03. ハジメマシテ


 初めて鬼を見た時はとても怖かったか。


 その禍々しい霊力、見た目、匂い、空気。


 そのすべてが狂っている。



 ただそれ以上に怖いものがあることを知った。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 今日も修行が始まる。

 川の上での師匠は水を感じさせない素早い動き。

 それに比べて自分は水に足をとられては師匠に斬りつけられる。

 そして傷口から血が垂れてくる。

 今は体のあちこちに斬り傷がある。



「よし、回復しろ」


「わかりました」



 師匠に指示された通り回復霊術を使う。

 最近は霊術が安定してきている。

 全身の傷を治癒し終えるとまた始まる。

 傷をつけられ、自分で回復する。

 油断していて腕を斬られたら、師匠が回復してくれる。

 また傷をつけられ、また自分で回復する。

 何度腕が落ちた事か、何度脚が落ちた事か。

 思い出しただけで震えてくる。



 ※



 木々が紅く染まる。


 川の水が凍り足場が悪い。


 野に花が咲き魚が活発になる。


 蝉が鳴き太陽が肌を焼く。



 やってきました年に一回の基礎学の日。

 今日は何をするのかな?

 と思うと、



「忌助くん、今日は私と組手をしてみないかい?」



 いきなりの提案だった。

 玖郎さんとの組手は興味がある。

 自分がどこまで通用するのか。

 玖郎さんがどのくらい強いのか。



「玖郎さんとですよね?」


「他に誰もいないよ」


「ではお願いします」


「よし、決まり。それじゃあどっからでもかかってきていいからね?」



 と山小屋から出て言ってきた。

 玖郎さんは呪詛を這わせた棒を構える。

 これが玖郎さんの武器なのか。



「では失礼します」



 自分は少し短くなった刀を構えてから斬りかかる。

 一振り、二振り、三振りと斬ろうとするが、すべて防がれてしまう。



「うん、はやさはいい感じだし力も強いね」



 打ち込むのに精一杯な自分に対して玖郎さんは余裕そうだ。

 一旦距離をとり、もう一度斬りかかる。

 刀と棒がぶつかると、どうやったかはわからないが刀を奪われてしまう。

 なんか蛇に絡まれたように奪われてしまった。

 玖郎さんは棒を少し回転させて刀を返してきた。



「ほらほら、もっと頑張れ」



 なら、と思い袖から呪札を5枚程だして玖郎さんに投げる。

 この呪札は起爆するので距離をとる。

 が、玖郎さんは器用に一枚一枚無力化していく。



「次はこっちから行かせてもらうよ」



 玖郎さんはその場から動こうとはしない。

 そしてその場で棒を振りかぶると伸びて自分のところまで来た。

 左右に逃げてもついてくる。

 伸びて伸びて追跡してくる。

 気がつくと伸びた棒に囲まれていた。



「まだまだだね」



 その言葉で棒の檻から解放される。

 玖郎さんは強かった。

 やはりこの人は凄い人なのか?

 わからないことが多すぎる。



 ※



 次の日からまた川の上での修行が始まった。

 師匠の攻撃がはやくて防ぐのが難しい。

 川の水に足をとられて派手に転ける事も少なくない。

 川の中の石は滑りやすく集中が必要だ。

 でも、脚や手を斬り落とす事はなくなった。

 それを成長と言っていいだろう。



 ※



 木々が紅く染まる。


 川の水が凍り足場が悪い。


 野に花が咲き魚が活発になる。


 蝉が鳴き太陽が肌を焼く。



 今日の基礎学は休みと玖郎さんから手紙が来ていた。


 もう自分は一二歳になるのか。

 入学試験まで残すは三年、なのに技とか教えてもらってないな?

 どうするんだろう?

 よし、聞こう。



「師匠、自分に技とか教えてくれないんですか?」


「まずは基礎が出来ないとだろ?」



 そうか、まだ基礎が出来てないのか。

 ならもう少し頑張らないとだな。



「でも次にいってもいいかな?」


「えっ‼ 本当ですか?」


「あぁ。俺の早さにある程度ついてこれてるからな。よし、外に出ろ」



 次の段階に進めるようになった‼



「今からお前には紅蓮流剣術 死。を教える。見てろよ」



 師匠は顔くらいの大きさの石に向かって刀を振るう。

 石に刀が当たらず、寸止めすると石が真っ二つになってしまった。



「刀は血がつくと錆びやすい。だから触れずに斬るのがこの技だ。やってみろ。昼からは昨日と同じように修行をするからな」



 師匠はあたかも簡単にやっていたが難しい。

 寸止めだと斬れず、力を込めるとあたって斬ってしまう。

 理論としては空気中の霊力を刃にのせて斬るらしい。

 それを知ったからと出来る訳ではないが。


 何度やっても成功しない。

 素振りを千回はしただろうか?

