15. アクリョウ


 「あの忌助って子に接触したみたいですね茨木童子さん」


 「そうだよ。でも君もだよね? 熊童子」


 「それは酒呑童子さまのご命令です。くれぐれも接触は避けるように」


 「別にそれくらいいいでしょ?」


 「酒呑童子さまに逆らうつもりですか?」


 「いやいや、そんなつもりはないけどね」


 「私はこれで失礼します」



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 琥珀くんとの修行五日目。

 と思ったら、まだ日が昇らない内に起こされた。

 物凄い顔をした師匠に。



「起きろ忌助、殺すぞ」


「はい‼」



 半ば脅されて目が覚めた。

 師匠なら本当に殺しかねないから恐ろしい。

 琥珀くんも驚いている。



「茨木童子が出たというのは本当か?」


「は、はい。相手はそう名乗っていました」


「紅蓮さん、その茨木童子ってなんの鬼でしたっけ?」


「先代の紅蓮流剣術の師、を殺した鬼だ」



 師匠は悔しそうに言った。

 そして師匠は誰に聞かせるでもなく語りだした。



「あれは雨の降る日だった。

 俺は仕事で暴走して鬼人になったやつを倒しに行ったんだ。

 最初の方は上手くいっていた。

 何も問題はなかったはずなんだ。

 あと少しの所まで追い詰めた。

 どこで間違えたのかわからないがアイツが来た、茨木童子が。

 そして茨木童子は周りの鬼の子達を次々に殺していった。

 もちろん俺も狙われた。

 が、その時に師は助けてくれた。

 師の命と引き換えにしてだ。

 俺だけが生き残った。

 茨木童子は逃げていき残ったのは師と仲間たちの死体だけ。」



 今の師匠には暴走しても可笑しくないほどの霊力が集まっている。

 それだけ悔しくやるせないんだろう。

 大事な人をなくす気持ちはわからなくはない。



「まぁだから俺は茨木童子を殺したいんだ」



 今までで一番怖い顔だっただろう。


 ただ今は顔を上げる事が出来ない。

 なぜか、それは自分は山小屋じゃない畳の部屋にいるからだ。

 そして目の前にはあの鬼の、茨木童子の気配がある。

 何がどうなっているのかがわからない。



「顔が俯いているけどどうしたのかな?」



 茨木童子が聞いてくるが無視を決め込む。

 すると空気の流れが変わり見たこともない竹林の中に来ている。

 これも茨木童子の鬼能なのだろう。



「ほら、顔を上げたら?」


「なんのようだ」



 茨木童子を睨んで言い放つ。

 茨木童子はどう見ても人間だった。

 ただ額に歪な角があるくらい。



「なんのようと言われても、私は君に会いに来ただけだよ」



 嘘だ。

 なんかわからないけど嘘をついているのを感じる。



「嘘だ、って思っているみたいだね。その通りだよ。私は君が欲しいと言ったらついてきてくれるかな? と言ってもまだ私も動けないのだけれどね」


「何が言いたい」


「簡潔に言おう。鬼の王になるために君が欲しいんだ」


「鬼の王?」


「そう。と言っても時間がないから失礼するよ」



 またも、消えていた。

 そこにいたのか怪しいくらいだ。

 辺りは山小屋ではなく、修行している川にいた。

 いつからここに来たっけ?



「大丈夫? 忌助くん」



 山小屋の方から琥珀くんと師匠が走って来た。



「師匠、また茨木童子です」


「チッ」



 師匠は舌打ちだけして山の中に消えていった。

 流石に死なないだろうけど心配だ。



「紅蓮さんなら大丈夫だよ。そんな事より何があったの?」


「茨木童子曰く、鬼の王になるために自分を利用したいとのことです」


「うん、わからないことだらけだからあれだね」


「今日の修行はどうするんですか?」


「今日の修行は自由でいいよ。もし、鬼の討伐に行くならついていくよ」



 そう言われたので今日は鬼の討伐に行くことにした。

 村から村へ。

 町から町へ移動するも、鬼や悪霊の気配はない。

 平和でいいことはいいが、修行の意味がない。


 五つ目の村に向かっている時に一人の少女に出会った。



「助けてください。村が....村が」



 少女は傷だらけの体でここまで、見ていて痛々しい。

 この怪我でここまでこれた事は凄いことだ。

 琥珀くんにこの少女を預けて村へ向かう。



 村についたときに驚いた。

 最初に目についた村の入り口には下半身がなくなった人の死体が転がっている。

 村の中にも下半身のない死体がそこかしこにある。


 ソイツはそこにいた。

 下半身がなく手は鎌になっている。

 テケテケと音を立てて手で歩いている。

 童顔の笑顔な女の子。

 

