第36話 見えてきたもの


 女王が退出すると、天幕にシジュンと二人のこされた。


「あんなに若いのに、一人で森を守ろうとして、けなげだわ。大変でしょうね……。なにか力になれないかしら」

 リアナは入口のほうを見ながらつぶやいた。自分もおなじくらいの節年齢としで王として奮闘することになったのを思いださずにいられない。自分にはデイミオンとフィルがいたが、女王マドリガルはどうなのだろうか。

 

 シジュンは立ったまま警戒していたが、主人の言葉に感心しないようだった。「お優しいのは、けっこうですけど。いまは、ご自分の安全に集中してください」

「わたしは安全よ。オンブリア最強の竜騎手ライダーが後ろから追ってきてるんだもの」

 そこが憂うつなところでもあるのだが……。あごに手をあてつつ、考えてみる。「でも、この状況をうまくニザランのために使えるかもしれないわね。デイとライダーたちがやってくれば、心強いはずよ。……こちらの兵士たちをマドリガルが受けいれてくれればの話だけど……」


 女王の従者が入ってきて、茶の準備をしてくれた。もてなされた側として丁重に受けとる。以前にもきょうされたことのある、乾燥したキノコのスライスが浮いた茶だった。毒見をすることになるのはシジュンだが、心底イヤそうな顔をしている。


「キノコを食べると、身体からキノコが生えてくる」

 高くととのった鼻に皺をよせて、シジュンは断言した。まえに、フィルがおなじようなことを言ったのを思いだし、リアナは笑った。

「まあ、先住民エルフたちの実態を知ってみると、あながち流説デマとも言えないわね」

 ポットから白湯をそそぎ、キノコ嫌いの兵士にわたしてやった。

 それから自分も茶をひと口飲み、しばらく思案にふけった。


「……あの気前の良さ。なにかと似ていると思わない?」

 リアナの問いかけに、シジュンは「え? お茶ですか?」と尋ねた。

「違うわ、さっきの兵士たちよ」

 首をふって、続ける。「革鎧とか、矢の装備。キーザインの自警団に似ていると思わない?」

「あの人たちが……陛下を攻撃してきたと?」シジュンは首をひねった。


「そうじゃなくて、装備のの話」

 琥珀色の茶に浮いたキノコを見ながら、リアナはなおも続けた。「こっちに射てきた矢は何本くらいあった?」

「えと、二十二本です」

「矢の雨よね。……まるで、『武器はいくら消耗してもかまわない。こちらからいくらでも出す』とでも言われてるみたいじゃない?」

 森の入口に近づいてきた不審者がいたとして、急に射かけたにしては、矢を惜しむ様子がなかった。もちろん、最初からリアナと知って狙ったのであれば筋は通るのだが……

 その可能性もあるか? リアナの頭には複数の仮説が出てきた。

「金の話ですね」

 ようやく得心がいったようで、シジュンは嬉しそうだった。「『金の流れを追うと、だれが裏で頭をつかっているかわかる』。連隊長も、昔そう言ってました」


 フィルの話が出ると、なんとなく安心するような、心配で気になるような、奇妙な気分だ。

「リアナさまは、誰が怪しいと思ってるんですか?」

「南部公にはその資金がある」

 リアナはまた茶をすすった。「でも、金の流れを洗われたらすぐに謀反がバレるような、そんなずさんなやり方はエサルはしないわ。動くときには信頼できる兵士だけで、最小限にことをすすめようとするはず。でも、これは違う」


「もっと場当たり的で、数をうって様子を見るというような感じがするわ。そして、わたしに――デイミオンに――金の流れを追われても痛くないものたちが首謀者なのよ」

「つまり――……国外と」

 リアナはうなずいた。「ただ、がわからないのよね」

「目的?」

「国境沿いでもない、交易の要所でもないニザランに潜む理由が……気になるわ」


「あの……調査に行くとか、言ったりしませんよね?」

 シジュンがおそるおそる尋ねた。「おれ一人だし、護衛とか絶対!無理!ですから」

「言わないわよ」

 ふだんの行動を読まれているようでおもしろくなかったが、リアナはそう答えた。いちおう、無鉄砲の自覚はあるのだ。

「今、妖精の森に立ち入って危険な目にいたくないし、イニを頼れない以上は行ってもしかたがないでしょ」


「じゃあ、王のところに戻るんですね?!」

 シジュンが安堵の表情になった。

「やむを得ないでしょうね」

 リアナはため息をついた。そもそも夫から永遠に逃げられるとは考えていない。キーザインと西部の情勢も気になるし、ニザランの危機についても知らせるべきだろう。王国の危機は夫婦の問題より優先されるべきだ。それに、フィルをキーザインから連れだして、治療施設に入れないといけないし……。