 昼になったので川での修行が始まる。



「そうだな。お前は俺の事をそこまで強くないって思ってるだろ?」


「えっ‼ そんな事思ってませんよ。急にどうしたんですか」


「お前に俺がどのくらい強いか見せてやる。そろそろ出てくればどうだ? 鬼ども」



 辺りを見渡すと鬼が出てきた。

 そう、囲まれていたんだ。


 てか、師匠の強さを疑ったことはないよ。

 逆に化物なんじゃないかって思ったことの方があるよ。



「お前、その顔はなんだ? まぁいいか。こい、金獅鬼きんしき



 その掛け声で師匠の手には一振りの刀が収まっていた。

 黄金こがね色に輝く綺麗な刀だけど、どこか闇がある感じがする。



「おい、鬼。お前らの目的はなんだ? って聞いても答えねぇよな。鬼の型 天変地異」


「俺たちは――――」



 鬼が何かを言おうとしてたがわからない。

 師匠の技でもういないのだから。

 鬼たちは体を浮かし見えない力に捻り潰された感じだった。



「鬼の血は毒だからってお前は大丈夫かだよな。ってお前腰抜かしたのか。そんな鬼が怖かったか」



 鬼は充分怖かったか。

 あの禍々しい霊力はとくに怖い。

 怖かったがそれ以上に師匠の方が怖かった。

 師匠から放たれる霊力は鬼の比ではなかった。



「立てるか? 本当に大丈夫か?」



 師匠の手をとり立ち上がるが、まだ少し膝が震えている。

 師匠は物凄い強い。

 それもそこら辺の鬼や悪霊では物足りないくらい。 



「師匠、今のって本気ですか?」


「いや、半分も出してないぞ」



 それを聞いておもわず絶句した。

 今の自分ではあの鬼一匹がやっとだろう。

 いや、一匹でも倒せるかな?

 それを意図も容易く....。

 師匠はどのくらい強いんだろう?

 それだけが頭に残った。



 ※



 川が鬼の血で赤黒く染まる。


 雪が降り世界が白くなる。


 野に花が咲き草木が喜んでいる。


 蝉が鳴き太陽が肌を焼く。



 修行を始めて八年という年月が経過した。

 とても長かった。

 師匠にボコボコの傷だらけにされる毎日。

 それで自分が強くなったかわからない焦燥感。

 なかなか出来るようにならない技。

 あと二年しかないのが短い。



 そして一年に一回の基礎学の日がやってきた。

 今日はお金の使い方として買い物に行くことになった。

 お金は師匠が出してくれた、太っ腹だ。


 玖郎さんと山を下りて町にでる。

 やはり町には人が多いからあまり好きにはなれない。



「忌助くん、紅蓮さんからいくら貰ったんだい?」


「えっとこれくらいです」


「あっ....あはは」



 ん? どうしたんだろう?

 これは1黒石貨こくせきかだ....。

 そっか、1黒石貨=100金貨=1,000銀貨=10,000銅貨=1,000,000石貨だから普通は銀貨1枚で欲しいのは買えちゃうのか‼



「これは多すぎますね。1黒石貨なんて――――」


「――――あまりそういうのは外で言うべきではないよ」



 そうか、人間全員みないい人とは限らないのか。

 誰かを殺したり盗みを働く人もいるんだった。

 なんでそんな事をするんだろう?


 悪霊に対策するための呪札をいくつか買い、霊術に耐えれる特殊な服をなん着か購入した。

 それはすべて家に送るようにして買い物は終了した。


 ドン‼


 反対から来た人とぶつかってしまった。

 謝りもしないなんて酷い人だな。

 あれ、お金が....なくなってる?

 後ろを見るとぶつかってきた人が走って逃げている。

 クソ、盗まれたんだ。



「まて‼」


「どこ行くの忌助くん?」


「お金を盗まれた。それを追いかける」


「抑えてね」



 玖郎さんが何かを最後に言っていたが聞こえなかった。

 自分は全速力で追いかける。

 犯人との距離は一瞬にしてゼロになり犯人の足をかける。



「忌助くん、抑えてねって言ったじゃん」


「ごめんなさい」



 犯人は何回転かして地面にのびてしまってる。

 とりあえずお金は取り返す。



「お父さん?」


「あれ、りんじゃないか‼ お買い物か」



 な‼ なんて可愛いんだ‼

 玖郎さんのことをお父さんと言っていたということは娘さんかな?



「あら、その子があなたが言っていた子?」


「そうそう、この子が紅蓮さんの弟子だよ」



 もう1人来たが、この人は玖郎さんの奥さんだろう。



「初めてまして、愛六忌助といいます」


「ふん‼」


「こら、鈴。ちゃんと挨拶しなさい。ごめんね忌助くん」



 玖郎さんの奥さんは優しくそう言ってくれた。

 僕はなにか悪い事したかな?

 なんでこんな嫌われてるんだろう?



「じゃあまたあとで」


「はい。頑張ってね、あなた」



 そう言って別れた。

 なんであんな鈴って娘さんに嫌がられたんだ?

「なんであんなに鈴は不機嫌だったんだ?」と漏らしていたので玖郎さんもわからないのか。


「よし、連れてくか」



 玖郎さんは犯人の首を持ち担ぎ上げる。

 これからこの犯人は町奉行に連れていくらしい。

 そこでは玖郎さんは凄い尊敬されていた。

 玖郎さんって何者なんだ?



 帰りはとくに何もなく山小屋に帰った。



「師匠、余ったので返します」


「それやるよ。そんくらい別にいいから」



 いいからってまだ90金貨は残っているんだよ?

 流石に一三歳にこの量は大金だって。

 まぁいいならいいかな。


 その日、忌助は一三歳にしてはあり得ない量のお金を手にいれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る