『人の形をした膿』ペドドモ

 インターネットが普及して、携帯端末がお手軽になって、アプリでゲームができるようになった現在、それでも紙のトレーディングカードゲームは全盛だ。


 価値が変動しないとかイカサマがないだとか、後転売ができるとか、色々言われてるが、一番はこうして顔と顔とを突き合わせて戦う、臨場感がみんな好きなんだろう。


 雑貨ビルの半端に高い階、規則的に並ぶカラスケース、中にはびっちりとカードが貼り付けたれ、その間の長机で行われている決闘デュエルを見守っている。そんな店内は綺麗なのに臭いだけが人臭い。


 ここはカードショップ、男の楽園パラダイス、響き渡るシャッフル音、技名が木霊し、敗者は魂を抜かれる。


 ここは智を剣に、運を盾にして戦う闘技場コロシアムなのだ。


 そして今日も、公式戦が繰り広げられる。


「それではお願いします」


「お願いします」


「先行、後攻、ダイスでいいですか?」


「はいじゃあ、奇数なら先行もらいます」


「では」


 コロコロ。


「19。先行ですね」


「じゃあ降参サレンダーです」


「はい、ありがとうございました」


「ありがとうございました。まだ時間あるみたいなんでフリーでもう一戦、いいですか?」


「大丈夫です。あ、でも今度はコイントスでお願いします」


 いつもの公式戦だ。


「ッザケールナ!」


 バン!


「ンッダトコーラ!」


 バン!


 怒声と罵声、そして台バンが響きあう。


 34番テーブル、同じ公式戦、参加者同士がカードを捨てて睨み合っていた。


 片方は肩から何やらメカメカしいものを展開し、対する方も瞬きパチクリで魔方陣を展開していく。


 ……昔は、この国の決闘デュエルカジュアルだと言われてたと聞く。


 どんな試合であっても、少なくとも対戦相手が銃を持ってないんだと、当時のジョークだった。


 そんな時代、戻れるなら戻ってみたい。


 誇りカードを、ただの遊びと嘲るニワカども、ただの投資先と考える転売ども、ただのファッションと見下すコスプレども、真っ当に決闘デュエルしている人数の方が少ないのが現状だ。


 この国では、誠の決闘者デュエリストは数えるほどしかいないのだ。


 一縷の望みはEスポーツ、海外ではそれなりの成果と聞いている。それで盛り上がり、知名度と市民権を得られれば、人数も底上げされるだろう。


 だけど、この国では、難しいだろう。


「ケツカチカンダルワボーゲ!」


「アタマイカシタルワゴーラ!」


 エキサイティングしてく二人を見ながら、暗い未来しか見えなかった。


 ポン!


 小さな、だけども耳に残る破裂音、見れば店の入り口から黄色いボールが弾んで入ってきた。


 そして転がり、止まって、弾けた。


 バイーーーン!


 バネ、いや風船だった。


 音と出しながら大きくなって、ブサイクながら女の子の人形となった。


 キャータスケテーーキャータスケテーーキャータスケテーーキャータスケテーー


 人形がいきなり鳴り出す。


 オモチャかいたずらか、困惑する店内、その天井が突き破られた。


 ぱ~ぱーぱ~ぱーぱ~ぱーぱー♪


 崩れた瓦礫、潰れた、そして音楽、現れたのは鋼人ハガネだった。


 そのデザインは、一番安いの《コモン》のデカブツファッティ、限定戦でなら強いが構築では無用、無駄に細々と能力アビリティを持ってるが結果器用貧乏、といったイメージだった。


「プロパガンダーA! 女の子の悲鳴に! 参! 上!」


 形だけで魂のこもってないポーズを決めたコモン、その言葉に戸惑う。


 ここはカードショップだ。


 売り物は子供向けに見えて客は全員が成人男性、女の姿はカードのイラストか、スリーブか、プレイマットか、頭の中にしかいない。


 あの人形がそうだと言われても、それは登場と共に踏み潰された。


「あの、お客さん?」


 審判やってた店員が近寄ると、その鼻先に指を突きつけた。


「貴様! 我が秘密武器が一つ! おとりイエローをどこへやった!」


 困惑するしかない。


「おのれペドドモ! よくも仲間を手篭めにしてくれてたな! ゆるさん!! 喰らえ秘密武器が一つ! みずむしグリーン!!」


 響く声、静まる店内、そして何も起きなかった。


「……弾切れ。モブ隊員め、サボタージュとは、粛清せねば」


 そのわけわからない言い訳に、誰かが耐えきれず、吹き出す。


「…………今、笑ったのは誰だ?」


 急に変わった声のトーンに、やっとこの非日常が危険なものだと思い出した。


 だが、手遅れだった。


 コモンはガラスのショーケースを片手で掴むや、そのまま無造作に投げつけ、この店唯一の出入り口を塞いだ。


「これで誰も逃げられない。皆殺しだ」


 静かな脅しに、一瞬にして店内はパニックとなった。


 それでもデッキを回収してる間に、静かで暗い声が聞こえた。


「最後に、よいこの諸君、マズゴミは無視しよう。プロパガンダ―Aとの約束だぞ」


 言い終わるのとほぼ同時に、最初の一人が引き千切られた。

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