「この家出ごっこも、そろそろおしまいということになるわね」

「よ、よかった」

 シジュンが顔を輝かせた。「『絶対に帰らないもん!』とか言われたら、どうしようかと思ってました」

「あのねぇ、わたしだって童女こどもじゃないのよ」

 デイミオンの怒りを思うと気が重かったが、その分、離婚の話もはやく進むかも。それが目的なのだから、あまり長引かせないほうがうまくいくかもしれない。


 自分の計画をなぞりなおして、リアナはまた一人落ちこんだ。エクハリトス家の男らしく愛情深い夫だが、氏族の前で恥をかかされたとあっては元のさやに収まるとは口に出せないだろう。あとは子どもの親権の話し合いになるだろうが……。こちらのほうは難航するにちがいなかった。

 とにかく、それはいまから案じてもしかたがないことだ。


「ここにとどまるのも迷惑でしょうし、近くに知り合いの家があるから、そこからデイミオンに連絡するわ」

「知り合いの家?」シジュンが問いかえす。


「竜騎手のロールの実家よ。かなり近くのはずなの」

 リアナは、かつてヴェスランにもらった携帯用の地図を取りだした。すでに印をつけてある。シジュンがルートを確認し、「ほんとに近い。これなら、すぐ行けそうです」と了解した。


「わたしって用意周到よういしゅうとうよね。そう思わない?」少しばかり無理をしてではあったが、リアナは笑った。


 ♢♦♢


 その後、追撃に出ていたニエミが戻ってきた。

 リアナはマドリガルに出立を告げた。顔を合わせたのは半刻(一時間)にも満たない再会となった。出立の前に、おなじ天幕内で簡単に情報共有をしてから別れることにした。


 ニエミの報告によれば、かれと数名のデーグルモール兵たちが、手分けして森を捜索した。かれらは竜のグリッドを使えるうえ、嗅覚も鋭い。森についても熟知していて、おまけに必要ならば自身の生体反応を消せる。追撃者として、これ以上はないほど優位なはずだった。


「ところが、逃げられたのです」

 ニエミは悔しそうに報告した。「五名ほどの武装した男たちが、ちりぢりに」

「よもや」と、女王も言葉が続かない。リアナもおなじ気持ちだった。


 だが、思わぬ発見もあった。最初の犠牲者であった、夫婦の住居が焼かれていたのだ。生活の痕跡こんせきを隠そうとしたのではないかと、ニエミは見ていた。

「おそらくは、夫婦も協力者だったのではと思います。年月をかけて森に入り、住民にまぎれて生活しながら機会をうかがっていたのではないかと」

 だからこそ森での行動に慣れていたとすれば、筋が通ると言った。


「もともと、森のなかにはハートレスや混血など、居場所のない流れ者たちが住み着くということはあったのだ」

 マドリガルもつけくわえた。「とはいえ、住民たちの生活圏に入らずに隠れ住むとなれば森での自給自足をしいられる。食うや食わずで生き延びるだけならともかく、作戦行動をともなうとなれば、かなり困難なことであろうと思うのだが」


「あらかじめ道具と備蓄の食糧を持ちこみ、協力者を得ておいて、近くを通る商隊なんかともやりとりして……準備があれば、できなくないですよ」シジュンが言った。ハートレスであるかれは、こういった事情にあかるい。


「やはり、人間の国の者たちであろうか?」

 女王もおなじ推論に達していたようだ。リアナは、シジュンに話したものと同じ仮説を披露した。

「ニザランではなく、ここから遠くないキーザイン鉱山を狙っているんじゃないかしら。その工作拠点として、王国の目が届かないニザランを選んだ」

「うむ」

 マドリガルはうなずいた。「それは、余も考えておった。なにしろわが森には、強奪できるような資産はないからのう。その点、キーザインには希少な転身金属がある。ただ……」

