エピローグ ~ライトサイド~

 私は、全て正義のために戦い続けてきた。


 この体になって、超人的な力を手に入れて、悪を見つけては退治してきた。


 しかし、何も変わらなかった。


 悪は栄、心は荒み、自然は汚れ、経済は低迷している。


 いくらやっても、いくら退治しても、何も変わらない。


 それどころか戦えば戦うほどに、無情な真実を、全てが悪だと、この世は地獄だと、思い知らされた。


 警官は全て悪徳、難民は全て寄生虫、外国人は全てスパイで、マスコミは全てカルトだった。


 この世界は全て、悪に湿っていた。


 ……時折、考えてしまう。


 この世界はもう、救いようがないのではないか?


 もう手遅れではないのか?


 なら一層、楽にしてしまった方がようのではないか?


 恐ろしい考え、それを振り払うように今日も悪を正しに、目的地へ飛ぶ。


 ただし今回は不明な点が多い。


 緊急、時間厳守、だが具体的内容は不明、場所だけが明確だった。


 これは悲しい気持ちになる。


 エージェントたち、彼らは数少ない同志だ。


 だが無能である。


 この国では無能は悪、人に非ず、ただ他にいないから生き残っているだけ、そしてそこまで追い詰められているという事実、嘆かわしい。


 それでも、これは間違ってはないだろう。


 場所は大都市中心のスクランブル交差点、かなりの人数が集まる街頭演説の真っただ中、選挙が近い中で、ここでテロを行えば効果は抜群だろう。


 なんとしてでも阻止すべく急行し、上空を一回り、見下ろして、そして一目で、悪を見つけることができた。


 目標設定、着陸準備、警告音発動。


 ぱ~ぱーぱ~ぱーぱ~ぱーぱー♪


 音と共に場所を開けてくれる人々、その中に紛れようとする男を、悪を、追いかけ、蹴り倒し、転ばす。


「がぶ!」


 間抜けな声、突いた手は擦りむき汚い血を滲ませている。


 おぞましい。


 このような、人語も理解できるか怪しい悪、狂人クルイに、説得など無意味だ。


 だが、だからこそ、これより断罪するものの名を、知るべきである。


「プロパガンダ―A! 参! 上!」


 轟く名乗りに、あぁ思った通り、悪は無礼な反応しか見せない。


「待ってくれ! 頼む! 助けてくれ!」


 礼節など期待してなかったが、それでもいきなりの命乞いに、怒りが沸き起こる。


「黙れこのハゲ! 貴様! 今痴漢してたではないか!」


「ち、ちか、違う! 見ての通り俺の両手は松葉杖で塞がってる! そもそも近くに女性どころか人すら」


「黙れハゲ! 痴漢は触れるだけが痴漢じゃない! 見ること! 臭いを嗅ぐこと! 話を聞くこと! 息をすること! 相手に痴漢と思われたことは全て痴漢なのだ!」


「そんな無茶な!」


「ハゲ! ゆるさん!! 喰らえ秘密武器がひとーつ! あちあちレット!」


 ハゲを滅すべく右手を向ける。


 その時だった!


「あぶなーーーい!!」


 何!


 飛び出してきたスーツ姿のダンディな男性、慌てて照準をどかす。


「ぎゃああああああああ!!!」


「危ないではないか! 当たったらどうする気だ! あちあちレットは強力マイクロ波! 当たればあの通り煮崩れるとこでしたよ!」


「私は下々の方々のためにこの身を捧げると誓った、それだけさ」


「あ、あなたは! この国の偉い人!」


「いや、私は偉くない。ただ下々の方々に選ばれて、国のトップをやらしてもらってるだけさ」


 ニヒルに笑うその歯がきらりと光る。


 その御身、後光がさしている。


 私は、初めて圧倒的に次元の上の存在と邂逅していた。


「プロパガンダ―A君、だったね?」


「は、はい!」


 名前を呼ばれた私は、まるで陪審員裁判官に選ばれた時のような感動を覚えた。


「噂は聞いているよ。各地で悪と戦っているんだって?」


「はい! 僭越ながら活動させていただいております!」


「しかし、悪いうわさも聞いている」


「え?」


「少々乱暴、短絡的で悪と決めつけたらすぐにやっつけてしまう、場合によっては足を引っ張ってしまうことも」


「ぁ、ぅ、ぁぁ」


「私に言わせてもらえれば圧倒的経験不足、未熟だね」


 ……消え入りたいほどの、恥ずかしさ、それ以上に見捨てられるんじゃないかという不安に、胸が苦しくなる。


「だから私の元に来なさい」


「……え?」


 苦しみからの幻聴化と訊き返すと、かのお方は慈悲深い笑顔でお答えくださった。


「君には素質と熱意、なのよりこの国を思う魂がある。あと足りないものを、私の元で学んでほしい。一人では無理でも、みんなで協力し合えばきっとうまくいく、私はそう思うよ」


 ありがたい言葉に、私はこれまでで最速の動きで土下座をしていた。


 跪き、頭を垂れて、ただただ忠義を示す。示したいと心の底から思わせる、偉大な方だった。


「よしてくれ、私はただの上級国民、そんなことされると照れてしまうよ」


「ですが」


「だったら代わりにてなわけではないけれど、一つ、頼まれてくれないかな?」


「何なりと!」


「いやちょっと、君がいつもやってるあのお約束の、よいこの諸君、というのを一緒にやってくれないかな、私はあれが大好きでね」


「モチロンです」


 立ち上がりポーズを決める。


 毎回やってるあれはその場のアドリブ、事前に決めてるわけではない。ましてや、打ち合わせもないのにするのはすごく無礼なこと、なのに自然とフレーズが沸き上がる。まるで事前にこうなるよう、脳にチップを埋め込まれてたようだ。


「それでは、よろしいですか?」


「ちょっと待って、消えろ禿」


 ザシュ!


「ぎゃーーー!!!」


「ハイいいよ」


 呼吸、合わせる」


「「よいこの諸君! 年金はあきらめよう! でも! 支払いは絶対にするんだぞ! プロパガンダ―Aとの約束だぞ!」」


 声がぴったりと揃った。

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