全てが変わるカウントダウン

 椅子の脚に縛り付けられた自分の脚部に少し力を入れる。やはり解けそうもない。椅子の肘掛けに縛り付けられた自分の腕に力を入れる。椅子が持ち上がりそうになっただけで、解けそうもない。かなり頑丈に縛られている。

 ぼくは小さくため息をつく。目の前にあるテレビは大晦日恒例の歌番組が流れている。テレビに軽く手を置き、うっとりとした表情で微笑む女を睨みつける。女の微笑みが、ぼくが睨み付けていることに気づき、徐々にニヤついた表情に変わっていく。


「クリスマスに死に損なって年を超えそうになる気分はどぉ?」


 甘ったるい声で女はぼくに語りかける。ぼくは不快感を表すために顔全体を歪ませ、吐き捨てるように言葉を投げる。


「最悪な気分だよ。死のうとしている人間を助けるサンタクロースなんているんだな」

「今からでも死ねるじゃない? ほぉら? 舌を噛みちぎればいいのよ。交差点で焼身自殺しようとしたときのような勇気を出せたらねぇ?」


 女の眼には加虐的な光が宿っている。ぼくは小さく首を振った。


「焼け死ぬのは一瞬だよ。噛みちぎるのには時間がかかる」

「じゃあ、約束は守れるわねぇ?」


 女はわざとらしく感情を逆撫でするように語尾を伸ばしぼくを舐めあげるように目線をゆっくりと下から上へ動かせる。


『約束』

 

 クリスマスに焼身自殺を計画しているぼくを、拉致し家に閉じ込めたこの女は、ぼくを縛り付けたあとに言った。


「ねぇ? 年が変わるまでにあなたが死ねなかったら。私の支配下になってもらうわぁ」


 女はぼくに嬉々としてそう述べた。あれから六日、未だ死ねずあと数分で年が変わろうとしている。

 年越しのカウントダウンを女がねっとりとした声で始める。ぼくは目を瞑り、死ぬことを諦めた。燃え死ぬ勇気はあったのに舌を噛み切る勇気が出ない。


「さん、にぃ、いぃち、ぜぇろ。年が変わったわねぇ」


 女はそう言いながらぼくの体を撫でる。なんとも言えない不快感を感じるが、なぜか声が出ない。耳元に口を寄せそっと囁いてくる。


「あなたが死のうとした二〇一九年は終わった。あなたはもう存在できないのよ。二〇二〇年以降は私のために生きて頂戴? あなたは私の気持ちを発散させるための玩具になるのよ」


 暖かい吐息を耳に感じ、体が少し痺れる。あぁ、そうか。ぼくはもう存在していないのか。じゃあ死んだも同然。この女に好きにさせよう。と感じた。そして小さく声を出す。


「……わかりました」


 人としての人生を終え、玩具としての一生が始まった。

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