第3話

 数週間後、俺は駈瑠のある事について聞き出すことができた。そのきっかけは一人の女だった。水景愛弓子みかげあゆこ。駈瑠の彼女だった。彼女の存在があったと知った時、俺はますます自分のことが愛せなかった。


「付き合ってるの?」

「実は、今更言いづらい事なんだけど……俺はゲイってわけじゃないんだ」

「そんな事、言わなくてもわかってる!」

「俺と付き合うなんて事したら、彼女はきっと悲しむだろうな……」


 俺は自分がどうしても好きになれなかった。名前をもらっておきながら、図々しく彼女よりも自分を選んで欲しいと頼み込んでいる。

駈瑠が恋しくて堪らなかった。彼女は駈瑠にどこを認めて貰えたのだろうか。そんなことをふと頭が過った。


「それで『ある事』って彼女と何か関係あるの?」

「それは……愛弓子が政治家の娘だからだ。ってのは……」

 

 ――今、誰かの耳に届いたら、俺の命が危ないかな……。


 駈瑠はその言葉の続きを言わず、暫く黙り込んでいた。だが、一つわかった。彼の彼女がそういう理由の存在で、駈瑠に認めて貰えたのだとしたら、それはとても素敵な事だと思った。例の件を聞き出すきっかけにはなった。


「駈瑠……無理に言わなくていいよ」

「……あぁ、ごめんな。どうしても言えないことかもしれない」


 俺は駈瑠のについて聞くのをやめた。

 恋しい相手だからといって、何でも彼の事を知りたがるのは良くないと考えた。


 ***


 高校三年生の冬、氷峰駈瑠という男は、海外へ逃亡した。


 逃亡。この肩書きは、何故――。


「柊……お前あいつの帰り待ってるの?」


 同じクラスの一人の生徒が話しかけてきた。


「……あぁ。俺は必ず帰ってくると信じてるよ」


 俺は振り返りそう答えた。


 駈瑠の彼女に聞けば何か分かるかもしれない。

 だけど、あえて聞かなかった。聞こうとは思わなかった。

 何故なら俺と駈瑠は、彼女には内緒の『秘密の恋』の約束をしたからだ。


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