母と娘



私は、幸せだ。




市街地からは少し離れて居るけど、庭付き一戸建てに住んでいる。






夫は出張が多いけど、側に居るときは凄く優しい、


でも、寂しくない訳ではない。






一人娘の舞もきっと同じだ、


だから私は、寂しくない様にお人形を作る、


部屋いっぱいに飾れるほどのお人形を作った。








くま、パンダ、ねこ。




色々なお人形を作った。






娘はまだ五歳で物を大事に出来ない、


いや、出来ない訳ではなく、大事に思って居るけど、大切に扱わないと壊れてしまう事を理解していない。






「わーい、新しいお人形だぁー。」






娘はお人形の腕を掴み振り回す。






どん、と投げ飛ばす。






ちゃんと嬉しいし楽しくお人形と遊んでいるのだけれど、


扱いが雑で直ぐに破けたり壊したりする。






「ママー…




くまの手、取れたー。」






娘が腕の所が破けた、くまのお人形を持ってくる。




「はいはい、今直しますからね。




舞…お人形は大事なお友だちでしょ?




大切に遊んでね。」






私は、そう言いながら針と糸で簡単に縫い合わせた。






「はい、直ったわよ。」


私は、娘にくまのお人形を渡した。






「うん、ありがとう。


大切に遊ぶね。」






娘はそう言うと、くまのお人形を振り回し遊び始めた。






娘もきっとストレスを抱えているのだろう、最近この場所に引っ越して来て。




新しい、環境や友達にまだ馴染めていないのだろう。






だから、私は、娘が何度もお人形を壊しても、


直ぐに縫い合わせてあげるのだった。






「わーい、あ…


また取れたー。








ママー。」





「はいはい、仕方ないわね。」






娘が環境に馴れ、友達が出来た頃には、お人形を壊す事がなくなっていた。






ある日。






娘の部屋に入ると、大好きなくまのお人形が転がっていた。




私は俯せになったくまのお人形を起こす…






一瞬、心臓が止まった。




お腹が裂けていたのだ…




「…舞…」




その時、舞が入って来る。




「ママ…」






私はゆっくりと振り返った、次に裂かれるのは…私だと思いながら。






娘の舞が手に持っていたのは…






針と糸だった。






そう娘は自分で裁縫の練習をしていたのだ、


私はその日から娘に裁縫を教えた。




「はい、


まずは綿をお腹に戻して…




全て入れたのを確認したら…縫いますよ。」




「うん。」



十数年後。






私は、幸せだ。






少し狭いけど…夫と息子が居るこのマンションが気に入っている。






つい最近、此処に引っ越して来たけど、一つ気掛かりなのは実家の母だ。






子供の頃の私は、やんちゃでよく母が作ってくれたお人形を壊して、遊んでいたようだ、


余り記憶には無いけど。










私が母から教えられた裁縫の腕は確かで、


息子のベビー服を作れるほどだ。






同じ様に私が子供の頃、母は洋服を作ってくれた、


勿論お人形も大事にしている、今は自分で直せる。






息子が産まれるまで、実家に居たが、産まれて直ぐに夫が住むマンションに引っ越して来た。




夫との生活は今から始まる、


付き合って暫くしたら、妊娠が分かって、出産は母が居る実家でする事になり。






妻と同時に母になってしまった。





息子に母乳を飲ませながら、椅子に腰掛ける。






私の子供は男の子なので、きっとお人形は作らないだろう、


そう言うと母が。


「じゃあ、このくまのお人形持って行きなさい、


舞が一番気に入っていたお人形よ。」






小さなうちは男の子でも、お人形で遊ぶでしょうと母はくまのお人形を持たせてくれた。






でも、私は気付いていた…


母が何故このお人形を持たせてくれたのか。






きっと…私が母になったら、初めからプレゼントしてくれる予定だったのだ。






受け継ぐなら、もっと良い物がよかったな…でも、既に私は母から素晴らしい裁縫の腕をもらっている。




きっとこのくまのお人形はそう言う意味何だと思い素直に受け取った。






古いけど…何度も直されているけど…


見ていると母の愛を感じる事が出来る。






この愛情は息子へと続いて行くはず。




「ただいまー。」






夫が帰ってきた。




夫は直ぐに私と息子に駆け寄る。


「舞、


お、俺の息子は食事中だったか。」






「ええ、そうよ。




今日も悪いけど晩御飯作ってね。」






夫が上着を脱ぎ、腕捲りをしながら。


「おう、分かっているよ…




俺は一人暮らしが永かったからな自炊出来るんだぜ。」






キッチンでドタバタと料理を始める、勿論私の分も作ってもらう。






ひゅー、どんっ。






窓の外から、花火の音が聞こえる。




「お、花火始まっちゃったかー…


此処は六階だから、よく見えるんじゃないか?」






「そうね。」


私は、そう言うと息子を抱いたまま、


ベランダに出る。






「わー、綺麗…


本当によく見えるわ。」






流石六階だ、遮る建物がなく、花火がしっかりと見渡せる。






息子の顔が色々な色に照らされる、


大きな音が気になるのか、花火を余り見てくれない。




「せっかくの花火だけど、まだ早かったかな?」






部屋に戻る前に後少しだけと、顔を花火に向けた…


その時。




強い風がベランダを横切った。







「うそ…」




私は風に煽られ、落としてしまった。




小さな体は、


ベランダの柵の間を簡単に通っていった。




真下はマンションの入り口だ。






私は血相を変えて、べランダから飛び出した。




急いで部屋を出る。




「おい、舞何があったんだ?」




夫の言葉は私の耳に入って来なかった…






私はエレベーターのボタンを押す、


だが来るのを待ちきれずに、裸足で階段を駆け降りる。






階段を降りている間、私は願っていた…


無事でいてと。






マンションの入り口に着く。






冷たい、コンクリートに横たわる小さな体…


私はゆっくりと抱き起こした。






小さな体は、動く事はなく…




お腹が裂けていた。






「う…う…どうしょう…」






私は部屋から出る時、とっさに裁縫道具を持って出ていた、理由は分からないけど。




人は緊急事態の時ほど冷静ではいられず変わった事をするものだ。






でも、今回私は予感していたのだろう…使うと。






私は涙を流しながら、


小さな体を抱く。






裂けた場所から、出た物を集め…


小さな体に戻す。






「…今、直してあげるからね…」




私は、小さな体の裂けたお腹を縫い合わせる。






「…今、直してあげるからね…」


と何度も呟きながら。








マンションの入り口なので、人が通る、


何人もの人が私の横を通り過ぎる。






部屋着、裸足で小さな体を縫い合わせる私をまるでそこには、何もないかの様に通り過ぎる。






「…舞…」






私たちの後ろから、夫の呟き声が聞こえた。






「う…う…あなた…」






私は縫い終わり立ち上がる。






「…舞…何もこんな所で縫わなくても…いいだろう?」






夫は息子を抱っこしながら私に言った。






そう、ベランダで落としたのは…








大事な…くまのお人形。





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