第15話 手前(てまえ)はコーリオと申しまして……
「面会の申し出は受けておりませんが」
美貌の竜騎手、ロールの表情がけわしくなった。
神官たちは、ロールの制止など聞こえなかったかのようにリアナに向きなおった。
「先日は行き過ぎた行動、王配殿下へのご無礼をおわび申しあげます」
扉前には、五人の女性神官たちがそろっていた。先日の、あの泉の手前まで追跡してきた女たちだ。今日は例の露出度の高い戦闘服ではなく、ゆったりしたローブを身につけている。だが、身体を動かすと金属鎧の音がしたし、腰には剣を下げていた。やはり神官というより女戦士といったほうがしっくりくる集団だ。
あいさつをしたのは、リーダー格の黒髪の女性だった。もっとも親戚関係のせいか、髪と目の色以外はみな似通った顔だちの美女神官たちである。
「わたしのことは、『殿下』ではなく『陛下』と呼びなさい」
リアナはそう命じてから、一人一人をにらみつけた。「あなたは……武装神官長のナハーラ。隣のあなたはミリアム」
ナハーラと呼ばれた女性は、くっきりした眉をあげてかすかな驚きを示した。王配が彼女の名前を知っていたことが意外だったらしい。もちろん、リアナは自分がケンカを売られた相手の名前はすべて覚えているタイプだ。
「それで? 今日はなんの用なの?」
リアナが尋ねると、ミリアムと呼ばれた金髪の女性が返答した。「
「わたくしたち女神官たちが
「潔斎は必要ないと言われたわよ」
リアナの声に警戒感が増した。
本来なら妻であるリアナも潔斎するはずだが、妊娠中ということで免除されていたからだ。それを、わざわざ持ちだしてくるとは……この女神官たち、デイミオンの不在にまたよからぬことをたくらんでいるのでは?
「ご懐妊中といえども、多少の運動がよい刺激になりましょう。ぜひ、ご同行いただきたく」
神官たちはその言葉を合図にするように、ぞろぞろと部屋の中央まで入ってきた。テーブルにのった色とりどりの菓子が場違いに見えるほど、彼女たちの様子は威圧的だった。
(なるほど、自分たちの陣地に連れていきたいわけね)
リアナには察しがついた。(誰がのこのこと行くもんですか)
「お待ちください」
竜騎手ロールが割って入った。「国王陛下がおられないときに、リアナ王配を勝手に外出させることはできません」
ナハーラもミリアムも、男性のロールとほとんど目線の位置が変わらなかった。女性としてはかなりの長身といえるだろう。みごとな肉体はローブに隠れているが、がっしりと発達した首の筋肉が兵士らしさを強調していた。
「黙れ、分家の養子ふぜいが」ナハーラが冷たく命じた。
ロールは挑発にのったりはしなかった。手を剣にのばし、「お引き取りを」と凄んだ。
両者はにらみあったが、ナハーラはにやりと笑い、長い神官服のローブから棒状の武器を取りだした。ほかの女たちもあとに続く。
護身用の防具と言えなくはないものだが、この近距離で振りまわせば十分な武器だ。
その威力を見せつけるように、神官の一人がテーブルを打ちつけた。ボゴンッと固い音がして、振動でクッキーの山が崩れおちる。
緊迫した空気のなか、ガタッ、と音がした。
「ひ、ひええぇぇ。お助けを」
「待て!」
尻もちをついて扉のほうに逃げかかっているヴェスランを、神官の一人が追おうとする。ナハーラは冷たく命じた。
「捨ておけ。ただの商人だ」
「外陣までは、どうせたどり着けるまいしな」別の神官も嘲笑った。ほかにも協力者はいるということか。
「さあ陛下、こちらへ」ロールの腕をかいくぐり、ナハーラがリアナの上腕をつかんだ。「女だけの
「リアナ
ロールの顔がけわしさを増した。この人数を、リアナをかばいながら戦うのは不可能だ。助けを呼ぼうにも、男たちはみな
「そちらは宝剣が一振りに、竜騎手が一人」ミリアムが言った。「無駄に抵抗せず、王配らしい威厳をもってついていらっしゃるのが賢明では」
「威厳と虚勢の違いを教えてあげるわね」
リアナは腕を組み、冷たい声で言った。「威厳というのは、自分の部下に十全の信頼を置ける状態で成りたつものよ」
「そうなると、今のあなたの態度は虚勢ということになる」ミリアムが嘲笑った。
「いいえ」リアナは顔色を変えず、ほどよい間をとってから言った。「これは、単なる時間稼ぎよ」
リアナの言葉の意味を、神官たちはすぐに察しただろう。はじまりは、一人の悲鳴だった。
「ぎゃああッ」
ミリアムの後ろにいた神官がそう叫び、しゃがみこんで自分のひかがみ(膝の後ろ)をおさえた。「なんだこれはっ! ナイフが……」
「おやおや」男が
腰を低くかがめ、ほとんど膝立ちのような姿勢のヴェスランが不敵に笑ったのが、気配でつたわってきた。
