第28話 炎村先輩の冒険 Ⅱ

「全く、いい加減にして欲しいよ。さっきもこの辺りで不審者を一人見つけたところなのに」

 警察官はぶつぶつ言いながらも炎村を近くの交番に連れていく。

「例の通報の人、連れてきましたー」

「おお、ご苦労だった」

 交番の奥には警察官の上司らしき人がいて、先ほど警察官が言っていた不審者と思われる人物を取り調べている。

「な……」


 その人物こそが炎村が探し求めていた佐倉のストーカーであった。この人物を見た瞬間、突然炎村の頭脳はフル回転を始める。彼の人生において頭脳をフル回転させるべきところはもういくつも通過してきてしまっているが、それはこの際置いておく。そして炎村は考えた。過程に多少の食い違いはあったが、目標は発見した。後はこいつの家を探すだけである。となればこいつと一緒に釈放されなければならない。一緒に釈放されるためには知り合いであったとみなされるのが一番いいだろう。


「おお、探してもいないと思ったらこんなところにいたのか!」

 炎村はまるで旧知の人物を見つけたかのように親しげに呼びかける。相手はさすがに一瞬、誰? という表情を見せたがそこは早く取り調べを終わらせたいという気持ちがあったのだろう、すぐに同じく旧知の人物と再会したときの表情を作る。


「おお、田中じゃねーか。元気だったか?」

 田中じゃねーよ、余計なこと言うな、と思う炎村。すぐに警察官の表情も疑問に変わる。

「あれ、君の学生証には炎村って……」

「そ、そうだ。俺の本名は炎村だがあいつとチャットするときは田中ってハンドルネームだったんだよ」

 は、チャット? また訳の分からん設定を……とストーカーが思ったかどうかは不明だが、ここは話を合わせなければならない。そしてストーカーはこれまでしてきた供述と整合性をとらなければならなくなる。

「全く、お前がこの辺にいるって聞いていたからうろうろしていたらストーカーと間違えられたよ」

「奇遇だな。俺もお前がこの辺に来るって言うから探していたんだ」

 頑張って話の大筋を合わせようとする二人。しかしいきなりこんなことを言い出したので二人の警官は首をひねる。

「先輩、この人さっきまで人探しとか全く言ってなかったんですが」

「一応こっちは人探しとは言っていたが……」

「そ、そこはほら、俺たち人には言えない趣味の仲間なんです。ネットで同好の士が集まる掲示板で知り合ったっていうか……」

「ほう、どんな趣味なんだ」

 上司っぽい警官が炎村ではなくストーカーの方を向く。

「う……」

 答えに詰まったストーカーがちらりと炎村の方を見る。自分で考えたんだから自分で言え、というように。そして炎村が口を開こうとしたときだった。

「いや、言わなくていい。お前たち、同時に趣味を紙に書け。もし一致していたら君たちはただオフ会に失敗しただけだと認めよう」

 上司がにんまりと笑って言う。


「「な……」」


 絶句する二人。当然ながら二人が適当に話を合わせながらしゃべっていることに警官も感づいてはいた。凍り付くものの何かは書かなければならない。炎村は必死で考えた。そう、彼は今までの人生で危機に直面してこなかったため頭脳を遊ばせていただけかもしれない。下手すれば逮捕に発展する以上、ここは全ての知恵を振り絞って書かなければならない。

 そう思うと彼の頭脳はそこらの平凡な人物以上に回転していた。二人の唯一の共通項は佐倉である。が、佐倉を観察する同士ではやはりストーカーで逮捕される。他……はあるじゃないか。やつは呪いを使い、俺は超能力を求める。後はどういう表現を使うかだが……

「どうした、早くしろ」

 警官にせかされて炎村はえいやっと紙に書く。ほぼ同じタイミングでストーカーも渡されたペンを置いた。

「では見せてもらおう」

 警官が楽しそうに宣言し、二人の紙がめくられる。


炎村:他人を呪う方法の研究

ストーカー:復讐したい相手を呪う方法


「やったー!」

「よっしゃー!」

 拳を天に突き上げて喜ぶ二人。普通に考えて本当に同好の士だったら互いの書いていたことが当たっていて喜ぶはずはないのだが、警官は落胆のあまりそういうことにも気がつかずがっくりとひじをついた。

「く……警官として二言はない。お前たちは釈放だ。だがもう二度とストーカーまがいのことはするなよ」

「はい、もうしません」

 浮かれたストーカーがぽろっとまるで今までストーカーをしたことがあるかのような発言をするが、うなだれた警官はいちいち注意しなかった。こうして、その後簡単な手続きの末二人は解放されたのである。


「どこの誰だか知らんが助かった、ありがとう」

交番から十分に離れたところでストーカーは炎村に戸惑いながらもお礼を述べた。

「いいっていいって、無実の人が冤罪で捕まっているのを見るのは好きじゃない」

「お、おう」

 ストーカーは何で俺が無実だと思ったのか、とかお前も捕まりかけていたじゃないか、とか色々思った(であろう)ものの通りすがった善意の第三者っぽい雰囲気を出そうとしている炎村にそれ以上の言葉はなかった。せっかく助かったのに、これ以上訳の分からないやつに関わらりたくないと思ったのだろう、


