俺の夕飯。こんなんで腹一杯にはならないが文句は言えない。俺以外の生徒達は、沢山稼いで良い物を美味しそうに食ってやがる。羨ましいわぁ。


 一人寂しく、固いパンを必死にシチューで浸して食べていると、対面の席にコトンとトレーが置かれた。トレーを置いたそいつは、静かに椅子に座ると俺より相当マシな料理を食べ始める。


「おい、それは俺への当て付けか?」

「君の背中が寂しいと泣いていたからね。つい構いたくなった」

「俺と関わると、またアイツ等に絡まれるぞ」

「大丈夫だ。彼女達はまだ帰ってきていない」


 物静かな男性のような喋り方をする彼女は同じクラスの佐倉詩織さくらしおり


 れっきとした女の子だ。それもクール系巨乳メガネ美女という、ステータスがてんこ盛りな女の子。


 ふわっふわなロングヘアーに、端正でメガネが似合う知的な顔付き。平均的な身長なのだが、溢れんばかりの巨乳のおかげでアンバンランスな感じがする。


 誰がどう見ても文句無しの美少女。しかしこいつは、余り他人と関わらない奴で愛想も良くない。なのでクラスでは俺と双璧を成すぼっちだった。

 でも佐倉の場合は見た目がスーパーレアなので、男子からはかなり注目されている。可愛いし巨乳でエロいからな、気持ちは分かる。


 だからなのか、佐倉は逆に女子に不人気だ。カラダで男を釣ってんじゃねーよとかスカしてんじゃねーなど、陰で嫉妬され悪口を言われたい放題。


 特に上位カーストの女子達には露骨に嫌われ、何度か被害も受けている。

 ぼっちの俺が佐倉とこんな風に話しが出来るのも、その件が関わっていた。


「どうだい、上手く行ってるか?」

「この切ない食事を見て分かんだろ。今日も一回層でゴブリン退治だ、命懸けのな」


 皮肉気に言うと、佐倉は「そうか」と呟いた。


 頑張ったな……ぐらいは言ってもいいんじゃないだろうか?

 まぁ、こいつのは場合は有り得ないよな。


「そっちは?」

「ボクか?ボクのパーティーも順調に攻略しているよ。今は八層を探索している。委員長は真面目だからね、安全第一に考えてるから頼もしい限りだ」

「そりゃ良かった」

「……ボクは君とパーティーを組みたいんだがね」

「それはやめとけって」


 佐倉は最初、俺とパーティーを組もうとしていた。その好意はありがたいが、俺と組むとマイナスな面しかない。

 カスみたいな使えないスキルに、カースト上位の女子や不良グループに睨まれてるからな。迷惑がかかってしまうから、出来るだけ近くにいて欲しくなかった。


 でもそうすると、今度は佐倉までぼっちになってしまう。そう危惧した俺は、同じクラスの委員長に佐倉をパーティーに入れて欲しいと頼んだ。

 後々紹介すると思うが、ウチの委員長は聖母のようなお人だ。あの不良グループやカースト上位の女子でも、委員長に楯突くことは不可能。だから俺は委員長に佐倉のことは任せた。


 委員長のスキルは【神官】

 佐倉のスキルは【魔導師】


 二人とも中々に強力スキル。そうそう殺られないだろう。それに彼女達のパーティーは合計八人もいる。全員女子だが、強力なスキルさえあれば男子がいなかろうと問題はなかった。それに委員長は真面目だから、絶対無理はしないだろうしな。


「まだ【共存】スキルの活用法が分からないのかい?」

「全く分からん。これについてはもう諦め――」


 俺の話を遮ぎるように、突然背後から頭に水をかけられた。

 何だよもう、冷てーな。


「悪ぃ影山、手が滑った」

「あぁ、それなら仕方ないな」


 そんな訳ねーだろクソボケ。


 座ったまま背後を振り返ると、やたらガタイの良い男子がコップを傾けていた。側にはガラの悪い連中が三人いる。そして何故か俺を見てニヤニヤしてた。気持ち悪いからやめろ、俺にそっちの気はない。


 この男の名前は九頭原雅人くずはらまさと


 2年E組にいる不良グループのリーダーだ。


 俺とこの野郎には軽い因縁がある。

 といっても殺し合いをしたとか物騒なことじゃない。


 九頭原が教室内で、露骨に気の弱そうな男子を虐め、パシリにし、金をたかっていたから注意したのだ。普段は校舎裏でそういう事をやっていたらしいのだが、その日は昼休みに教室内でやっていたから注意した。


 そしたら「テメェには関係ねーだろ」とか言われたので、「いやいや関係なくねーから。見てるこっちが胸糞悪ぃわ」と言い返したら睨み合いになった。

 委員長が止めてくれたから喧嘩に発展しなかったが、その日から俺はぼっちになった。九頭原に楯突いて目を付けられた俺なんかに周りは関わりたくなかったんだ。


 因みに、男子への虐めはそれ以降なくなった。後で委員長が九頭原にやめて欲しいと頼んだそうだ。委員長マジ神様。けどその代わりに、事あるごとに俺にイチャモンつけてくるようになったが。それくらいは余裕で我慢出来る。


