第26話 魅了VS不正 Ⅱ

 佐倉さんが岩倉に勧告する。彼女も謎の力を持っているが、公衆の面前でいたずらに力を使いたい訳ではないのだろう、と勝手に推測する。が、岩倉はそんな佐倉さんの意図を知ってか知らずか、なおもへっぴり腰で木刀を構え続ける。


「へ、どんな方法で防いでいるのか知らないが木刀がある分こっちの方が有利だぜ」

 こんなに負けそうな台詞を吐くやつも珍しい。佐倉さんはそんな岩倉の言葉を聞くとはあっとため息をつく。そしてポケットから次の紙のようなものを取り出した。さっきは急急如律令と言っていたし、あれはお札か?

「切り裂け。急急如律令」


 佐倉さんが唱えるとお札は矢のような形状に変形し、目にもとまらぬ速さで岩倉の方へ飛んでいく。あ、これは岩倉のやつ死んだのでは、と誰もが思った時だった。突然きん、という金属音のような音と共に矢の軌道がずれて岩倉の髪をかすめ、後ろにいた黒マントの人物の方へ飛んでいく。


 補足しておくと一応安全確保のため見物人は勝負に近づくことが出来ないようラインが引かれている。が、お互いの陣営の人々は勝負の場の後方で待機しているのであまり安全ではない。別に離れて見ていてもいいのだが、佐倉さんの謎のお札からは目が離せないし、第一こんな危ない能力が実際に使われるとは思っていなかったので近くで見学していたのだろう。


 そんな訳で危ない、と皆が思った瞬間。さらにきん、という音とともに矢は軌道がそれて本人ではなく黒マントのフードを切り裂いた。そしてまるでそういう演出だったかのようにフードがはらりとめくれてその下の素顔が明らかになる。彼女こそ出会ったのは最近なれど忘れもしない真希その人だった。

「ど、どうしてお前が!?」

 俺は出来る限り本当に驚いた雰囲気を装って声を上げる。いや、まさかこんな流れで彼女の正体がばれるとは思わなかったのでそれは驚いたが。


 俺が真希の存在を知っていた理由は単純である。今朝の予知夢にて俺はこの体育館で真希と対峙していたからだ。短い夢で勝負の具体的な内容は分からなかったが、大切なのは相手に真希がいるということと、俺と真希が対戦するということだった。

 これはどういうことかと言えば、この勝負は必ずしも同好会に所属している人間が出場しなければならないという訳ではないということ、そして俺たちは三本勝負のうち一敗するということがほぼ確定しているということだ。そこで俺は俺以外の二戦で勝てるように龍凰院の買収案を奥の手として確保しておいたのだ。次の戦いにも策はあるのだが、まあそれはそのときに分かるだろう。


 それはともかく、俺の声を聞いた真希は俺を見つめて不敵に笑う。

「ふふ、私はこんな同好会の下らない争いに興味はない。だが、お前に連敗したままいる訳にはいかない。今日全てを決そう」

「くそ、何てことだ……」

 俺は無感動に用意しておいた台詞を言うだけだが、周囲は見知らぬ人物の登場にざわついている。

「先輩あれ誰ですか? 連敗ってあの人に何かで勝ったんですか?」

 早速龍凰院が尋ねてくる。神流川もペンを持つ手を止めて俺の方を見つめてくる。

「まあ俺と彼女の関係は一筋縄ではいかないんだが……」

 俺が真希との関係をどう説明しようか考えていると、

「初期のころの曹操と劉備みたいな?」

 と龍凰院が例を挙げてくる。

「なんか近いような気もするしそうでもないような気がする……」

 俺の方が圧倒的に弱いけど何かライバルっぽい雰囲気になっているという点では似てなくもない。すると今度は神流川が口を開く。

「じゃあ元カノとか?」

「違う。そういう一筋縄ではいかない感じじゃない」

 ていうか劉備と曹操の関係は元カノに通ずるものなのか?