「それじゃあ」

 ストーカーは炎村に別れを告げて家路についた。しかしこれこそが炎村が狙っていた展開だった。もはや危機は去ったとばかりに不用心に歩いているストーカーをすかさずストーキングする。まさかストーカーは自分がストーカーされる側になるとは思ってもみなかったのだろう、炎村の特にうまくもない尾行にも気づかず鼻歌を歌いながら帰宅したのだった。


 しかしこの日からストーカーの人生は暗転した。彼が朝郵便受けを覗くと大量のビラのようなものが入っている。そこには、『お前が佐倉輝帆をストーカーしていることは掴んでいる』『お前は超能力者だ』『お前のことは常に監視している』などの嫌がらせ文章(たちがいいのか悪いのか真実ではあった)がぎっしり詰まっており、中に一枚『平和な暮らしがしたければ超能力を伝授しろ』という要求が書いたビラが混ざっていた。


 翌日からはその日ストーカーがしていた行動が紙に書かれて投函されるようになった。しかも紙に書かれた字は全て荒々しい手書きで、筆跡を見ると複数人にも思える。炎村は例の怪しげな人脈を使って人を手配してこれらの文章を書かせたらしいが、受け取った者から見れば恐怖以外の何物でもない。


 そんなことが数日あった後、見るからに憔悴しきったストーカーの元に炎村が現れた。くっと唇をかみしめるストーカー。

「いいやつかと思ったが、まさかお前がストーカーだったとは」

「ストーカーはお前もだろ。お互い様じゃないか。さて、いい加減例の呪いの使い方を教えてもらおうか」

「あ、あれはそんなみだりに教えるものじゃないし教えて使える物でもない!」


 ストーカーはそう言って抵抗を試みる。残念ながらストーカーの言っていることが本当なのか教えたくないから適当なことを言っているのかは私には分からない。かと言って警察に通報しようにも、自分にもストーカーをしてしまったという事実はあるしもし警察に能力のことを知られてしまえば面倒くさい。もし警察に超能力犯罪を取り締まる裏組織などがあった場合はどうするのか。嫌な想像は尽きない。

「そうか。だがこちらにも期限がある。教えないと言うならより教えてもらえる手段をとらざるを得ないな」

 そして炎村はさらにおぞましい手段をとることにした。勉強のために闇金融の漫画を読み、ドアをがんがん叩いたり、ドアに悪口を書いた紙を貼り付けたりした(さすがに自分で叩くのは怒られそうなので途中からアラームに変えた)。暇なときは必死で公衆電話から無言電話をかけ続けた(これもお金がなくなって途中でやめた)。


 そんなこんなで迎えたバトル前日。炎村はストーカーが疲弊していることを確信していたが、誤算だったのは割と自分も疲弊していたことだ。この戦いを続けたところで果たしてバトルに間に合うのか。仮にストーカーの心を折ったとしても(ちなみに炎村はストーカーが超能力を教えてくれないのは単に彼が教えたくないからだと信じていた)、バトルまでに自分が使えるようになるのか。

 心に迷いが生じたとき炎村の電話が鳴った。着信は真壁盈。一応同じ会にいるということで連絡先は交換していたが、連絡があるのは初めてな気がする。何といっても彼は自分のことを軽んじている。だが、それももうすぐ終わりだ。この呪いさえ覚えれば彼は嫌でも俺を敬わざるを得なくなるだろう。やはりこいつを屈服させなければ、折れそうな心を奮い立たせつつ炎村は電話に出る。

「もしもし」

『もしもし先輩、今例のストーカーとはどんな感じですか?』

「あと少しだ。あと少しで俺は待ち焦がれた超能力を手に入れるのだ」

『まあそれでもいいんですが……実はバトルに出るのは部外者でもいいっぽいんです。だから教わるのが無理ならその方に来てもらう感じでもOKです』

「ふん、心配せずとも俺が超能力を覚えてきてやろう」

 炎村にとってそれは無意味な妥協だった。それにここにくるまで払った犠牲もそれなりに大きい。だからもちろん応じるつもりはなかった。しかし追い詰められたストーカーは炎村が目の前で電話している隙を見逃さなかった。


(くらえ!)


 そしてすかさず詠唱を始める。電話に気を取られていた炎村はそれに気づかず猛烈な頭痛が襲う。

「くそ、やりやがったな……」

 炎村は頭を抱えて苦しむ。が、ここまでの炎村の執拗な努力は無駄ではなかった。精神的に疲弊していたストーカーは集中力が落ちていて、威力が下がっていたのである。

「うおおおおおりゃああああああ」

 炎村は左手で頭を抱えながら右手で殴り掛かる。

「ぐは!」

 ストーカーは炎村の必死の抵抗で詠唱を途切れさせる。しかしここで彼は思い至る。今さっきまで呪いが効いていた炎村相手になら戦えるのではないかと。

「うおおおおお!」

 こちらも猛反撃に撃って出る。そして二人の男による壮絶な取っ組み合いが始まった。


 そして。

「「はあ、はあ、はあ……」」

 結局、決着は着かずに二人はその場に倒れて荒い息をした。そして炎村は思い出す。自分が捨てた妥協という選択肢の存在を。そして今妥協することは今後妥協し続けることを意味しないということを。まあ平たく言えばストーカーをやめないということなのだが。

「提案がある。今から俺の言う通りのところで相手を倒すのに能力を使ってもらえればストーカーはやめよう」

「何だ」

「実は……」


 かくして、ストーカーこと本郷は炎村先輩の代わりにバトルに参戦することになったのである。

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