第15話 サークラ姫
さて、そんなことがあってから数日。俺たちはやってくるであろうルナ様とやらにあるいは期待に胸を弾ませ、あるいは戦々恐々としながら日々を過ごした。ちなみに、本間耀は相変わらず学校には来なかったし、俺は緊張して本間茜に連絡も出来なかったし、例の超能力少女と再会することもなかった。先輩は時々謎の男たちにどこかへ連れていかれたり、龍凰院は「本家」から着信があって不機嫌になったり、神流川は何か書き物をしていたりと俺以外の人々は色々あるようではあったが、おおむね何もない日々であったと言っていいだろう。今日もそんなふうに何もない日々を過ごすのかと思っていると。
「すいません」
ドアが開いて、一人の女子が入ってきた。第一印象はその大きな胸と抜群のスタイルである。顔も大人びた雰囲気の中にどこか幼さを残すというツボをついたものだった。
「ようこそ超能力研究会へ」
正直普通の来客は初めてでどう対応していいのかよく分からないので俺はそう答える。すると彼女はにこっと笑って、
「君が真壁盈君だね。噂は聞いてるよ」
と手を差し出してきた。俺はされるがままに手をとって握手をする。が、他人と(それも女子と)握手したことはあまりなかったので動揺する。緊張しながら握った手は思いのほかやわらかくて俺はどきりとした。
ていうか一体どんな噂が流れているのだろうか。
「こほん、そ、それで今日はどんな用で?」
気まずくなったので俺は聞くべきことを尋ねる。ここで当たり障りのない話を続けられるような会話力はない。
「実は私、もしかしたら能力者かもしれないと思って」
「え?」
途端に室内に緊張が走る。彼女の言いぶりは自分に自信がなさそうで、自分の状況について確信が持てない様子が伝わってきた。そんな彼女は前に来た吉野のような能力をひけらかしてくる人物よりも超能力者であることの信憑性が高そうに見える。
「どういうことか詳しく聞かせて欲しい」
神流川はすかさずメモを片手にとる。
「そう言えば自己紹介がまだだったね。私は二年の佐倉輝帆。私も皆さんと同じようにオカルト関係のことが好きでそういう団体に入ることがあったんだけど、三回とも私が入ってからすぐ解散しちゃった。それで私には災厄をもたらす力があるんじゃないか、て」
「ふーむ?」
俺は首をひねって他のメンバーを見た。
「なるほど、彼女をリア充集団に送り込めば……」
先輩はいつも通り良くない妄想を口走り、
「まるで流浪してた時代の劉備みたいですね。きっといつかどこかの集団を乗っ取って国を興せますよ」
と龍凰院は分かるような分からないようななぐさめを口にし、神流川は俺と同じく首を捻っていた。
「解散といってもどのように? まさか曹操が攻めてきた訳でもあるまい」
神流川まで劉備の話を引っ張るか。が、佐倉さんはそんな我々にも笑顔で答えてくれる。
「皆さん三国志がお好きなんですね」
「好きなのはあいつだけだ」
俺が龍凰院を見ると彼女は「えへへ」と照れ笑いする。褒めてはない。
「うーん、私もよく分からないんだけど突然呼び出されて『お前のせいだ』とか言われたり、血走った目の方に告白されたり、なんか急にみんなの様子がおかしくなって、それで……あの、本当に私は何かの能力者なの?」
そう言って佐倉さんは神流川の手を握り、すがるような目で訴えかける。何で神流川なのかと思ったが、確かにこの中で一番頼りになりそうに見えるのは神流川だ。
「あ、いや、それはまだ分からないが……」
神流川は照れたように顔をそらす。普段のはきはきとした物言いの彼女からはとても想像もつかない。何か雲行きが怪しい。
「あなたでもいい。私が劉備だって言うなら劉備がどうやって厄介者から一国を興すまでになったか教えて」
そう言って今度は龍凰院の手を握る。普段はこういうとき水を得た魚とばかりに歴史知識をしゃべりまくる龍凰院だったが、今回は歯切れが悪かった。
「そ、それは……いい感じに劉璋をだましたからで、いや、でも優れた家臣を多く持ったからかも……」
佐倉さんに迫られてすっかり動揺してしまっている。こいつら女性に対する耐性低すぎだろ、と俺は自分のことを棚に上げて思った。神流川は小説を書いていることが多いからかあんまり友達が多そうな感じではないし、龍凰院も変人だからあんまり友達付き合いは多くないかもしれない。
そんな風に動揺する二人(ちなみに先輩のことは危険と判断したのか無能と判断したのか佐倉さんは先輩には近づかなかった)を見て俺は確信した。これは災厄をもたらす能力などではなく、いわゆる「魅了」「姫」という能力であると。俺が読んだ小説ではこの種の能力を持つ人物が人間関係をぐちゃぐちゃにしていた。おそらく、前にいた団体も皆が魅了されて人間関係が崩壊したのだろう。血走った目で告白されたとか言っていたし。
俺がくらってないのは多分俺が能力者だからだ。能力者は能力を受けないというのは時々あるパターンだ。しかしどうすべきなんだ? 俺は別にすごい思いやりがある人物ではないし思ったことはすぐ実行に移すタイプだが、さすがに本人に「あなたの能力は常時発動の魅了系で人間関係をぐちゃぐちゃにします」とは言えない。
どうしたものかと悩んでいると、横の方で会話が進んでいた。
「分かった。ではこうしよう。さ、佐倉はしばらくうちの会にいてくれ。それでうちが崩壊しなければ偶然だったということになる」
「でも迷惑じゃないですか?」
佐倉さんが上目遣いで神流川を見つめる。すると神流川は自信ありげに頷く。
「大丈夫だ。私がいる限り超能力研究会を崩壊なんてさせない。だから私を頼ってくれ」
「ありがとうございます神流川さん!」
そう言うと佐倉さんはがばっと神流川に抱き着く。神流川はしばし戸惑っていたが、やがて満更でもなさそうな表情に戻る。それを見た龍凰院はどこか不服そうな表情になっている。
早い、早すぎるこれは。すでに人間関係ぐちゃぐちゃになりかけてるじゃねえか。神流川にそんな一面があったとは。いや、これは能力だから仕方ないか。しかしこれが能力である以上神流川の言った方法では解決しない。何か都合よく龍凰院と炎村先輩が能力に覚醒して魅了が神流川にだけかかるようになればそれでもいいが、そんなぽんぽん覚醒出来るんなら苦労はない。くそ、一体どうする。こんなとき超能力に詳しい人にアドバイスを聞けたら……と思ったところで俺の脳裏に一人の人物が浮かんだ。
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