 女王は考えながら言葉をつないだ。「人間たちには、がない」


「そうなの」

 今度はリアナがうなずく番だった。「転身金属は貴重だし高価だけど、竜の心臓を持つわたしたちにしか価値がない鉱物よね。そもそも、加工も流通も国内のみで、人間の国家が入りこむ余地がまったくないわ。だからずっと、西部と南部の内紛だと思ってきたんだけど……ここに来て別の仮説が出てきたわね」


「そして、なぜここに来て急に襲撃をはじめたのか、であるな」

 マドリガルは白皙はくせきをリアナの隣へむけた。

「シジュンと言ったか? そちは〈竜の心臓もたぬ者〉だろう。なにか、推測してはくれぬか」

「えと……」

「やはり、余たちが警戒を強めたせいであろうか?」

「その可能性はありますけど」

 シジュンは注目を浴びて無意味に赤くなり、とつとつと説明した。

「おれ諜報活動は、あんまりやってないんです。でも……これまでの話だと、ニザランじゃなく別の場所での工作をするための足掛かりがここにあったっていうのは、まちがいないと思います。で、えと、長期的に活動するつもりなら、こんなところでいきなり行動したりしないんで……」


「やつらの計画は大詰めっていうところ?」

「たぶん」


「よくない話ね。だとすれば、もう森からは撤収してしまったでしょうし」

 リアナはため息をついた。これでは、なおさら自分の問題どころではない。すぐにも、鉱山に危機を伝えねばならない。 


 ♢♦♢


 話がすむと、若き女王は甲冑を整えなおした。そのまま、森をとおって居館まで戻るという。デイミオンの支援が得られるかもしれないと伝えると、マドリガルは喜んだ。もともとはエンガス卿のもとに援軍を求めに行くつもりだったらしいが、黒竜の王が来るのであればこちらで待とうと言ってくれた。


「貴殿の顔を見れば、イニも活力を取り戻すかもしれぬと思うと、ここで別れるのは残念だ」

「この状況だと、出産までは無理だろうけど……、子どもの顔を見せに行くと約束するわ」リアナはけあった。

「伝えておこう」マドリガルは頼もしくうなずいた。

 それからリアナは、デーグルモールの男にも向きあった。「ニエミ。あなたも元気でね」


「ダンダリオン様が亡くなられてから、われわれデーグルモールの生き残りたちはニザランに身を寄せていました。もっとも、竜祖の加護をうしなったわれわれのような存在が『生き残り』と呼べるのかどうか、わかりませんが」

 ニエミは皮肉げな笑みをうかべ、自身をふりかえった。


「どんなに奇妙で反自然的に感じられるとしても、あなたは生きているわ。エルフたちと共生するニザランの民と同じようにね。それに……わたしもその一員ではある」

 リアナの言葉に、ニエミはかすかに驚いたように見えた。そうやって目を見開くと、切れ長の鋭い目が薄灰色をしていることがわかる。もともとの虹彩の色なのか、それとも半死者となったときの変化なのだろうか。


「灰死病と、デーグルモール化。それに、ニザランのエルフたち……なにか、つながりがあると思うの。ヒトの心臓が完全に停止すれば、もはや意思のないゾンビになる。でも、あなたたちはそうじゃない……。それに、ダンダリオンもわたしも子どもをした。ここに、ヒントがあるような気がする」

 リアナの頭にあったのは、エンガス卿の言葉だった。


「私には、もうあまり価値のないことではありますが……あなたがこの謎を解いてくださることを祈っています。あなたと愛する者たちのために」ニエミは率直にのべた。


「それから……これは些末さまつなことですが……」

 かれは言いよどみながら付けくわえた。「私はエイルモールト家の出で、ダンダリオン様の親戚にあたります。あなたは、おそらくダンダリオン様の娘でおられる。……つまり……あの……」

 不死の男は小さな声で言った。「その……ご懐妊おめでとうございます、リアナ陛下」


「そろそろ、認めなくちゃいけない時期かもしれないわね」

 リアナは複雑な思いを抱きつつも、父の親族かもしれない男を抱擁した。「次にニザランに戻ってくるときは、いろいろ聞かせてちょうだい。今なら、……少しは冷静に聞けると思うから」


 そしてかれらと別れ、リアナはシジュンとともに北東へ向かった。

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