 そしてその後しばらく問答した末下着を見た云々のことだけ伏せて素直に話すことにした。

「まああいつは超能力知り合いみたいなやつだよ。何か行きがかり上勝負するみたいになって何か勝った」

 その説明を聞いて龍凰院と神流川はそろって首をひねる。

「曹操と劉備に近いような気がする要素が分かりません」

「みたいとか何かが多すぎてよく分からないんだが……」

「そんなこと言われても俺もよく分からねえんだよ」

「にしても、確か君の能力はあれだったような……」

 さすがに近くに審判がいる前で「実は能力ないのに超能力知り合いに勝つってどういうことだよ」とも言えず、神流川は遠まわしな言い方をする。

「まあ、偶然は時に超能力をも凌駕するんだよ」

「その話は今度詳しく聞かせてくれ」


 何か食いつかれてしまったが予知夢が絡む上に俺がせこい上に、詳細を下着の話をせずに語ることは不可能だから絶対話す訳にはいかない。

「そ、そうだな。今は佐倉さんの勝負だ」

「絶対聞くからな」

 神流川が嫌な台詞を残したことが気にかかるが俺たちは試合に視線を戻す。すると試合の方は、俺たちが真希のことで盛り上がっている間に妙な雰囲気になっていた。


「おい、何か言うことはないのか」

 岩倉はしきりに山下の方を向いて涙目で何かを催促する。山下は苦渋の表情でそんな岩倉から視線をそらしている。

「ほら、今の何か危険だったし」

 岩倉はしきりに訴えるが、言うまでもなく先に危険なことをしたのは岩倉である。さすがの山下も目をそむけたまま首を振るしかなかった。が、そんな山下に今度は佐倉さんが声をかけた。

「ねえ山下君、今度ご飯食べにいかない?」

 そして艶然と微笑みかける。苦しんでいた山下にはそんな佐倉さんが天使のように映った……かもしれない。が、山下もよほど岩倉が便利なパシリだったのかそれとも単に可哀想になったのか佐倉さんの方を見ただけで何も言わず、何かをぐっとこらえたような表情をしている。

「大丈夫、山下君ならきっと正しい判断が出来る。自分を信じて」

 そしてあざとく胸の前で握りこぶしを作ってみせる。


「もう……」

 横で龍凰院は不服そうな顔をしているが、対照的に山下の表情からは徐々に迷いが抜けていく。そう、そもそも岩倉に味方する理由は個人的な理由しかないが、佐倉さんに味方する理由は二つもある。そもそも、木刀はやっぱりだめだということにするか、これ以上戦いを続けると(岩倉と見てる人が)危険だから佐倉さんの勝ちということにするか。

「自分の心に素直に生きれば、それが正解だと思う」

 いずれにせよ、真っ当な判定を出すだけでこんなにあざとかわいい佐倉さんと食事に行ける(?)のだ。


「勝負あり、勝者は超能力研究会の佐倉輝帆!」


「やったあ!」

 佐倉さんは右手を天に突き上げて無邪気に喜びを表す。

「おめでとう!」

 真っ先に駆け寄っていく龍凰院。

「良かった、私みんなとの居場所を守れたよ」

 二人はしばらく抱き合って喜びあい、俺と神流川は微笑ましく見守る。山下は何か思っていたのと違う、みたいな微妙な顔をしているがまあ彼もこのことから何かを学ぶのではないか。俺が色々聞きたいと思いつつも二人で喜び合っているのを邪魔するのは悪いかなと思っていると、その横を神流川が抜けていき佐倉さんに近づいていく。


「今のは何だったんだ?」

 さすがマイペースな神流川だ。

「あれはただの護符だよ。私が『真実の光』にいたとき、一部の人に怒られていたって言ったでしょ? そのときに危ないからってもらったんだ」

 佐倉さんはあっけらかんと言う。

「そんな気軽なものではないと思うんだが……というかこの世界実は超常的な現象で溢れ過ぎなんじゃないか?」

 神流川は頭を抱える。が、佐倉さんは照れ笑いを浮かべて言う。

「大丈夫。本当は護身用に持っておこうと思っていたけど、この超能力研究会にいればそんなの必要ないから。ね?」

 佐倉さんがにこっと神流川に微笑みかけると神流川は嫌そうに顔をそらす。

「ふん、いつか水無瀬鏡を超える大作家になって発売日被せて話題をかっさらってやるからな。覚えておけよ」

「うん」

 佐倉さんはそんな神流川の照れ隠し(だと俺は思っている)にも笑顔で頷く。本当に気を抜くとやられてしまいそうな人物である。

 そんなことがひとしきりあった後、山下は気を取り直して咳払いして二回戦へと移ろうとする。

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