 といった経緯が、俺と九頭原の間にはある。


 なのでこいつは、異世界に来ても俺へのちょっかいが止まらない。お前どんだけ俺のこと好きなんだよ……。


「相変わらずムカつく顔してんなーおい」

「お前ほどでもないけど」

「あッ!?」


 一触即発の雰囲気。しかしそうなる前に、九頭原が佐倉の存在に気付いた。


「何だ影山、お前佐倉に恵んでもらってんのか?いいご身分じゃねーか」

「見て分かるだろ。俺の飯はこれだけだ」

「羨ましいなぁおい、俺もあやかりたいわ」


 話し聞けよゴリラ。


「お前等もうヤったんだろ?なぁ影山、もし佐倉を貸してくれんなら、今までの事は忘れてやってもいいぞ。使わせてくれる限り、お前にも手出しはしねぇ」

「それいいな!」

「俺も俺も!」


 九頭原が下卑た眼差しで佐倉を見やる。取り巻き達もゲラゲラと汚い笑い声を上げていた。


「なーどうよ影――」


 ピシャ。


「……テメェ、何のつもりだ」


 やべ、やっちまった。無意識にコップに入っていた水を九頭原の顔面にぶっかけていた。


「悪い、手が滑った」


 九頭原、それはねぇだろ。

 それはどう考えても言っちゃいけないやつだって。


「影山ぁ!!」

「ぶっ!!」


 額に青筋を浮かべ、激昂した九頭原が殴ってくる。

 パンチの速度はメチャクチャ早く、顔面を殴られた俺は軽く10メートルは吹っ飛ばされる。

 あー痛ってぇなちくしょう!歯が折れたらどうすんだよ!!咄嗟に後ろに飛んで衝撃を少しでも殺してなかったらやばかったぞ。


 痛みで立てない俺へと、九頭原がドスドスと近寄ってくる。あっやべ、これ死ぬかも。

 スキルに差がある俺達じゃ喧嘩にならない。あるのは一方的なリンチだ。


 だがそうはならなかった。間に割り込むように、一人の男子生徒が九頭原に立ちはだかる。


「一体何の騒ぎだ。ここは食堂だぞ、喧嘩するなら他所でやれ。皆んな脅えているじゃないか」


 怒る九頭原に怯むことなくカッコいい台詞を言っている男子生徒。

 名前は知らないが、確か2年A組のイケメン君だった気がする。

 スキルは【勇者】で、既にダンジョンを二十二階層を到達している猛者だ。


「用があんのはそいつだ、邪魔するな」

「これ以上ここで喧嘩するなら、俺が相手になろう」

「なぁ九頭原、こいつ【勇者】だ。マズいって」

「ああ、ここでやるのは得策じゃねぇって。影山なんかほっとけばいいだろ」

「……ちっ、行くぞ」


 取り巻き達は九頭原に注意する。もうすでに注目の的になってるし、ここで全生徒から信頼と期待をされているイケメン君に喧嘩を売るのは得策ではないと悟ったのだろう。

 それに、イケメン君の近くにいるハーレムと思わしき数人の女の子の表情もかなり恐いしね。


 九頭原は取り巻き達を連れ去り、八つ当たりに誰も座っていない椅子を蹴飛ばしながら食堂を去って行った。


「大丈夫かい」

「ああ、ありがとう」


 イケメン君が手を差し伸べてくれたので、掴まって立ち上がる。

 やだなにこのイケメン、惚れちゃいそう。童貞あげるから俺もハーレムの一員に加えて貰えないかな。


「お礼はいいから、今後こういった事はしないでくれ。只でさえ皆んな、異世界っていう所に突然連れて来られて不満も恐怖も溜まってるんだから」

「すまない、今度は気をつける」


 それはお前もだろ、と突っ込みたかったが素直に謝る。流石【勇者】様、言うことが九頭原とは違うぜ。

「勇人」


「今行くよ」


 ハーレムメンバーから呼ばれたイケメン君は、彼女達への元へと向かった。

 俺はその場で食堂にいた人達に向けて頭を下げて、トレーを片付ける為に一旦元の席に戻った。


「大丈夫かい?」

「んな訳ねーだろ。メチャクチャ痛ぇよ」


 佐倉に尋ねられたので、殴られた頬をさする。これ腫れたらもっとブサイクになるやつじゃん。


 そんな俺を見てはぁ……と短いため息を吐いた佐倉は、ポケットから何かを取り出して渡してくる。


「はい、これ」

「なにこれ」

「回復用の塗り薬。【薬師】スキルのパーティーメンバーから貰った」

「俺が貰っていいのか?」

「ぜひ使ってくれ。ボクも君のブサイクな顔は見たくない」

「そりゃどうも、ありがたく使わせてもらうよ」


 ズボンのポケットにしまう。部屋に戻ったら早速使おう。

 トレーを持って片付けに行こうとしたら、佐倉に再度問われる。


「ねぇ影山、なんであんなことしたんだい?」

「あんなことって……九頭原に水ぶっかけた事か?」

「そうだ、彼等を刺激するのはキミにとっては良くない。このままだと本当に死んでしまうぞ」


 決して冗談とは言えない。スキルがある限り、俺と九頭原の力の差は開いていくばかり。というか、あいつ等が皆んな人外になっていってる。


 確かにこれ以上九頭原に余計なことをしたらぶっ殺されるかもしれない。


「でも俺は、やっぱりやめられないと思う」

「どうしてだい」


 んなもん決まってんだろ。


友達おまえを貶されたからだよ」

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