『セクシーの暴力』チーラン♂
……現役時代から、ずっとこの道を走ってきた。
家を出て左、団地を抜けてガードレールに沿って小学校前へ、そして大通りに出る。
いつものランニングコース、だが気持ちはいつもと違う。晴れ晴れとした気持ち、こんなのは初めてだった。
足取り軽くペースも上が、大胸筋がときめいている。
これは全て、昨日の試合のおかげだ。
四年に一度のワールドカップ、今年はこの国での開催、記念すべき大会、その大事な初戦で、この国は終に終に一勝を、それもジャイアントキリングを成し遂げたのだ。
相手は憎っくき黒の巨人、それが地響きを立てて地に伏せた瞬間、俺はテレビの前で男泣きしていた。
……国際公式戦全敗、それが俺が代表だった時の、この国の戦績だった。
それでも頑張ってたが、あの日、薬を使ったらタイムリープに巻き込まれ、気がつけば代表選考会が終わった時まで飛ばされてた。そのまま俺は、結果を残せないまま引退、物拾いに就職した。
だがその後もランニングだけは続けていたのは、後悔からだった。
あの時アレを食べておけば、もっと早くドーピングしておけば、ちゃんと審判に賄賂を渡しておけば、メディアにだってあんなよくわからないポーズで弄られなければ、もっといい結果になったかもしれない。
後悔から逃げるために、俺は走っていた。
だけど今日の俺は、嬉しくて走っていた。
俺の意思を継いだ後輩たち、皆自国で代表になれなかった落ちこぼれで、言葉が通じないから殴って教えるしかできなかった奴隷ども、それが、終にやってくれたのだ。
悲願達成、俺がやってきたのは間違いじゃなかった。
その事実だけで気持ちが軽く、体も軽く、ペースも速くなり、以前の半分の時間でもう大通り抜けてしまった。駅前を通り過ぎて商店街へ、そこそこの混雑してるアーケードに入る手前の横断歩道で、赤で止まる。
「……あんた、ひょっとして」
足踏みしてる背後、声をかけられ振り返れば歳食った贅肉が俺を見上げていた。
「見たことあるよ、待て言わないでくれ、思い出すから。ほら、えーっと」
悩む贅肉、見下しながら俺はにやけるのをやめられなかった。
昨日の試合、始まる前に過去の映像も流れた。中には俺のわけのわからないポーズも含まれてた。だから覚えれてたんだろう。
きっと、これからこういうのが増えることだろう。
「あ、思い出した。駅の裏の靴屋、あそこに貼ってある万引き犯のポスターだ」
きゃーーーーーーー!!!
悲鳴が響いた。
黄色ではない、危険を知らせる悲鳴、商店街の方からだった。
尋常ではないことが起こっている。それを解決すれば、より一層顔を覚えてもらえる。
俺は当然現場へと走っていった。
その行く手を邪魔する腰抜けども、壁となり立ちふさがるのを掻き分けながら進む。
ぱ~ぱーぱ~ぱーぱ~ぱーぱー♪
臭いハゲを踏み倒してる間にメロディが響き、それが途切れると同時に人ゴミが抜け、ひらけた空間に出た。
正面に、二人が立っていた。
「最後に! 良い子の諸君! 鰻は今絶滅危惧種なんだ! だから食べて応援! 一匹残さず食べるんだ! プロパガンダーAとの約束だぞ!」
俺でもない、もう一人でもない、ここにはいない誰かに語りかけてるのはマスコットのような姿の男だった。
体格は良いように見せて、実際は下半身が貧弱だ。
そんなマスコットの前に立つのは、ボッキュッボンだった。
バッツグンのスタイル、デカい尻、くびれた腰、そして巨乳、顔は美人ではないが見覚えはある。この時間、死んだ目でパチンコ屋の前に並んでる姿を何度か見た。
それが、青白い肌で、直立不動で、突っ立っている。
顔は恐怖の表情で固まり、ブラウスは破かれブラジャーが見えてても隠さず、呼吸さえもしてないように見えた。
死んでいるように見えた。
「エッッッッッッッッッッッ!!!」
マスコットが奇声をあげる。両手で顔を覆い、指の間からチラチラと、俺を見てくる。
「なんてエチエチなんだ! セクシーすぎる! 直視できん!」
言葉に、俺は俺を見る。
オムツに半ズボンにシャツ、靴は拾った。
ごく普通に見える。
「貴様! なんて破廉恥な格好なんだ! ここは通学路! 子供も通るんだぞ! 親御さんがビックリしたらどうするつもりだ!」
言われて初めて俺は隠れた事実を知る。俺は、セクシーだった。
「ゆるさん!!! 喰らえ七つの秘密武器がひとーつ! きんにくピンク!」
黄色い声を上げて突っ込んでくるマスコット、だが正面からの危険タックルは存在しない。受けて立つ。
ファイト! いっぱ〜い!
ガッヅリ!
硬い激突痛い。だが軽く押し勝てる。なんだこいつ雑魚じゃん。
思ったらマスコットの手が伸び俺の顔に触れる。
瞬間冷凍、顔面冷える。呼吸が刺さり、熱がガンガン奪われていく。まるで冷蔵庫だ。
「説明しよう! きんにくピンクとは! 見た目そのままで極低温にすることで肌に張り付き! 引っぺがしたらわー筋肉ピンクーとおいう親父ギャグなのだ!」
説明を聞きながら、眼球が凍りつくのを感じた。
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