『真の怪獣』ココロノヤミ

 消えろよ愚民ども、めんどくさい。


 この時代、自己責任の時代だ。


 宇宙人にさらわれチップを埋め込まれようが、魔術師に呪われて魂を抜かれようが、突如として現れたサイボーグに罰せられようが政府は一切関知しないのだ。


 警察は我々を守るために存在する。


 法律は我々が利するために存在する。


 避難所は我々が避難するために存在するのだ。


 それを、ゴミどもが、勘違いしやがって、めんどくさい。


「何で入れねーんだよ!」


「ここは避難所だろ!」


「子供もいるのよ!」


 ぴーーぎゃおーー!


 その命に大した価値のないくせに声だけはでかい。


 それが羽虫がごとく集まり、めんどくさい。


 怪獣襲来なんざ今時珍しくもないだろ。政府が認めてなかっただけで毎年十数匹上陸して壊しまくって嵐のせいにして、それでうまく回ってたってのに、情報公開された途端この有様だ。


「聞いてんのかよテメェ!」


 品のない。そんなのを相手にしなきゃならないのが今日の俺の仕事だ。


「ですから、ここはご覧の通り全面ガラス張りでして、安全性が保証できないんです」


「保証って何のための避難所だよ! 非常時の安全のためにって説明会ぬかしててただろうが!」


「でもだめなんです。向こうの小学校も避難所として解放されてますのでそちらに」


「そんなの前の怪獣に踏み潰されてもうねーよ!」


「お気持ちは理解できますがどうにもならないんですよ」


「じゃああのリムジン何で入ってんだよ! 今! そこ! ちゃんと見ろ!」


「駐車場は営業課の管轄でして、そちらにお問い合わせ下さい」


「おい待て逃げんな!」


 ぴーーぎゃおーーー!!


 めんどくさい。


 さして納税してないだろう貧乏人ども、そんなのを入れるスペースは、ここにはない。


 入りたければたっぷり寄付するか、俺みたいに良家の家に生まれるか、でなければタピオカミルクティーにでも生まれ変わるんだな。それのどれでもないならさっさと消え去れよ。


 お前らがここに集まって解散しないで騒いで、それでガラスに指紋をつけるもんだから一番若手の俺が駆り出されて、めんどくさいことしなきゃならないんだよ。


 あーあ、もう、めんどくさい。さっさと死ねよこいつら。


 ぱ~ぱーぱ~ぱーぱ~ぱーぱー♪


 音楽が鳴り響いた。


 遠くの空に白い雲、引きながら飛ぶ姿、ヒーローの登場だった。


「あ、あれは!」


 貧乏人共がやっと離れた。そしてヒーローへ、殺到する。


「プロパガンダ―A! 参! 上! 諸君! もう安心だ!」


 見たことのないデザインの鋼人ハガネ、避難所の警備システムが発動してないなら、退魔組合ではない。噂に聞いた現政権の切り札ってやつだろうか。


「お願いです! この子だけでも助けてください!」


「すごーいかっこいー!」


 そんなことも考えられない貧乏人共が、着地したてのヒーローに殺到する。


「まっかせなさーい! その代わり! 諸君! デモは無駄だから辞めよう! プロパガンダ―Aと約束してくれるかな?」


 ノリノリで応対してるヒーロー、これで貧乏人共の相手はしなくて済むだろう。


「お願いヒーロー! あんな怪獣やっつけちゃって!」


 一言、子供の声、これに、俺の目からも、ヒーローの雰囲気が変わった。


「……やっつける?」


 声色、大きくない声に、貧乏人共が黙った。


「怪獣は、生きてるんだ。ずっと昔からこの地にいて、だけども人間たちが自然を壊して住処を追われ、海に追い出された。だが今年のサンマは不漁、餌がなくてここまできた怪獣を、だと?」


 やばい空気は知ってる。なのでそっと出入り口を閉じ、鍵をかける。


 これで安全だ。


「でも、あいつは僕の家を踏みつぶしてるんだよ?」


「黙れ心を失くした邪悪共、真の怪獣は、お前らだ。ゆるさん!!! 喰らえ七つの秘密武器がひとーつ! きれるブルー!」


 宣言と共にヒーローの両腕が開き、中より青色の刃が何枚も展開し、イガイガになる。


 その一振りで、ガキがズタボロになった。


 そしてこれまで以上の大混乱、ガラスに殺到して拳で何度も叩く。


 だがガラスは特別仕様、怪獣が踏んでも大丈夫、貧乏人如きに敗れはしない。


 ぴーーぎゃおーーーー!!!


 騒ぎか、あるいは血の臭いか、怪獣が方向転換してこちらに向かってくる。


 今度こそ避難所の警備システムが発動して追い払うだろ。


 それまで貧乏人共がどれほど生き残るか、興味はある。


 だが今日はプレミアムフライデー、定時だ。


 さっさと交代してチーズティーを飲もう。


「お願い! 子供だけでも!」


 ……ガラスについた血を洗うのは、明日の俺に任せよう。

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