2 エサル公のたくらみ【王都タマリス周辺】

第10話 グウィナ、五公のかじ取りに苦心する

 ♢♦♢ ――グウィナ――


 グウィナ卿は王国の重鎮のひとりである。


 歴代の王と血縁が深いことや、竜騎手団に長く在籍していたこともあり、国王不在時の代理をつとめることも多かった。王配として王を補佐するリアナと立場は似ている。いまは国王夫妻だけでなくエンガス卿も病気療養中なので、彼女にかかる負担は大きかった。


 今日は、ひさしぶりに五公のうちの四名が集まるということになっていた。五公会のためだけにしつらえられた贅沢な小部屋に足を踏みいれると、すでに四名の姿があった。


「なぜフラニー……いえ、王太子殿下がここに?」部屋を見まわし、グウィナは尋ねた。


 王太子フランシェスカは、どことなく申し訳なさそうに会釈えしゃくをした。その向かい側に、北部領主ナイルが座っている。さらに手前には、黄竜大公となったエピファニーが。


「政務の助けになるよう、見学くらいさせてやっても良いだろう? フラニーには勉強が必要だ」

 当人ではなく、エサルが答えた。部屋の最奥にちかい椅子にどっしりと腰を下ろしている。

 

「王やその後継者は、五公会に関与しない原則のはず」

 グウィナは念を押したが、エサルはすずしい顔で茶を口に運んだ。南部特有の紅茶の、果物のような強い香りが部屋じゅうに広がっていた。


「王太子といっても、仮のところだ。……もっともが取れれば、話は別だが」

「……」

 含みのあるそのもの言いに、グウィナは表情を引き締めた。王太子に南部のライダーを据えたのはエサルへの政治的配慮があった。フラニー自身は有能で善良な女性ライダーであり、グウィナも彼女を信頼しているのだが、その背後にいる伯父エサルは王都での権力を盤石ばんじゃくにしたがっている。

 デイミオンとリアナが不在の今、エサルに都合のいいように話をすすめられてはたまらない。……グウィナは慎重に議題を進めていった。


 しかし、王都の公共事業目的の徴税という重要な議題で、エサルの賛同を得るのは難しかった。


「戦争のない今だからこそ、王都の機能を拡充すべきよ」

 と、グウィナは説得した。が、

「われわれにも国境の守りという重大事がある。火急でない事業を理由とする徴税ちょうぜいでは、領民の理解はえられん」

 と、エサルは反対した。


(いま、投票をすればこちらの言い分が通るはず)

 グウィナにはそうわかっていた。現在の五公のうち、ナイルとエピファニーは基本的に現王配のリアナ派にくみしているからだ。

(でも、それでは南部の反発をまねいてしまう)


「西部で算出される転身金属。そしてわれわれが加工する術具がなければ、貴公らのコーラーは十全に力をふるまえない。そこはおわかりいただけるだろうな? 平和なときにこそ工業には力を入れるべきだ」

 案の定、エサルはそんなふうに牽制けんせいしてきた。


「それは、こちらも同じこと」

 グウィナは毅然きぜんと言った。「われわれは貴公の領地に希少なライダーを貸し出している――エクハリトス家の加護なくして、国境の守りはなりたたないはずよ」


「それがわれわれだけのためだと?」

 エサルは端正な顔にうすら笑いを浮かべた。「南の国境が人間どもに破られたとあっては、黒竜の王の威厳は地に落ちるだろうな」



 ♢♦♢


 部屋を出ると、どっと疲れが押し寄せてきた。


 グウィナは城に与えられている執務室に戻り、水で割った冷たい赤ワインを一気に飲んだ。「ふう……」


「母さん、大丈夫?」

 次子のナイムがやってきて、夫そっくりの緑の目で見あげてきた。この一年でずいぶん身長が伸びたが、長身のグウィナにはまだ少しばかりの余裕がある。息子に続けて、夫ハダルクもやってきた。


「ええ、ありがとう」

 グウィナはしいて笑顔をみせたが、その笑みもしだいにしぼんだ。

「でも、会のほうは……。エサル公が手ごわいの。騎手団や王都の守りに予算をあててほしいのに、条件の半分も飲ませられなかった。意見会での感触はよかったのに……」

 そして、五公会の結末を夫と息子に説明した。

「デイミオンは、南部の守りを弱められない……エサル公に、足もとを見られているんだわ」


「あなたは十分に交渉したんでしょう?」

 ハダルクがなぐさめたが、グウィナはまだくよくよしている。

「リアナさまなら、もっとうまく対処できたのではないかしら。なにか、エサル公をあっと驚かせるような条件を出して……」

「そんなはずはない」

 ハダルクは否定したものの、ふだんのリアナの辣腕らつわんを二人は間近に見ているのである。


「母さんはちょっと人がよすぎるよ」


「ナイム」ハダルクが息子をたしなめるような声を出した。が、ナイムは首をふって先を続けた。


「でも、母さんはリアナ陛下よりずっと味方が多い」

 かわいい息子は、まだ子どもっぽさの残る指を折って大人びたことを言う。「トレバリカの領兵やエクハリトス家の後ろ盾だけじゃないよ。竜騎手たちのなかには、母さんの指導を受けた若い世代もたくさんいるんだろ? 有力者たちの子息をさ。だから母さんの意向には逆らいたくないっていう家はけっこうあると思うよ」


「たしかに」

 ハダルクは、あまり気が進まないという顔をしつつも続けた。「リアナ陛下には、個人で動かせる私兵というのがほとんどいない」

「だけど、ハートレスたちが……」

「かれらは兵士としては有能だが、組織された兵力に必要な古竜という最大の武器をもたない。そこが、陛下の弱点ではあります。……天候を左右しうるという白竜の能力があまりに希少なので、いわば自分を人質に要求を飲ませるようなあやうい戦術をとっている。それが、エサル公に対していつまで通用するのか」


「リアナさまが、そんな危ない橋を渡っているなんて……想像もしていなかったわ」

 想像もしていなかった背景に、グウィナは驚いたし、胸が痛んだ。彼女にとってリアナは、かわいい甥の妻なのだ。と言うべきなのかもしれないけれど……


「わたくしの気がいたらず、あの二人に不利なように進めてしまったのではないかしら」


「大丈夫ですよ。リアナ陛下にはもう一つ、重大なカードがある。デイミオン陛下の寵愛ちょうあい庇護ひごというカードが」

 ハダルクは力づけるつもりで言ったようだったが、グウィナはなんとなく心配になった。もちろん、甥はエクハリトス家の男だ。つがいに対する愛の深さと責任感ではどんな男もかなわない。でも……。


「でも、かれらは若い夫婦なのよ。乗り越えるべき課題がたくさんある。リアナさまの妊娠にしたって、そうだわ。子の父親はデイではなく、フィルなんだもの」


 ハダルクとグウィナは顔を見合わせた。

 かつて、かれら夫婦のあいだにも同じような危機がおとずれたことがあったからだ。そしてその結末を思うと――。


「で、そのフィルはどこにいるのさ?」

 ナイムが無邪気に尋ねたが、夫婦は答えられなかった。


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今日は二話更新です

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