第32話 エピローグ

 目を覚ますと、俺は保健室のベッドの上に寝ていた。側にいたのは神妙な面持ちの真希だった。真希は俺が目を覚ましたのを見ると顔をそむけながら話しかけてくる。

「だ、大丈夫?」

「まあ、そうっぽいな」

 試しに体を動かしてみるが異常はない。お腹ももう痛くないし変な頭痛やめまいもない。真希は顔をそむけたまま続ける。


「一応気になるだろうから報告しておくと、試合には私が勝ったことになったらしいけど、辞退したわ。私の中では完全にあんたを封殺しないと勝ったことにはならないから」

「……」

「他の人は色々言ってたけど、私としてはパンチが一発当たるとかよりもああなる方が負けたって感じがするし。……見られたってことはある意味で守り切れなかったって訳だし、そもそもパンチして勝つのはレギュレーション外だし」

 そして少し沈黙した末、

「まあ、いい加減あれ以外の勝ち方見つけなさいよ、とは思うけど!」

 真希乃の顔が赤くなる。

「面目ない」

 何となく雰囲気に押されて謝ってみる。


「ま、いいわ。岩倉ってやつは一人ごねていたけど魔術研究会の会長が『そもそも私たちが負けてるべき戦い。これで正しい形に戻ったのです』って言ってそれで収まったわ」

 まあそうだな。最初から最後まで何も正しくはない戦いだったが。

「本当に、出来るなら戦いたくはなかった」

「でもま、負けたけど楽しかったわ。じゃ、また今度ね」

 一瞬だけ俺の方を向いたときに笑顔が垣間見える。結局、彼女も超能力を思う存分使えて楽しかったのだろう。何か思いの他身近に超能力者はたくさんいたが、超能力者は孤独だ。だから俺も真希の言葉を否定しない。

「出来るなら今度は戦わない形で会いたいんだが」

「は? そんなの無理に決まってるでしょ。あんな負け方を三度も繰り返してはいそうですかって終われる訳ないんだから。覚えてなさい!」

 真希は俺の言葉を一蹴するとすたすたと保健室から出ていった。それについては真希の言う通りなので俺は何も言えない。俺は苦笑いで真希を見送るのだった。


 それから程なくして賑やかな足音ともに保健室のドアが開き、超能力研究会の四人がやってきた。

「無事だったか?」「大丈夫ですか?」

「ああ、大したことはなかったみたいだ」

 口々に投げかけられる心配の声。俺の答えに皆はほっとした表情をする。皆の表情は一応今回の試合が勝利に終わったからだろう、どこか明るい。そんな表情を見ていると俺の心も勝利の実感でじんわりと温かくなってくる。この面々のほっとした表情を見て俺は初めて自分が勝利したことを実感する。

「おめでとう。今度は私の居場所なくならなくて良かった」

 佐倉さんに至っては涙ぐんでいる。

「本当にこれで負けてたら俺もう生きていけなかった」

 先輩も責任を感じているのか、珍しく殊勝な態度である。俺も勝ったことによる安心感から気がおおらかになる。

「気にしないでください。それにみんなのおかげです」

 そんなちょっとしたやりとりが無性にうれしい。……龍凰院の言葉を聞くまでは。


「ところで先輩、最後どうやって勝ったんですか?」

「え」


 そこで俺は思い出す。そのときは必死のあまり後のことまでかんがえてなかったが、あの状況を客観的に見るとあと一歩のところまで肉薄した俺が真希の鉄拳でノックアウトされたようにしか見えない。それなのに真希は“負け”を宣言した。どうしてそうなったか気になるのは必然だろう。そして真実を知る俺としては絶対に口に出すことは出来ない。

「確かに、彼女に聞いても頑なに教えてくれなかったな」

 神流川も首をかしげる。まあ、そうなるだろうな。

「新手の超能力か? 殴り倒した後に真希は気づく。あいつを殴り倒したはいいが、髪飾りがはらりと落ちる。あいつは私に殴り倒すまでに私を斬ることが出来た……みたいな」

 先輩が得意げに妄想を披露する。もうそれでいいやと思うぐらい格好いい設定だが、残念ながら真希のサイドテールを縛っていた髪飾りは試合後も落ちていなかった。ここで格好いい言い訳でも思いつけば良かったのだが、残念ながら俺にそこまでの発想力はなかった。


「まああれだ、人はみんなこうされたら負けかな、みたいなことがあるんだよ」

「なるほど……で、それは?」

「拳を交えた者同士だけの秘密だ」

 俺の答えに、皆納得いかなさそうな表情を浮かべる。

「……次の活動は真壁の査問会だな」

 神流川が不穏なことをぼそりとつぶやくと皆一斉に同調する。

「そうですね、ところで苦肉の計って知ってますか」

 苦肉の計は他人を痛い目に遭わせて口を割らせる計ではない。

「私も知りたいな。今までの戦いのことだって詳しくは教えてくれてなかったし」

「というか、そろそろ俺に超能力を教えてくれ」

「……まあ考えておく」

 そう言えば勝ったらルナ様が協力してくれるんだったな。次の活動はルナ様を連れてきて魔法の話でこのことはうやむやにしよう、そんなことを考える俺であった。

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超能力研究会 今川幸乃 @y-imagawa

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