30. オレル ココロ


 「何があったんだ?」


 「....」


 紅蓮はこの状況を見てある程度察した。

 だが、忌助本人から事情は聞くべきだと考えていたが、忌助の状態から無理だと判断をして後始末を始める。


 まず、警備隊の玖郎と、一番弟子の琥珀を呼び、玖郎にはここの片付けを、琥珀には忌助を山小屋まで送り届けるように。

 そして紅蓮は茨木童子の気配がまだ少しだけ残っているのでそれを追う。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 あれからどうやって帰ってきたのか覚えていない。

 ただ、どうにかしてこの山小屋に帰ってきたんだろう。


 夜叉丸がさっきから話しかけてきてるが何も聞こえないし、聞きたくない。


 自分は散々鬼人を殺してきた。

 でも今回は違う。

 今回は他人ではなくて、短い、とても短い間だったけど友達だった。

 そんな友達を手にかけてしまったんだ。



 囲炉裏の炎はパチパチと音をたてながら燃えていて、見ているだけで気分が楽になる。

 否、ならないし、なるはずもない。


 ふとした事でまた思い出してしまう。


 認めたくないが、認めなくてはいけないこと。


 仲間を手にかけたという現実を。



 ※



 あれから二、三日経っただろうか。

 未だに気分は優れない。

 それにそう簡単に優れるとも思っていない。



「忌助、大丈夫か? って聞くのはよくないよな」


「....」


「明後日が第二試練だけど棄権するか?」


「....」


「また来るからな、明日は鈴とか連れて」


「....」




 自分が今何を考えていたのかすらわからない。


 あの時の刀で斬り落とす感覚、あの時の血の色を忘れられない。

 忘れたくてもすぐに思い出してしまう。


 そして気がついてしまった、心の奥底にある人を殺した時の快感が。


 これを気がついてから、人と会話をするのが怖くなった。

 殺した時の快感を思い出し、また殺したくなるのが怖いんだ。


 だが、自分の心はそれを欲している。

 それを望んでいる。

 それを渇望している。


 だから自分はまた人を殺しかねない。

 そして自分は自分じゃないなにかになってしまう恐怖がある。



『別にそれはいいんじゃない?』


 それは堕ちろと言っているのか?


『そうは言っていない。けど、君は堕ちはしないからね』


 なんでそう言い切れる。


『なんでって? そんなの簡単だよ。僕が君のその欲望を喰らってあげるから』


 そんな、事が、できる、のか?


『あぁ、もちろんできる。鬼は人の欲望を喰らう。鬼はそのために人の欲望を大きくさせようとする。でも僕は君に負けてそれが出来ないんだ。出来るのは君の欲望を喰らうことだけ』


 欲望を喰らうことだけ。 


『明日は君が一目惚れした鈴も来るんだろ?』


 な、な、な、なんで‼

 ひ、一目惚れなんてしてないし?


『強がる必要は一切合切ない。僕は君の気持ちが手に取るようにわかる』


 ....うっわ。


『おい、引くなよ。流石にそれは悲しくなるだろ?』


 ....うっわ、うっわ。


『チッ、元気になれたようだな。忌助の欲望は今僕が喰らった。だから気にしなくていいからな。そしてあの茨木童子とかいう生意気な鬼をボコしてやれ』


 もしかしてだけど、自分を助けたのって?


