05. コワレル オト

 

 自分の大事な物が壊れる。

 壊れる時は一瞬の出来事だ。


 大事な物が壊れる夢をみた。


 大事な物が壊れる音かした。


 大事な物が壊れる臭いがした。


 自分の心のなにかが動いた気がした。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 夢から目が覚めると朝になっていた。

 着ている服は汗で濡れていてしまっている。

 あれは悪夢だった。

 鬼が自分の中にいる事がわかった。

 それを意識するだけで人を殺したいという衝動にかられる。

 鬼の欲望が漏れている。


 着替えをして外に出てから技の練習を始める。

 石に向かって刀を振り下ろす。



「紅蓮流剣術 死」



 鬼との会話を忘れるために集中する。



「紅蓮流剣術 死」



 すべてを忘れるために練習する。



「紅蓮流剣術 死」



 技を完成させるために集中する。



「紅蓮流剣術 死」



 強くなるために練習する。




 何度素振りを繰り返したか。

 太陽が真上にかかるときその技は成功した。

 やっと、やっと技が完成したんだ。



「紅蓮流剣術 死」



 石に刀が触れることなく真っ二つにする。

 これでやっと技を一つ覚えたことになる。



「おっ? やっと覚えたようだな。後の技は鬼を従えないと出来ないからな」


「鬼を従える?」


「そうだ。心の中にいる鬼を飼い慣らさないと次の段階には進まない。だけどこれはやる」



 師匠は二つの、赤色と青色の巻物をくれた。

 片方には炎、もう片方には氷と書いてある。



「それは紅蓮流剣術の火の型と氷の型の説明が書いてある。鬼を従えてからそれを見て練習しろ」


「これで修行は?」


「終わってない‼」



 まだまだ修行は続くみたいだ。

 やっぱり修行は川でおこなわれた。

 刀を抜き師匠に斬りかかるが、それをすべて受け流される。

 隙を見つけては斬り、隙を見つけては斬っているがなかなか当たらない。

 逆に自分は今の数十分くらいで傷だらけになってしまった。



「よし。そろそろ俺の技を見せてやる‼ こい、金獅鬼。風の型 追い風」



 師匠の鬼、刀を呼び出して技を発動させた。

 刀に霊力が流れだし風を起こし始めた。

 その風に引かれるように自分は師匠の刀に突っ込んでしまった。



「あぶねぇだろ‼ そこは避けろよ」


「ごめんなさい」



 師匠はギリギリで刀をひいてくれたので当たりはしなかった。

 が、その代わりに拳骨を喰らうはめになった。

 師匠が技を使わなければよかっただけじゃ?



「そうだ‼ 師匠の鬼能は何ですか?」


「鬼能?」


「鬼の能力で鬼能です。わかりやすいでしょ」


「そうか? まぁいいか。俺の能力は[風読み]と[大地の声]だ。

 [風読み]は風の流れを見て操る事ができる。

 [大地の声]は大地から色々な力を借りれる。主に回復で使うけどな」


「なら自分の[複製]はどんなのかわかりますか?」


「いや、知らないな。なんせその能力を持ってた奴は弱かったからな」


「そうなんですか?」


「あぁ。能力は、鬼能は死ぬと次の鬼に自動的に継承される。それでその鬼能の持ち主は弱かった。鬼だったがな」



 いまいち[複製]の効果がわからない。

 もしかしたら鬼が知ってるかもだけどそう簡単に会えないからな。

 その後も夕方までボコボコのズタズタの傷だらけにされて一日の修行が終わった。



 ※



 それから何日経っただろうか。

 その日は台風がやって来た。


 夜、雨の音がする。

 結構強い雨が降っている。

 そのまま雨の音で、深い、フカい、ふかい眠りに落ちていく。



 ピシッ‼



 夢の中で音が聞こもえる。

 皹が入る音が。



 パリーン‼



 割れた。

 大事な物が割れた。

 それが何かはわからない。


 気分が悪くなってきた。

 夢の中なのに夢じゃないような。

 体が動かず水の中に入れられたような。

 燃え盛る家の中に閉じ込められているような。

 天高くから凄いはやさで落下し続けているような。

 体全体を虫たちにまさぐられ蹂躙され続けているような。



「はっ‼ 夢か」



 目が覚めても気分が悪いままだ。

 体もなんか重たい。

 外は雨の音がうるさく頭に響いてくる。



「大丈夫か?」



 師匠が起きて聞いてきた。

 起こしちゃったかな?



