ホテル行こ

 ミキオが女性に対して、身構えてしまうのには、それなりのわけがあった。


 父親の家系が全員頭髪ツルツルなのだ。バーコードですらない。


 自分もああなるのかと思うと恐ろしいが、そんなことは誰にも言えない。



 だから、未来においてそしりを受けるくらいならば、そんな女性とはつき合いたくない。


 たとえ、頭髪がツルツルになっても笑わずに、愛し続けてくれる女性がいいのだ。


 逆に言えば、ミキオが最も恐れることは、女性に愛されないこと。



 異性にモテなくなるのは、さびしいものだが、頭髪ごときでフラれる未来もまたさびしい。


 予防に、ミキオは通信教育で在家僧侶の勉強をし、座禅も読経も写経もした。


 けれど物忘れの激しい性格で、般若心経が途中までしかわからない。



 読めることは読めるのだが、意味がわからない。


 木魚とリンを鳴らしながらだと、経は読めない。


 どうしても経の半分が頭からぬけていく。



 教養があるんだか、ないんだか。






 それでもって夜は遊び歩いている。


 女性不信なのにコンパ三昧。



(顔はまずまずかわいい。問題は性格……)



 目をつけた相手が、アカリといった。


 ところが劣等感まみれのミキオがとった行動ときたら――ひたすら、相手の出方をみる、というもの。



「君タチ、ハタチ――!? 若いなァ!」


「ホントですにゃん。女子大生がどうしてアラサー男性と合コンを……――!?」



 語尾がにゃん!? いい年をして、ふざけているのか? 男漁りをしている癖に、言いぐさが気にくわない。



(今回は、サクラじゃなさそうだ)



 と、つまみをパクリ。



「そーだねー。今、何してんのー?」


「あたしはー、教養課程が終了してー、あとは先生になる勉強しよーかなって」


「どうせ資格免許、取るだけでしょ。ご同類」



 ミキオが横から皮肉に言うと、



「一緒にすんなって感じだにゃん!」



 と、その娘をかばうように、アカリが言った。


 ミキオはピキッときた。反論、上等。



「いや、だって免状なんて飾りもいいとこ飾りでしょ。婚活して金持ち見つけたら、さっさと永久就職するんでしょ――?」



 三流会社の面接官みたいな事を言って、ミキオは男連中に放り出された。



「クソ、金だけむしりとられた! ちくしょー」



 だいたいハタチってことは、自分が十歳の頃に生まれてきた赤ちゃんだったわけで。


 ついこの間まで未成年だったわけだ。



「ご苦労様」



 ポンと肩を叩かれ、背後から声をかけられた。



「人数が合わないから、私も出てきたにゃん」


「あっ、アンタは」


「アカリだにゃん」


「知ってる。自己紹介で目立ってたもんね」


 

 ミキオは誰ともろくにしゃべってない。


 じとっとして、ヤな感じだったのでアカリが一緒に出てきたのは意外だった。



「えーっと、あー……」



 吸おうと思っていたタバコを、アカリの手の中でぐっと握りつぶされた。



「あ、やっぱダメ?」


「そんなことより、早くホテル行こ?」





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