『もちろん。あの生意気な茨木童子が気に食わなかったからだ』


 おい、夜叉丸が優しいって思った気持ち返せよ。


『いやー、感謝されるって悪くないな。結構美味だったゼ‼』

 何が美味だよ、クソ。

 でも、まぁ、ありがとな。




 ※



 昨日で気持ちの整理は終わった。

 後悔はたくさん残ってるし、過去がなにか変わるわけでもない。

 ただ、前には進もうと思う。


 あの時の、人を殺したくなる気持ちがなくなっただけでも本当によかった。



「おーい、忌助。わざわざ朝早くから来てやったぞ。起きてるかー、ってうわぁ‼」



 ながつきは山小屋を開けて早々に驚いた。

 それもそのはず、忌助が食事をしていたからだ。



「大丈夫なのか、忌助? とうとう壊れたのか?」


「んな失礼な。ずっと食べて無さすぎてお腹がペコペコなんだよ。それと吹っ切れた訳ではない。夜叉丸のおかげでなんとか乗り越えられた? って感じだ」


「そうか、それはよかったけど....なんでそんなに?」


「だってながつき達がくるみたいだから。食べるか?」


「いや、まぁ戴くけど」



 ながつき達が、ながつきと鈴と朱音が山小屋に入る。



「ここが忌助くんの」


「なんか凄いねっスね」


「それに必要最低限の物しか置いてない」


「凄いっス」



 鈴と朱音にも一応ご飯をあげる。

 そしたら嬉しそうに食べてくれた。

 なんでもながつきが早すぎて朝食を食べられなかったらしい。

 まぁ、なんとも。



「これ何が入ってるの?」


「こ、これはねぇ、山で採れた山菜とかと川魚、それすいとんと味噌だよ」



 夜叉丸のせいでなんか気になってしまう。

 夜叉丸のせいで。



「あんまりこういう料理は食べないな」


「私もっス。こんな豪華なのは初めてっス」


「えっ‼」


「えっ?」



 鈴が驚き、それに朱音が驚く。

 こんなのが豪華なのだと‼

 ながつきの家の方がもっと豪華だと思うよ?



「あっ、私の家がお寺なのでいっつも質素なご飯ばっかなんス」


「なんだ、そういうことね」



 皆で美味しく食べて少し談笑する。


 そしてアレを、



「ごめん、自分は空を手にかけてしまった」


「でもそれは――――」


「――――うん、いいんだよ、鈴。確かに空は鬼人になってしまった。それでも、それでも自分は空を殺してしまったんだ」



 自分の言葉を聞いて皆沈黙する。



「どうすればよかったんだろうな?」



 別に答えが欲しいわけではないし、答えがでないのもわかっている。

 でも、こう言いたくなってしまう。



「未だに殺すのが最善だったのかわからない。もしかしたら鬼から治す方法もあったのかもしれないし」 



 でも心の奥は言っている。

 そんな都合のいい方法なんてこの世に無いと。


 茨木童子は強かった。

 同じ星の力を使えてたし、使いこなしてた。

 


「あまり重く考えなくていいんじゃないんスか?」


「朱音?」


「人はいずれ死ぬっス。それはもちろん悲しい事っスけど、同じ過ちを、次こそは仲間を守ればいいんじゃないっスかね」


「なにが言いたいんだ?」


「忌助くんは強くなる、強くなれる力があるっス。もちろん私にもあるっスけど、私が言いたいのは、奪われたなら奪えばいい、今度はこっちの番だからって事っス」


「へっ?」



 朱音の話が斜め上をいってたので、ついマヌケな声がでてしまった。



「おじいちゃんが言ってたっス」


「えっと....朱音の家ってお寺だよね?」


「そうっスけど?」


「それでおじいちゃんが言っていたと」


「そうっス」


「そのお寺大丈夫なんだよね?」


「全然大丈夫っスけどなにか問題でもあるっスか?」


「いや、大丈夫。朱音のおじいちゃんがちょっとアレだってわかったから」



 皆の顔を見合わせる。



「ちょっと何がアレなんスか?」


「いやー、ね、ながつき」


「そうだなー、鈴」


「そ、そうだねー、忌助くん」



 朱音の質問に三人は顔をそらしていく。



 そんなこんな話ていると夜になってしまった。



「じゃあ忌助、明日は参加するんだな」


「うん。次は失敗しないから」



 そんな挨拶をして皆を見送る。

 その時の鈴に白いもやがかかっていた気がしたが気のせいだろう。


 友達と話をするのはなにかしら気が楽になる。

 今日は有意義な時間を過ごせたと思う。



『気分はどうだい?』


 ありがと、夜叉丸。

 殺したいって気持ちはなくなったよ。

 それがなくなっただけでも本当によかった。


『でも罪悪感は消えない』


 うん、それは自分が一生背負っていくものだから。


『強くなったね。風馬を殺されて鬼人になりかけたのに』


 うっ、それは一生の汚点だ。


『それと....ッ‼』


 これは鬼の気配か?


『でも人の気配も混ざってる』


 鬼人でもなさそうだ。


『鬼人もどきかな』



 鬼人擬の気配を辿り山小屋を飛びだし、山を下る。



 そして見つけたら鬼と被害者は....。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る