 そして目があった。

 女の子は物凄い速さでこちらに向かってきている。

 テケテケテケテケ音を立てながら。



「こい、夜叉丸」



 刀を呼び出すだけで精一杯で鎌の攻撃を防ぎながら隙を狙う。

 女の子は器用に片方の鎌を立てて背丈を同じにしてくる。

 鎌の速度は遅い訳でも速いわけでもなかった。



「鬼の型 爆流炎」



 女の子の肩口から袈裟斬りにする。

 そのまま女の子の体は炎に包まれて灰になった。

 あれは悪霊だ。

 確か「テケテケ」というヤツで、家の外でその名前を言うと家に帰るまでに殺されてしまうというのがテケテケだ。

 多分村に連れてきちゃってそのまま村人全員....。


 そうだ、琥珀くんたちは。



「大丈夫ー? 忌助くーん」



 琥珀くんたちの所に戻ろうと後ろを向くと琥珀くんはいた。

 ただおかしな事がある。

 あの少女がいないということだ。



「琥珀くん、あの少女は?」


「あれもアクリョウだったんだよー」


「?」


「それでさー、その子がさー」


「琥珀くん? なんだよね」


「そうだよー。って言いたいけどニセモノってバレちゃったみたいだねー」



 琥珀くんはあんなに語尾は伸ばさない。

 それにここまで禍々しい霊力はない。

 琥珀くんの姿が崩れて真っ黒くなった。

 否、その悪霊の体は誰かの怨み辛みの言葉で形どっている。

 文字幽霊とでも呼ぶべきか。



「いやー、バレちゃったからねー。どうしようかねー」


「何が狙いで何者なんだ?」


「なにがねらいかー? それはねー」



 ダメだ。

 文字幽霊のしゃべり方は乱してくる。

 早めに片付けて琥珀くんの所に行こう。



「きみたちにんげんをー」


「鬼の型 爆流炎」



 文字幽霊と自分の声が重なり斬りつける。

 が、斬った感覚がない。

 水を、滝を斬ったような感覚だ。



「まだひとがしゃべっているさいちゅうだよー。まぁにんげんじゃないけどー」



 やっぱり斬れていない。

 あの悪霊に核はあるのか?



 夜叉丸、なにかいい案。


 『そんな事を言ったって幽霊とかには詳しくないよ』


 そうなのか?

 それはごめん。

 でも、じゃあどうすれば?



 文字幽霊は動かず様子を伺っている。

 一体だったのが二体。

 二体だったのが三体と増えていく。

 どんどん増えていく。

 そして囲まれる。



「それだから風馬を助けられないんだ」


「そんな力で近づくな」


「人殺しの鬼ー」


「こっちにくんな、鬼が」


「目障りなんだよ」


「それじゃあ誰も救えないよ」

 


 文字幽霊は口々に自分の心を見透かして貶してくる。

 蔑んでくる。

 悪口を言ってくる。

 罵倒してくる。



「夜叉丸、助けてくれ」



 夜叉丸に呼び掛けても返事はない。



「どうしたんだ? 夜叉丸。助けてくれよ」



 一向に返事はない。

 そもそもここはどこなんだ?

 自分はいったい何者なんだ?


 ――――――――――――――――――――――――――――――

 ――――――――――――――――――――――――――――――


「忌助くん、起きて。起きて、忌助くん」



 その琥珀くんの声で夢から覚めていく。

 自分はテケテケを倒した村にいた。

 文字幽霊のいた村にいた。



「よかった。結構魘されてたよ。それと鬼がいたけど逃げちゃった」


「鬼、ですか?」


「そう。黒くてなんか靄がかかっている鬼」



 そう言われて思い出した。

 あの人工的な鬼も黒くて靄がかかっている鬼だった。

 多分同じだろうか。

 能力は夢かなんかだろう。

 あんな夢は二度と見たくない。



「少女は近くの村に預けて助けに来たら忌助くんが横になってて、鬼が近づいて来てたんだ」


「ありがとうございます」


「聞いた話、忌助くんが倒した悪霊は無実の罪で殺されてしまったらしい。何でも冬場の物凄い寒い時に切断面が氷で止血されて痛みによる怨みで悪霊になったぽいんだよ。こういう事例は他にもあるから似たような物だよ」



 だからだろう。

 村人全員の下半身がなかったのは。

 でもこれでわかった。

 あの黒くて靄がかかっている鬼はとても危険だ。

 できるだけ関わりたくないな。

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