第31話 VS真希
「では三戦目を開始します」
山下が気まずそうに言う。野次馬たちもあれこれ言っていたが特に信念がある訳でもないので三戦目が始まると普通に注目している。
真希はしばらく俺のバケツを怪訝な目で見つめていたが、やがて考えても仕方がない、というふうに視線を上げる。
「それなら私から行かせてもらうわ」
真希の表情に気合が入る。彼女ははったりとかブラフとかをあまり使わなさそうだから今ので能力を発動したのだろう。彼女の操る物体は目に見えないから対処しようがない。だとしたら、目に見えるようにすればいい。それが神流川の策でありこのバケツでもある。俺はバケツの口を覆っていた布をとると中に入っていたスコップで小麦粉をすくい、真希乃の方へばらまく。すると小麦粉はまっすぐ飛んでいかず、真希乃の少し前に壁のように広がった。
「おお……」
観客からは歓声が上がる。おそらくは俺のやり方に対する感動ではなく、不可視の物体が見えるようになったことへの歓声だろう。
「へえ、小麦粉を使って私の能力を可視化するなんてなかなかやるじゃない」
「違うんだ、俺の能力は小麦粉が周囲に散らばってないと使えないから仕方なく……」
一応反則負けにならないよう言い訳をするが真希はそんな俺を冷ややかな目で見つめる。
「そろそろそういう茶番やめてくれない? この期に及んで誰がルール気にしてるって言うのよ」
まあそれはそうだけども。
「それに、そういうせこい手とか色々使って、全力を尽くしたあんたを叩き潰すから価値があるんでしょうが」
何か格好いいことを言う真希。その台詞を聞いた岩倉は気まずそうに体育館からそそくさと退散した。しかし、それほどまでに俺に対抗意識を燃やしていたとは。俺は勝った(?)とはいえ実力の差は認識していたのでそんなに気にしてなかったが、真希の方は実力で勝っているからこそ気にしていたのかもしれない。
「まあでも、せっかく見えているんだから存分に見せてあげる」
すると真希乃の前にあった小麦粉の壁は変形し一mぐらいのドリルのような形状になる。そしてドリルはゆっくりと、でも人が走るぐらいの速度でこちらに向かってくる。
「うお」
小麦粉がまぶされていて見えるからこそ避けるのは容易だが、俺が避けてもすぐに軌道を変えてこちらに向かってくる。小麦粉がなければ即死だったと考えれば儲けものだが、このままでは俺が疲れるだけだ。ちらっと真希の方を見たがこの力を使って消耗している様子はない。普通こういう能力を使ったら消耗しそうなものだが、ドリルはさっきの壁に比べて小ぶりだし動きも遅いので省エネなのかもしれない。
真希はそんな俺をじっと眺めている。過去二度の不覚のせいか、圧倒的実力差にも関わらず慢心はない。正直そんな状態の真希乃にこの反撃が通じるかは不明だが、真希は俺が遠距離攻撃してくるとは思っていないはずだ。
俺はドリルの追撃から逃げ回りながら真希から離れた位置に向かう。これで真希乃はもしかしたら気が緩むかもしれない。そして目にもとまらぬ速さ(自己評価)で佐倉さんからもらったお札を取り出すと真希に投げつける。
「捕縛せよ。急急如律令」
お札からは縄のようなものが出てきて真希に向かって広がりながら飛んでいく。真希は一瞬驚いたような顔をする。が、すぐにお札は真希のすぐ目の前で見えない壁に当たって地面に落ちる。
「な……」
「ふふ、驚きはしたけど私も防御くらいは張っているわ。それより、後ろ見なくて大丈夫?」
真希の言葉で俺は今自分と隣合わせの危機を思い出す。俺は自分の策が破れたことがショックで今自分が置かれている状況を忘れていた。不意にがつん、という衝撃と共に背中に焼けるような痛みが広がり気が付くと俺の体は宙を舞っている。そう思った直後には体育館の地面に叩きつけられていた。
「いってぇ」
かなり痛いが死ぬほど痛いという訳ではない。速度が遅かっただけあって威力もそこまでではなかったらしい。それよりも今の一撃の余波は思わぬところに現れていた。
俺の手を離れたバケツもまた宙を舞い、幸運なことに真希乃の護身用防壁に小麦粉をまき散らしながら命中したのである。この物体がどういう性質なのかは不明だが小麦粉がくっつきやすいらしく、真希のいるあたりだけ四角い柱のようになっている。そして俺の背中に一撃入れたドリルはそのまま動きを停止した。ということはあのドリルは自動追尾的な何かではなく真希が目で俺の姿を追いながら操っていたということになる。
さて、俺は実験がてら停止しているドリルに触れてみる。ドリルはその場に停止しており少し触った程度では動かない。真希が動かしていないとき彼女が作った物体は停止状態にあるのか。まあそうでなかったら落下している訳だし当然か。一方の真希は防御を解くことを警戒しているのか、しばらくは四角柱になったまま動きを見せない。しかしこのままでは埒が明かないとみたのか四角柱を展開して壁の形にする。そして数秒後、壁が消えたのか小麦粉はぱらぱらと地面に落下した。真希は普通に立っているので新しい四角柱を作りなおしたのだろう。
「ちょっとアクシデントはあったけどまた予定通り追い回してあげる」
真希乃の言葉通り再びドリルが微妙な速度で俺を追い回してくる。俺は作戦失敗の疲労と先ほどのダメージで消耗している。かくなる上は、少し早いがあれを使うか。俺は龍凰院からもらった包みを走りながら開ける。
