『絞め殺す熱』トーキョーヒートロード
……あと、一年を切った。
ここまで苦難の道のりだった。
最初の立候補では真っ当に挑んで、結局金を絞り盗られただけだった。
それでも我々はあきらめず、学び、根回し、賄賂、時に強硬手段まで用いて、そしてついに誘致にまでたどり着いたのだ。
だがそこからが本番、人を集め、金を集め、場所を選び、説得し、国民からの理解と応援があって、やっとここまでこれた。
そして、あと一年に迫った。
……もう、一年に迫った。
ここまで来て、これたのに、今更、この仕打ちは酷すぎる。
「HAHAHA!! やっぱりこの国のNOパンしゃぶしゃぶはサイコーでーす!」
上機嫌に笑うこの男は、現代に生き残る貴族の一人で、それだけでの、他になんの記録も、経歴も、職歴さえないのに、ただ血筋だけで会員になれた男だった。
「どーーしましたー? せっかくデリシャス、スマイルがかんじんでーす!」
能天気に笑いながら下半身裸でしゃぶしゃぶをしゃぶしゃぶしている。
その程度しかこちらの文化を理解してない。
いや、はなから理解する気などないのだろう。
その程度の男、その程度しか見られてない関係、それでも、説得しなければならない。
「……考え直していただくことはできないのでしょうか?」
「無理でーす!」
即答された。
「会場チェンジは決定事項でーす! アルマゲドンが起きよーともへんこーはありえませーーん!! 場所は北の大地で試されてもらまーす!」
人の気も知らず、一方的に言い放つ。
「しかし、もうすでにここでの開催のため準備を進めてきました。それら費用も」
「知りませーん! 最低限のクォリティ-をメイクできなかったあなた方の落ち度でーす!」
「ですが急すぎです。せめて一年前でないと向こうの準備も整ってませんし、これから冬、雪が降るんですよ? 今から工事なんかできませんよ」
「知りませーん! インポータントは何を、誰を
「しかし!」
「いやなら、やめても良いんですよ?」
……まるでナイフを突き刺すように、冷たい声となる。
「決定権は全て我々にある。それを前提にあなた方は参加した。選んだのはただ他よりも視聴率が良さそうだから、それだけです。これは、慈善事業ではないんだよ」
これが本音、これが本心、これが、こいつらだった。
「続けるか辞めるか、決めるのはお前らではない。我々なんだよ」
これが彼らの必殺ワード、これ一つで誰も逆らえなくなる。
だが、今回はこちらも切り札を用意してある。
「……それは彼らにも言えますか?」
「OW! やっとでーすか! 元会場を見下ろすレストランなのでいつになるか
ずっとまってまーした! それでどんな感動ポルノするでーすか!」
「説得も何も、下を見てください。変更反対のデモ行進の真っ最中ですよ」
切り札、人民の力、反対のシュプレヒコール、これが変更発表から続く意思表示だった。
最早世界的ニュースともなった一大行進、ここまで大きな流れを、もむげにはできまい。
だが…………
「HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!」
…………それを、この男は笑い飛ばしやがった。
「ユーは! リアリィ? あんなガーベージに! 何かできると? アンビリーバボー!」
「何が!」
ぱ~ぱーぱ~ぱーぱ~ぱーぱー♪
音楽が俺の怒声をギリギリで止めた。
「アイムソーリー。ミーのアラームでーす。ですがジャストタイミング、ガーベージへの、ユーのカントリーのアンサー、ルックルックでーす」
言って見下ろすガラスの向こう、遥か向こうから何かが飛んできた。
その姿、信じられないが、テレビで見たお覚えがある。そしてそれがその通りなら、これは最悪を意味していた。
「プロパガンダ―A、でしたっけ? 実にビューティフォー! あんなくそださデザイン! さすがはエンブレムをコピーするカントリーでーす!」
言葉が頭に入ってこない。
ただ、デモ行進の真っただ中に着地したあれが、何もしないことだけを祈り続けていた。
だが、それも、黒煙いより台無しとなった。
「ファンタスティック! あれはこちらでは『せきこみブラック』でしたか、ミーの国では『ストーンミスト』と呼ばれてまーす! 中身は石綿でーす!」
「いし、何を?」
「あれはひーじんどーへいきでーす! 石綿の公害はゆーめーでーす! 肺に精密機械に眼球に、入り込んで鑢掛けでボロボロにしまーす! オーテリブル! そしてこれらの除染は、最新技術でも10イヤー必要でーす!」
「は?」
「そうでーす! これでこのアースはダーティされましたー! ガスマスク無しではブレスできない汚れたアースでーす! これでエブリバディここではできないと納得するしかないでーす! これがユーのカントリーのアンサーでーす! 実にインタラスティング!」
黒煙に、染まっていく。
この町が、開催地が、これまでの努力が、何もかもが、覆われて、見えなくなってしまった。
それが、国の意思と言われて、納得できるわけがなかった。
「NO! これではミーの考えた決め台詞シーンがだいなしでーす! 渾身の
できでーす! いいですか? 諸君! バスではお年寄りには席を譲ろう! でも妊婦は病気じゃないから譲る必要はないぞ! プロパガンダ―Aとの約束だ! どうでーす! パーフェクトコピーでーす! HAHAHA!!」
笑いながらこの男、しゃぶしゃぶする手だけは止めなかった。
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