第27話 炎村先輩の冒険 Ⅰ

「こほんこほん、ではこれより二回戦に移りたいと思います。魔術研究会、三日月流奈! 超能力研究会は……本郷昌義って誰?」

「ふははははははは!」

 山下が困惑していると体育館の外から高笑いをしながら先輩が入ってくる。実は先輩の本名が本郷……とかいうオチではなく、先輩も真希乃と同じように黒マントに身を包んだ人影を連れてくる。

「そちらの助っ人作戦など予期していたわ! だがこちらはプロの師匠に来ていただいた! さあ本郷先生、やっちゃってください!」

「お、おう」

 人影は先輩のテンションに困惑した様子でマントを脱ぐ。その下からは佐倉さんストーカー事件の犯人が現れるのだった。


間章 炎村先輩の冒険 作:神流川奏

 さて、炎村樹先輩がストーカー男を連れてきた経緯については本人の口から聞くと時系列が滅茶苦茶だったり、先輩の自慢や感想や誇張が混ざっていたりと大変聞き苦しいのでここでは一応職業作家である私神流川奏が経緯を書き記す。先輩の話を整理して読みやすくし、適度に情景描写などを創作しながらまとめてみた。


 事の発端は数日前に遡る。異能力バトル三本勝負について聞いた炎村樹はその瞬間決意した。普段は心なしか同好会で邪険に扱われている自分だが、ここで力を発揮すれば自分にも超能力の素質があると認めてもらえるのではないか。そして生意気な真壁盈も自分に超能力を教えてくれるのではないか。そして自分を無視する他の同会員も自分を畏怖するようになるだろう。

 幸いにも炎村樹には心当たりがあった。そう、前回の佐倉輝帆ストーカー事件の犯人である。何しろ彼が使っていた遠くから呪いをかける術は自分が求めていた能力とも一致する。これで人知れずリア充カップルを攻撃出来るというものだ。やつらは愚かにも犯人を逃がしてしまったようだが、俺は絶対に再び捕まえてみせる。

 となればまず当たるべくは当然佐倉家だ。犯人は真壁盈に一度捕まったとはいえ何か刑罰を受けた訳ではなく、野放しにされていれば再犯に及ぶ可能性は極めて高いと言える。そこを捕まえて俺はやつらみたいなぬるい人物ではなく、超能力を教えてもらえなければ何でもやるという意志を見せつければ良い。そう、俺炎村樹はやつらのようないい子ちゃん集団ではなく闇の世界の住人なのだから。


 そんな訳で炎村樹は佐倉家のマンション周辺での張り込みを敢行した。張り込みの必須アイテムであるアンパンと牛乳を携え、マンションの近くを学校が終わってから深夜近くまでうろうろしていた。が、幸か不幸か数日間は例のストーカーは現れず炎村は無為に日を過ごした。


 異変があったのは四日目の日も暮れた後である。今日も空振りか、ストーカーのやつも一度見つかったぐらいでやめるなんて根性ないな、俺なら絶対諦めないのに、と思いながら紙パックの牛乳をストローで飲んでいる炎村に声をかける人物がいた。


「君、ちょっといいかい?」

「誰だ……てサツじゃねえか!」


 さすがの炎村も声をかけてきた人物が警察だと分かると驚いたものの動揺はしない。彼は超能力を持たない人物には卑屈にならないというポリシーがある。例え相手が警察であったとしてもそれは変わらない。

 一方の警察官はそんな炎村に対して苦笑いする。

「サツってねぇ君……まあいいや、ところでこんなところで何をしているんだい?」

「牛乳を飲んでいるように見えませんか?」

 炎村は淡々と答える。その姿は無駄に堂々としていた。

「いや、牛乳を飲んでいるようには見えるけどそれだけってことはないでしょ。ただ牛乳を飲むだけなら家とかで飲めばいい訳だし」

「別にどこで飲んだっていいでしょう」

 炎村が答えると警察官は盛大にため息をつく。

「それなら聞き方を変えよう。何で毎日わざわざここで牛乳を飲んでいるんだ?」

「……」

 炎村は言葉に詰まった。相手に卑屈にならないことと相手の言うことにうまく対応出来ることは全く違う。

「……ここで飲むのが好きだからだ」

 結果的に口から出てきたのは頭の悪い言い訳だった。でも、まだ毅然としたたたずまいは崩していない。

「君ねえ、またそんな馬鹿なことを。ほら、右手に持ってるのはあんぱんだろう?」

「まあ、あんぱんかあんぱんじゃないかで言ったらあんぱんですね」

「あんぱんと牛乳なんて今時張り込みのときにしか食べ合わせないよ。僕は張り込みの時でももっとおいしいもの食べたいけど」

 残念ながら頭の悪い人と話していると、その人まで頭が悪くなっていくようである。警察官の話題もそれかける。が、いらいらしていたのであろう警察官は強引に話題を戻す。

「大体ここ数日君があんぱんと牛乳持ってうろうろしてるって通報があったし、何か張り込んでいるつもりなのか? ていうかただのストーカーなんじゃないの?」


 ここで初めて炎村の感情が動いた。先ほど答えに詰まったときも一応困りはしたが目の前の警察官に対して困惑以上の感情を抱くことはなかった。それが今は激しい怒りの感情を抱いている。

「違う! 俺はストーカーなんかじゃない。俺はストーカーを捕まえるべく張り込んでいたんだ!」

「はいはい、つまりストーカーをストーカーしていたという訳だね。それなら署に来てもらおうか」

「くっ……」

 ここで炎村は自らの過ちに気づいた。確かに俺のやっていることはストーカーに対するストーカーであると。そして日本では相手がストーカーだからといってストーカーしていいという訳ではない。過ちを悟った炎村は大人しく署まで任意同行されることにした。

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