第12話『いろいろある』
漆黒のブリュンヒルデ・012
『いろいろある』
また歪んでる。
郵便受けから夕刊を取り出して、門を潜ろうとしたら表札が歪んでる。
きのうは、古い門がガタついて、開け閉めの振動で傾くと思っていたのだが、門はしっかりしている。
直そうと手を伸ばすと微かに妖気を感じる。
妖精の気配に似ているが、どこか暗い印象がある。
そうだ。
思いついて回れ右、小指の先ほどの小石を拾い、お向かいの二階の窓目がけて投げる。
カチン
ささやかな音がして、カーテンの隙間に片眼が覗く。
出てきてよ 口の形だけで言う。
片眼の下に口が現れて―― いやだ ――口の形だけの返事が返ってくる。
ほんの少しだけ魔法をかけると、一分ほどで幼なじみは出てきた。
「 なに 」
久しぶり(と設定されている)の啓介は、くたびれたフリースにボサボサの頭。足には小母さんのサンダルをつっかけてる。
「うわー、床屋に行ったらあ」
「散髪屋の回し者か」
「ほんと、ダメ人間になるぞ」
「説教だったら帰る」
「用件があんのよ」
「なに?」
「頭掻くな、フケが飛ぶ」
「うっせー」
「昔は可愛かったのになあ」
「用件」
「ああ、うちの表札いじられた形跡があるんだけど、なんか見なかった?」
「見なかった」
「即答すんなよ。お向かいの幼なじみなんだから、少しは考えてみろよ」
「……わかんねーよ」
予想した返答だ。でもいい、会話が成立していれば次に繋げる。おそらく妖は人の目には見えない。
見えなくとも、伝えておけば、啓介は心の底で意識する。表札事件の解決にはならなくとも、啓介を外に出すきっかけになるかもしれない。
ひるでは深慮遠謀な子なのだ。
「じゃ、なんかあったら教えて」
一言言って、うちに入る。
ただいまあ
おかえりなさーい
祖母の返事だけがクラフト部屋から聞こえる。
祖父は部屋で仕事をしているはずだけど、返事は返ってこない。挨拶と言うのは顔を見た時にだけすればいいと思っている。
仕方がない、この二人は孫どころか子供もいないんだ。そこに、いきなり孫娘の設定で入って来たんだ。時間がかかるよな。
無理は禁物。
二階の自分の部屋に入って、ざっくり部屋着に着替えようと思った。
上着を脱いでハンガーに手を伸ばすと、窓の外、通り三つ向こうの屋根の上を制服のままのねね子が走っているのが見えた。
なにやってんだ、あいつ?
元来はネコなので、屋根の上くらいは走るかと思いなおすが、ねね子の後ろを良からぬものが走っている。
ちょっとまずいか……。
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