僕と蜘蛛

僕が子供の頃住んでいた場所は少し都会から離れてました。




近所には畑や森があり緑がいっぱいで、僕はよく一人で探検をして遊んでいました。






その頃はあまり不思議には思わなかったんですが、至る所に蜘蛛の巣が張って居たことを覚えています。






何時も僕は木の棒を片手に草や蜘蛛の巣を払いながら遊んでいました。






家から少し離れた場所に森があります、登ると直ぐに民家に出るんですが…


多分山を切り崩した名残で一部分だけ森に見えるだと思います。






そして、それはこの場所で起きました。





夕方、家の回りで遊ぶ事に飽きた僕は切り崩された森に向かっていました、


何故行こうと思ったかは覚えていません。




今、思えば夕方には家に帰って。


「お母さん、お腹すいたー。」


と言って晩ごはんを待つのが日課でした、でもその日は森に向かっていました。






バシバシ。






棒で草や蜘蛛の巣を斬りながら進みます。






あれ、遠くに見える森の前の植え込みに蜘蛛が見えます、


近代化のせいか森の目の前にはコンクリートの道路がありました。






きっとこの僅かな森もその内民家に変わるんだと思います。






僕は植え込みの蜘蛛から目が離せずに段々とちかづきます。






その時僕は、はっとしました、なんで小さな蜘蛛がこんな離れた場所からはっきり見えて要るんだと。





頭であろう部分が確認出来ました、人の後頭部に見えます…


見えるというのは変ですが多分、後頭部です。




ボサボサの長い髪に覆われて、髪の塊と言う方が当てはまるかも知れません。






ああ、やっぱり人形やマネキンではなかった…あの髪の質感は人だと子供ながらに感じました。






死んでるのかな?




事故かな?自殺かな?






恐いと思うより好奇心が勝ちました、まだ体は少しづつしか動かせないで居ましたが、完全に何か分かるまで近付くつもりでした。






近付くにつれて、どんどん呼吸が出来なくなっていきました…


体を締め付けられているかの様です。








植え込みの上に乗っている、と言うことは落ちた訳では無い…


落ちたり、車にひかれ飛ばされたなら沈んでるはず。






等と考えて居ました、今、思い返してもとても不謹慎だと思います、


でも、始めてみる人の死に好奇心しかありませんでした。






自分自身の状況すら分かって居なかったのです。





ふー、ふー。






呼吸が止まりそうになりながらも前に進みます。




やっとの事で、約五メートル程まで近付けました。






ガサガサ。




風も吹いてないのに黒い布切れが動きました…






ビリビリ。






黒い布切れは破けて、隙間から蜘蛛の脚が見えました…




でも可笑しいんです…




大きさが…






人の腕ほどの大きさの蜘蛛の脚が、黒い布切れの隙間から見えました。






人じゃ無い。




今更です、本当はもっと前に気付いていたはずです、


でも、確かめずにはいられなかった。






本当にバカでした…よく見たら苦しかった原因も分かってしまいました。




身体中を透けたピンクの蜘蛛の糸で巻かれて居ました。






回り全体があの人の巣だったのです。






体の感覚も少し変でした、少し横を向き横目で後ろを確認しました。




俯いた僕が居ます…


そう、あの十メートル手前の所から僕の意識!?魂だけが蜘蛛の糸に引っ張られて居たんです。






僕は自分の意思で前に進んでた訳ではなかったのです、あの人に引っ張られて居たんです。





こう言った恐い話なら…


このまま気絶をして目を覚ましたら助かっているでしょう…


だが、実際は気絶をしている場合じゃない。




このまま諦めて気絶をしたら、魂をあの人に喰われてしまっておしまいだ。






僕は…よく分からないお経の様なものを唱えた。






まったく意味がなかった…






ズズズ…ズズズ…






少しづつ引っ張られている、でも感覚は無い…もう呼吸をしているかも分からない。






あの人はまだ黒い布切れに覆われたままだった…


一体どうやって引っ張って要るんだろう?






こんな絶体絶命の状況でも好奇心はまだ残っていた。






あの人の頭に当たる部分がゆっくりと回転する、


ギギギと木が軋む様な音を出しながら。




調度半回転した所で止まった、


さぞや恐ろしい顔が現れて来ると思ったが、


先程まで向いていた後頭部と変わらず髪に覆われて居た。




うぐ。




少し息を吸い込む…


良かったまだ僕は生きているんだ、


たった一呼吸でこんなにも生を実感出来るなんて、


今になってもこの時だけだ。






そして、直ぐに絶望が訪れた。






あの頭の部分の髪が、


少し流れ落ちた…






バサッ。






少し薄くなった髪の隙間から人の鼻の先が見えた…






三つ…








そう、鼻が三つ確認出来た。






「ぐぎゃーー。」




叫んだ、息を吸うことも吐くことも出来ない状態だったけど…


叫んだ、心が悲鳴を上げた。






髪の隙間から見えた三つの鼻が僕にあらゆる恐怖の顔を想像させた…






数十種類の身の毛がよだつ顔が頭の中を駆け巡る。






ぐふっ。




胃液を吐いた、少し赤かった。




ビリビリ。






始まった、ここまで僕に恐怖を植え付けて、


やっと黒い布切れを破き正体を現そうとしていた。






人の大きさの蜘蛛、


人を喰らう蜘蛛。






蜘蛛は獲物の体液を少しづつ吸い取る…


ああ…


ああ…


永い恐怖が続くんだ。






僕はぼろぼろと涙を流して居た…


呼吸は止まったまま只目から涙が流れ出していた。








ガバッ。




「見るな。」






僕は誰かに頭を抱えられ持ち上げられて居た。








いつの間にか魂は体に入っていて誰かにお姫様抱っこされている…


頭は誰かの胸に押し付けられていた。






僕は直感的にお坊さんだと思った…






お坊さんは僕をお姫様抱っこしたままあの場所から離れて行く。






「ボウズ…あの場所には二度と近付くな、あいつはあの場所から動けないから…




行かなければ、お前は助かる。






だから、二度と近付くなよ。」




お坊さんの話を聞きながら少し上を向いた…




お坊さんは目や鼻から血を流していた、きっと凄い無茶をして僕を救ってくれたんだろう。






家の近くまで連れて来てくれた。




お坊さんは僕の頭に手をおいてまた繰り返す。


「いいか、あの場所には二度と近付くな…






出来るなら引っ越せ。」






子供の僕に引っ越せなんて言われても、


なんてその時は思わなかった、


本当に心配してくれている事が伝わってきたから。








外は何故か、夕方のままだった。






それから、暫くして僕は親の都合で引っ越して、


蜘蛛には近付かなくなった。






そう言えば、別れ際に聞かれたな。


「そうだボウズ…




あいつの顔を…見てないよな?」






「はい、見てないです…


髪に覆われていたんで。」








「良かったな…






あいつに髪は無いからきっと…






食事中だったんだな。」









お坊さん…それは知りたくなかったよ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る