「すみません。なんか気分が悪くて」


「そうか、これでも飲め。それは兵糧丸だ」



 飴玉くらいの薬を飲む。

 少しだけ体が楽になった気がする。

 無駄に疲れたせいですぐに眠りについた。



 目が覚める。

 まだ雨は降り続けているが修行はいつも通りやる。


 雨の影響で川の水はいつもより増していて足がとられやすい。

 刀で師匠に斬りかかるがすべてあしらわれて斬りかえされる。

 雨で傷口は染みるのでいつもより辛い修行だ。

 師匠は自分に容赦なく傷をつけていく。

 そして全回復させるとまた始まる。

 そして傷だらけになる。

 更に全回復させてまた始まる。

 それを太陽が紅く染まる夕方まで続けた。

 雨だけど。



 師匠は町に用があると行ってしまった。

 一人で山小屋に帰る。


 山小屋に帰ると何やら置き手紙がある。

 赤い血で文字が書かれている。



『拝啓 雨が降り続く嫌な季節がやって来たがどうお過ごしかな?

 今夜、って書いてもこれを見ている頃は夜なのかな?

 君は鬼を従えようとしてるみたいだね。そう簡単にはいかないよ。いや、いかせないよと書いた方が正しいかな?

 そんな事はどうでもいいとか思ってる頃でしょ。

 私は茨木童子っていうものですけど知らないよね? 簡単に説明すると鬼なんだね。鬼って言うのはね、ってそろそろ本題に入った方がいいかな?

 今宵、貴方さまの家を襲わせていただきます。 敬具。』



 手紙にはそう書かれている。

 理解がなかなかできない。

 否、理解したくないというべきか。

 今宵は今日の夜中....。

 その場合風馬が危ない‼

 すぐに向かわなくては。

 幸い師匠はこの前の事件ので町に行っているのでまだ帰って来ないだろう。

 急いで山小屋を飛び出して家に向かう。

「風馬が危ない」と頭の中でグルグルして焦りが大きくなる。



『僕の力を使ったら? そうしたら速くつけるよ』



 鬼の声が聞こえる。

 鬼はとても魅力的な言葉を言っているが聞くわけにはいかない。



『本当にそれで間に合うのかな?』


「うるさい‼」



 自分は大きな声で叫んだ。

 気がつくと町に入っていたようで周りが何事かとこちらを見てくる。



『ほらほら。そこら辺の人を殺せば爽快だぞ。楽しいぞ』



 物凄い人を殺したいという衝動が漏れだしている。

 あそこを歩いている綺麗な女性の首を斬れば気持ちよさそうだ。

 いやダメダメ。

 そんな事をするわけにはいかない。

 はやく行って風馬を助けるんだ。



『まぁいい。いずれ君は僕の事が必要となる時がくるから....』



 その言葉を最後に鬼の声は静まった。

 あと少し、あと少しで家につく。

 雨の影響で服はびしょびしょで視界は悪い。

 ただ家から煙が上がっているのが見える。

 家に近づくにつれて逃げている人の量が増えていく。

 人の波に逆らうように進むがなかなか進まず焦れったい。

 あと少しなのに....。




 やっとの事で門の前まで来ることができた。



「これで全員逃げたのか?」


「いえ、まだ風馬が残っているかもしれません」


「そうか....気の毒だが――――」



 ――――もう聞きたくない。

 お父様たちが話していた....なんでお父様は風馬を助けない?

 なんでほかの人も助けようとしない?


 風馬が危ないので急いで屋敷に入る。

 辺りは家の燃えている匂いと鬼や人の血の臭いが要り混ざりいい状況とは言えない。

 急いで風馬の所に向かう。

 そして風馬の部屋のふすまを開けると鬼が武器を振り終えたところだった。



「き....すけ?」


「まだ人間が残っていたのか」



 風馬は上半身と下半身が離れていて今声をかけられたのが不思議なくらいの怪我だ。

 鬼は醜い笑みを浮かべて近づいてくる。



「紅蓮流剣術 死」



 今までで一番綺麗な技だっただろう。

 今までで一番無駄のない技だっただろう。

 今までで一番速い技だっただろう。

 だがそんな事はどうでもいい。

 風馬が、



「大丈夫だからね。大回復霊術、大回復霊術。」



 血が止まらない、傷が治らない、体が繋がらない。

 治れ、治れ、治れ、治れ、治ってくれ。



「もう....いいよ。僕は....もう....もち....そうにない。忌助、大きくなったな」


「もう喋らないでいいから。治すからまって。止まって、血よ止まって」



 風馬は力ない声で自分を励ますように喋っている。

 喋れるのが不思議なくらいの重症なのに。

 お願いだからな治ってくれ。



「これを....」



 霊術をかけている手をとり黒く輝く宝石を握らせられる。



「これは?」



 風馬は最後の力を振り絞るようにして頭を撫でてきた。

 その瞬間涙が一つ、二つと流れだす。



「忌助....あり....が....と」



 それが風馬の最後の言葉だった。

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