リアナはその隙にナハーラの手をのがれた。食卓のケーキを皿ごとつかむと、彼女の顔を目がけて投げつけた。
ナハーラの顔からクリームが落ちるよりもはやく、ロールが彼女に体当たりし、すばやく後ろ手につかみあげた。
「なかなかいい連携じゃない?」
リアナが上機嫌でふり向くと、ロールも苦笑した。「慣れてよかったのかどうか」
ヴェスランの動きはさらにすばやかった。
リアナとロールが二人がかりでナハーラを縛りあげるあいだに、その場を制圧していた。低い位置からの脚ばらいで一人。伸びあがってミリアムに
「うがあっ、あああ!!」
女神官は獣のような悲鳴をあげた。
唯一ヴェスランの攻撃を受けなかった女神官も、同輩の受傷を目にして動転してしまい、もはや攻撃どころではなかった。足払いを受けた神官とともに二人がかりで止血をはじめる。同情の余地はないが、「痛い、痛い!」とわめく声が悲惨だった。
「おや、青竜の強化術は未使用か。これは申し訳ないことをした」ヴェスランはぞっとするほど涼しい顔で言った。
どうやら腰を抜かしたふりをして背後にまわりこみ、タルトを切り分けるためのナイフとフォークを投げ武器として使ったらしい。
「私が部隊長なら、武装解除はもっとていねいにやりますがねぇ。カトラリーなんて、武器になるものの筆頭じゃありませんか。しかも、完全武装しているあなたたちからも武器をお借りしほうだい」
ヴェスランは嬉しそうに指摘した。
「その点、リアナさまはお上手でしたよ。ケーキを目くらましに使い、相手に隙を作ったのもおみごと。満点をさしあげましょうね」
「訓練のたまものね」リアナは得意になった。
「訓練してるんですか……」ロールはげんなりした顔になった。
「生クリームがお顔によく似合うわね!」
ナハーラに向かい、リアナは勝利宣言した。泉の前の追撃ではずいぶん腹立たしい思いをしたので、意趣返しができて満足だ。
「貴様よくも……」
ナハーラは
彼女の上腕にも、華奢なフォークが刺さっていた。鍛えられた腕にはさほどの傷とならなかったようで、ナハーラは憤然とフォークをくわえ、抜き捨てた。その勢いでフォークは折れ、大理石の床にキンと小さな音を立ててころがった。
「いまいましい商人め。おまえは何者なんだ!!」ナハーラは叫んだ。
「おお、これは名乗りもあげずに失礼を」
ヴェスランは隠し持っていたカトラリーを円卓に並べなおしてから、優雅にお辞儀をした。「手前はコーリオと申しまして、王都で毛皮をあきなうしがない商人でございます。ミンクにセーブル、狐にチンチラ、ご婦人がたのご要望があればいかようにもお取り揃えいたしますのが
そして、効果的ににやりと笑った。
「ですが、後ろ暗いところのあるかたがたには――『
♢♦♢
それからヴェスランは、リアナたちにあれこれと指示を出した。リーダー格のナハーラとミリアムは、彼女たち自身が持参していた縄でしっかりと縛りあげられている。残りの二名は、傷を負った神官とともに解放された――当面は彼女の手当てで忙殺されるだろう。
「ほかにも神官たちを呼んできたらどうするの?」とリアナは案じたが、ヴェスランは心配ないと請け合った。
「おおかた、このお姫さまの独断専行でしょうからね。だから男衆がいなくなる禊の日を狙った。たぶん周囲にも口どめをしていたと思いますよ」
「そこまで調べてたなんて……あなたが今日ここにやってきたのも、全部計画してたことなのね。仕上げの必要なケーキをわざわざ持ってきたのも、ここでカトラリーを借りるため……」
「入ってくる武器には、みな過敏になりますが、家の中にあるものには無頓着ですからね」
ヴェスランはにこやかに言った。
「リアナ王配を連行しようとしたご意図、すみずみまで明かしていただきますよ」神官たちに向かい、ロールが厳しい声音で言った。
「潔斎にお連れしようとしただけだ」ナハーラは吠えた。「神事を知らぬ王配殿下に、しきたりをお教えしようとしただけだぞ! それを、このような無礼な仕打ち……」
「お話することなどありませぬ!」ミリアムも便乗した。
ロールは思案げな表情になった。分家の養子と馬鹿にされる立場の自分では、うまく話を聞きだせないかもと案じているのだろう。
リアナはもちろん、そんな心配はしていなかった。
「まあまあ、お待ちを、閣下」
予想どおり、ヴェスランが声をあげた。食事を前にした
「竜騎手さまは、拷問のいろはをご存じないでしょう。ぜひ、
ハートレスの兵士はそのヒト離れした身体能力と、危険を
言葉を聞いた女神官たちが震えあがったのが、リアナの目にもよくわかった。
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