終章 ロング・ウェイ・ホーム
第47話 ふたつの家 ①
「どうぞご入室を、
グウィナは
王太子代理のフラニーにむかい、騎手団の日程について二、三の報告をする。大きな樫材の机での仕事もさまになってきた姫君が、うなずきながら別の日程と照らしあわせた。ほかの重要行事と重ならないかどうか、二人で確認しあう。繁殖期の夏が終わると、竜騎手たちは領地の仕事に追われることになるので、そのための編成だった。
「大丈夫でしょう。これで進めてくださいますか」
「わかりました」グウィナはうなずいた。
「フラニー。イーゼンテルレの通商団と会って、提案書を受け取ってきたぞ」
竜騎手ザックが、気やすい調子で入ってきて声をかけた。「これは王にまわすんだよな?」
「ええ。暗号化して送るから、秘書官のロギオンに頼んでね」
「了解」
快活で裏表のないこの青年は、腹芸の必要な交渉ごとには向かないが、敵を作らずひとに好かれやすい。長所を生かして、フラニーの苦手な社交面をよく補佐していた。
この二人が政務を
(それに……二人の婚約の話も、びっくりしたわね)
この
(もっとも、二人の気持ちが大事よね)
「グウィナ卿?」
フラニーに声かけられ、グウィナはおせっかいな空想をやめた。
「あ……じゃ、わたくしはそろそろ下がらせてもらうわね」
そして、年長女性らしい配慮で退室した。
♢♦♢
(二人とも、立派にお役目をこなしていること)
廊下を歩いて自室に戻りながら、そうふり返った。(でも、そろそろデイの姿が見たいわ)
グウィナは叔母らしく王を懐かしんだ。夫婦関係の修復という名目で、国王夫婦が東部に休暇にむかってひと月ほどになる。周囲の補佐もあってフラニーはよく政務をこなしているが、社交のシーズンが終われば仕事量も増えてくる。デイミオンとリアナが戻ってくる見とおしがあれば、心強いだろう。
その二人からはしばらく連絡がなく、彼女にとってはそれも寂しかった。グウィナという女性は、離れた場所にいる子どもたちがどうしているか、いつも気にかかるタイプなのだ。ヴィクも隠密の任務とやらで旅立ってしまったし、フィルはあのとおりの風来坊だし……。
「そういえばハーディが、二人から伝令を受けたと言っていたわね」
二日ほど前の夫の言動を思いだして、グウィナは首をひねった。王の右腕でもあるハダルクは、その後ばたばたと伝令竜をやりとりして忙しそうだった。なにか、国王夫婦にとって不測の事態でないといいのだが……。
「あらまぁ、急なお帰りだこと」
つぶやきながら、天空竜舎に向かう。城の最上部までのうす暗い階段から、扉をあけると急に屋外につながったかのような錯覚がある。ひらけた部分はあおあおと草しげり、そこに美しい雌の白竜が座って、しずしずと夫の帰りを待っていた。近くには、黒とバター色の仔竜たちが、とっくみあって遊んでいる。夏の青空に、竜の母子が一枚の絵のように映えて目をうばわれた。
「レーデルル。あなたは本当に、やさしい奥さまね」
そう彼女が声をかけると、白竜は優美な鼻口をそっと近づけてあいさつを返してくれた。
「だけれど、あなたの
レーデルルは首をもちあげ、『そうなの』と言いたげな視線を送った。
夜が降りてくるかのようなアーダルの巨体が、それにふさわしい羽音とともに着陸した。ほどなく、背の高い甥の姿が、竜の首の後ろから降りてくるのが見えた。
「デイミオン」
グウィナは温かい抱擁で甥を出迎えた。「あなたも王なら、
「伝令も出したが、アーダルのスピードのほうが早かったんだ」
デイミオンは不機嫌そうに、しかしいちおうは叔母の言葉に答えた。
「まぁまぁ。早く奥さんに会いたかったのかしらね」グウィナはにこにこと言った。
そのアーダルに、妻レーデルルが近づいていって、ふんふんと首まわりの匂いを嗅いだ。浮気をしていないかチェックする妻のようにみえてかわいらしい。アーダルは妻に好きなように匂いを嗅がせてから、小さな頭を軽く噛んで愛情をしめした。
「アーダルも、ずいぶんお行儀よくなったこと」
グウィナはほほえましく思った。「やっぱり、結婚すると男は変わるわね」
「……」
「あら? リアナさまは一緒じゃないの?」
アーダルの背を確認して、グウィナは首をかしげた。「あなただけ先に戻ってきたの?」
仕事熱心な甥のことだから、休暇先に妻を置いて一人はやめに帰着したのだろうかと彼女は思った。そんなことはしなくてもいいのに。
「……」
デイミオンは叔母の疑問にすぐには答えず、むっつりと押し黙ったまま、城内に続く階段のほうへ向かっていく。グウィナもそれに着いていき、竜たちを背後に残す形になった。
〈あたたかい、乾いた
レーデルルが不思議そうにつぶやく〈呼ばい〉が、グウィナにも聞こえた。〈わたしのパイロット。いない。なぜ?〉
こんなに快適な我が家に、なぜ
「リアナは出ていった。城にはもう戻らない」
デイミオンは、グウィナとルルの両方に向かって、そう告げた。
「戻らないって、デイ、あなたたち……。ふたりで休暇に出たばかりじゃないの」
「そうだ。つがいの誓いを守るため、俺は最大限に努力したはずだ。関係を修復するために休暇も取った。彼女のために記憶を取り戻したんだ。それなのに……」
デイミオンはぐっと拳を握りしめた。「リアナはあいつを選んだ。俺たちは終わりだ」
未練を断ち切るように決然と歩を進める甥を、グウィナは驚きで目をみはったまま見送った。
〈わたしのパイロット。黒竜の、つがいの、なぜ? なぜ?〉
レーデルルの疑問のつぶやきだけが、さわやかな風にのって
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