第7話『武笠ひるで・2』
漆黒のブリュンヒルデ・007
『武笠ひるで・2』
学校から家に帰るには三通りの道があるようだ。
その三通りの道で、一番時間のかかる道を歩いている。
この道は広大な豪徳寺の外周の半分以上に沿っている。夜間には人通りが無いところもあって、祖父母は避けるように言っている。
でも、武笠ひるでは、このルートが好きなんだ。わたしの性格か? それとも主神オーディンの狙いがあってか?
まあいい、わたしも好きだ。
この異世界のことは、とりあえず必要なものから情報がほぐれていくらしい。子どものころ冬至祭にもらったプレゼントのようだ。何重にもラッピングしてあって、ラッピングごとに手紙や小さなプレゼントが挟み込んであって、最後に本命のプレゼントが顔を出す。あれに似ている。
楽しみながら馴染んでいこう。
武笠ひるで。
ブリュンヒルデのもじりかと思ったら、ちょっと違う。
武笠というのはタケガサと読むのが一般的で、この東京と呼ぶ異世界が武蔵の国といったころからの名族だ。その支流のいくつかがブリュウと音読みにしているようだ。
ヒルデはHilde、父がドイツ人。両親ともに亡くなっていて、豪徳寺に住む祖父母が引き取って育てている。
なるほど、ここで生まれ育ったわけではないから、割り込みで設定するにはリスクが少ないか。
見えてきた、武笠ひるで……わたしの家だ。
淡い緑色の木造二階建て、洋風づくりなんだが、昔の校舎にイメージが近く、オシャレな割には質実な感じがする。
門を潜る前に郵便受けを見るのが習慣だ。
また取り込んでない。
郵便受けには、朝刊と夕刊が入ったままだ。それも二紙、四部。一日分溜まるとボケてきたんじゃないかと心配になる。
朝日新聞と赤旗、流行りのカテゴリーでは世田谷自然左翼といったところか。でも、堅物と言うのではなく、これまでの人生のしがらみから、そういうポーズをとっているに過ぎないのかもしれない。
門柱の横には、近所の神社の古ぼけた札が貼ってある。まあ、この氏子札と同じだ。
表札が傾いてる。
門がガタついているんで、開け閉めの振動でズレるんだ。
よいしょっと。
表札を直して敷地に。
古い枕木が七つ埋め込んであって、それを踏んで玄関ドア。
カランカラン
ドアに付けられたカウベルが鳴る。祖父母が新婚旅行で買ってきた年代物、来客や家族の出入りを知らせてくれる幸せのカウベル。この鳴り方でわたしのことが分かる。
おかえり、ひるで。
祖母の声がクラフト部屋からする。
「お祖母ちゃん、また新聞取り込んでなっかたぞ」
あ、思い出した!
「なに?」
返事の前に本人がクラフト部屋から飛び出してきた。
「なにか作ってんの?」
「おトイレおトイレ……!」
ああ……。
わたしが帰って来たので、堪えていたオシッコを思い出してしまったみたいだ。わたしの前を小走りに駆け去っていった。
新聞のとり忘れはボケではないようなので、ちょっと安心。
バタン
トイレのドアを閉める音。その振動が伝わってクラフト部屋のドアが開いてしまう。
「もう、ボロ家なんだから……」
閉めようとして、中が見えてしまった。
祖母は、革細工のリュックを作っている。
そのリュックは、わたしが欲しいと言っていたデザイン。
―― お誕生日には間に合わせるわよ ――
祖母の言葉を思い出した……そうだ、三日後に迫っていたんだ、わたしの誕生日。
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