『会場の南東に立ち、上から垂れる糸を引くこと』
「南東ってどっちだよ!」
思わず俺は突っ込んでしまう。町中とかならまだしも、体育館の中でどっちが南東とか考えたこともない。とはいえ上から垂れる糸を引くということは糸が垂れているはずである。そう思って探してみると、ご丁寧にも見えにくいように透明の糸が垂れさがっていて小麦粉がついているのが見えた。……小麦粉ばらまかなければ絶対に気づかなかったぞこれ。
なるほど、と思い俺はドリルをかわしながら糸を目指す。そして糸を引いた。何も起こらないな、と思ったのも一瞬。すぐに水がびしゃっと真希乃の上に降り注いだ。
「ちょっと、何これ!?」
真希乃は怒声を上げて上を見る。するとそこには体育館の天井の梁にくくりつけられたバケツがあった。龍凰院のやつ、この袋に入れた謀ごっこをするためだけに一体いつからこんなもの準備していたんだ。
それはそれとて、突然水を浴びせられた真希は見るからに怒っていた。袖で顔をぬぐい、服のすそをぎゅっと絞ると鬼神の形相でこちらを睨みつけてくる。
「こんなことするってことは……覚悟は出来ているんでしょうね」
「……」
怒っている真希には悪いが、俺は全く別のことを考えていた。今上から浴びせた水が真希にかかったということは透明な壁は地面と垂直にしか張られておらず、上は無防備だったということである。今の攻撃で上にも防御を張るのかもしれないが、張り直せるぐらいなら最初から張っているような気もする。とすれば勝機があるのは上だ。
「試合だから少々痛い目に遭っても恨まないでね」
真希の言葉と同時にドリルがもう一つ現れる。そして先ほどまでの三割増しぐらいの速度で俺の方に向かってくる。何とかかわすものの、二方向の攻撃を避け続けるのは辛い。俺の方も勝負に出ることにした。俺は先ほど落としたバケツを拾うと、中に小麦粉が半分ほど残っていることを確認する。
「行くぜ、最後の決戦だ!」
俺は叫びながら真希に駆け寄ると再び小麦粉をばらまく。先ほどバケツを落としたときと違い、今度は明確に意図を持って周りにばらまく。
「またそれ?」
周囲には小麦粉がもうもうとたちこめ、かなり視界が悪くなる。真希は呆れたようにつぶやくが奇襲を警戒して防御態勢になっているのだろう、動きはない。
俺は意を決してジャンプすると真希を囲む壁の上からダンクシュートの要領でお札を投げ入れる。といっても、真希は背が低いのでダンクシュートよりはよっぽど簡単だが。
「捕縛せよ、急急如律令!」
もらったお札はこれで最後である。だから成功してくれ、と強く思いながら俺は叫ぶ。
「させるか!」
その瞬間、壁が動いたかと思うと俺の額にごつん、と衝撃が走る。真希も自衛策を講じたのだろうが、すでにお札は俺の手を離れている。これはもらった、と思った瞬間もう一度俺の額に衝撃が走り、意識が遠のいた。
俺は夢を見た。
夢の中で真希は例の物体を手の周りにまとわりつかせ(と言うと格好いいが、映像としては手の周りに小麦粉が舞っているだけである)、お札から出た呪力の縄をつかみ取った。そして倒れている俺を勝利の笑みで見下ろす。短い夢だったが、神の視点でその夢を見ていた俺は気づいた。必死のあまりそこまで気が回らなかったのか、真希の周囲の壁がなくなっている。
「今だ!」
俺は叫ぶとともに意識を取り戻した。今の現象が何なのかはよく分からない。俺の予知夢能力がもっとすごい未来予知に進化したのだろうか。だが、そんなことは今はどうでもいい。俺は真希を倒す!
「うおおおおおおおおおお!」
気絶していたはずの俺がいきなり起き上がって突進してくると勝ち誇っていた真希の表情が変わる。
「間に合え!」
「させるか!」
真希乃が壁を作ろうとする。予備動作とかがないので本当にそうしようとしているのかは分からないがこの状況ですることはそれしかないはずだ。そして俺の方も壁が出来る前に真希を倒さなければならない。もうお札もないし、本当に倒すしかない。対する真希もここで俺の攻撃を防げばあとは近距離から能力で攻撃するなり俺の周りに壁を作るなりして勝ちが決まるだろう。そして俺の肉薄と真希乃の防衛。早かったのは……
真希だった。
俺はすさまじい勢いで見えない壁にぶつかる。が、ここまで来てそれで諦めきれる訳がない。本当に真希は薄壁一枚隔てたところにいる。
「くそ、くそ、くそ!」
俺は拳が痛むのも構わずに壁を拳で殴りつけるが残念ながら意味はない。
「くそ、これまでだって言うのかよ!」
俺は天を仰いだ。そしてふと前を見て気づいた。薄壁は本当にぎりぎりのタイミングで間に合ったようで、ほぼ真希の体に密着して張られている。そして真希乃の体は龍凰院の策略により濡れている。つまり真希は濡れた衣服で透明の壁に密着しているも同然で、俺はそのすぐ近くにいる。結果として、真希の下着が透けて見えた。
「ピンク」
「死ね!」
すぐに強烈な衝撃が腹の辺りを襲ったかと思うと俺の体は宙を舞った。意識を失う直前に俺が見た景色は鬼の形相で拳を突き上げる真希の姿だった。お前、超能力の攻撃より今の拳の一撃の方が痛えよ。そして俺は今度こそ気絶したのである。
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