第14話 魔術研究会との邂逅


 さて、その後色々あって我々超能力研究会の設立は認められた。なぜこんなうさん臭い同好会が認められたかと言えば、人数が揃っていて部屋が余っているからである。当然会費は降りない。生徒会に対しては超能力についてまじめに考察する部と言って(別に嘘ではないが)、実際は超能力に関する情報を持つ生徒を募って、待つのが本業だった。

「しかし待っていたところで本当にそんなやつが来るのだろうか」

 無駄に広い空き教室で神流川がつぶやく。俺たちは特に机やいすを寄せるでもなくだらっと教室の中に座っていた。

「来る。いや、来てもらわないと困る」

 先輩は断言するが、そう言われても困る。

「まあそういう日もありますよ。太公望ものんびり釣り糸を垂らしながら周の文王を待ったんですし」

 龍凰院は長期戦の構えなのか、文庫の「三国志」を読み始めている。しかしあの龍凰院が今まで三国志を読んでなかった訳はないだろうし、聞いてみる。

「それ読むの何回目なんだ?」

「この作者のは一回目です。作者というか、訳者って言う方が正確かもですが。人によって描き方が違って趣深いですよ」

「そ、そうか」

 俺にはよく分からない趣深さだった。そんなふうに、もう誰も来ないのではないかという雰囲気が漂い始めたころ。


 突然、ドアがばーんと開け放たれて一人の男子生徒が入ってきた。見たことあるからおそらく二年だろう。そいつは俺たちを見るとふふんと鼻で笑う。

「お前たちが超能力研究会か。そんなものがあるなんて我が校も末だな」

「誰だ」

 俺たちは一斉に問い返す。日常生活でこんな芝居がかった台詞言うやつなんて…………まあいるか。こいつもよんどころない事情があるのだろう。


「俺は魔術研究会の吉野だ。超能力など魔術研究会の目が黒いうちは絶対に認めない」


「……」

 一様に「あー」という表情で沈黙する俺たち。すごいどうでもいい集団な気がするが、どうしたものだろうと目で尋ね合う。唯一、先輩だけが、

「まあ魔術研究会でもいいや。手から炎出す方法を教えてくれ」

 といつも通りのテンションで話しかける。すると吉野と名乗った男はふふん、と軽蔑の表情を見せる。

「これだから魔術の神髄を理解しない素人は」

「それはどうやったら理解出来るんだ」

 先輩が問うと、吉野は得意そうに語り始める。

「俺と魔術との最初の出会いは入学したときのマスター黒田との邂逅だった。マスターに魔術の世界にいざなわれてから……」

 吉野の話はそれから数分の間続いた。

「……それから半年の苦難の勉強の日々を経てようやくマスターからグリモワールを……」

 最初は熱心に聞いていた先輩もことここにいたって悲しみの表情になる。

「そんなに時間かかるなら超能力でいいや」

「何だと!?」

 得意げにしゃべっていた吉野の表情がすぐに憤怒へと変わる。

「やはりこのようなまがいものの同好会にいる者は性根が腐っている!」

「それでどうするつもりだ?」

 長話に耐えかねていた神流川がたまらずに口をはさむ。先輩の性根が腐っているという点については特に異論はない。

「魔法には大きく分けて三種類が存在する。森羅万象の力を使う精霊魔法、呪文や呪具などを媒介として発動する黒魔法、人の心の力をそのまま具現化する白魔法の三種類だ。俺がどの魔法を使うか知っているか?」

「なるほど、その設定はおもしろいな。今度ファンタジー小説を書くときは使わせてもらおう」

 神流川は質問を無視して急いでメモ帳にペンを走らせている。

「おいやめろ! 魔術の神秘を全世界に公開する気か。ふざけるな!」

 吉野は怒っているというよりは素で動揺しているように感じられる。だが公開されたくないことをべらべらと初対面の集団にしゃべったのはお前だ。


「ところで八門禁鎖の陣はその三種類だとどれに当てはまるんですか?」

 一方の龍凰院はそんな会話の流れを無視して逆に問いかける。吉野というやつも大概だが、誰か話を先に進めてやれよ。

「さあ……三国志演義の記述だけでは判断は難しいが、やはり儀式を用いた黒魔法ではないか? 俺の解釈だとあれは陣そのものを呪具として発動している魔法だ」

「なるほど、意外にしっかりした世界観を持っているようですね」

 龍凰院は世界観に感心している。しかし三国志演義の記述を元にまじめな考察を行うことは無理があるのではないか。

「そんなことはどうでもいいから俺の話を聞いてくれよ。俺は精霊魔法使いなんだよ」

「で、その話は同好会がどうとかいう話とどうつながるんだ?」

「要するにこんな同好会、俺の精霊魔法で潰してやるってことだ」

「ほう、どうやって」

 俺は興味を惹かれた。同好会を潰す方法ではなく、精霊魔法にである。正直こんな堂々と精霊魔法云々言ってるやつが本物だとは思えないが、魔術研究会が存在するという以上その中の誰かが本物である可能性は否定出来ない。そいつが同士を集めているのか、野良魔法使いを見つけ出すのが目的なのかは不明だが、魔術研究会の全員が妄想癖のあるやつだけとは思えない。そう考えると、こいつを挑発して本物の魔法使いを引きずり出せればいい。


「所詮、精霊魔法とかいっても手品やトリックの類だろう?」

 俺は安っぽい挑発を行うが、吉野は正面からそれを受けた。

「ならば見せてやろう」

 そう言っておもむろに吉野は窓を開けた。そして輪ゴムを取り出すと指に巻き付けて構える。

「何で窓を?」

「分からないやつだな。窓を開けないと風の精霊の力が足りないんだよ」

 やはりこいつは世界観構築だけはしっかりしている。

「シルフよ、舞え」

 そう言って吉野が手を離すと輪ゴムは一直線に飛んでいき、俺の耳元をかすめるかかすめないかぎりぎりのところを飛んでいった。見事な輪ゴム射撃の腕という他ない。吉野はしてやったとばかりに勝ち誇った表情をしている。

 しかしこいつにいくら口論をふっかけても確固たる世界観を持っている以上言い負かせるとは限らない。それよりもこいつに直接負けを認めさせる方法がある。俺はこの中で一番頭が良さそうな神流川の方をちらりと見ると窓の方をちらっと見た。そして吉野に向き直る。

「いや、今のは俺を狙って外したまぐれの可能性がある。今度は俺が的を設置するからそれに当ててもらおう」

「ふ、何度でもやってみせよう。その代わり俺の実力を見た以上まがい物の超能力などを研究するのはやめてもらおう」

「ならお前の力が魔法じゃないと証明出来たら今度こそ本物を連れてきてもらおうか」

「馬鹿なことを」

「おい、お前何を勝手なことを……」

 こいつ(炎村先輩)はいつも好き勝手なことばかり言っているが、今回ばかりは作戦にマッチしているので許すとする。

「ふ、何度やっても同じことだ」

 吉野は不敵にほほ笑みながら再び構えの姿勢をとる。俺は適当に消しゴムを机の上に立てる。

「どうぞ」

「行け、シルフ」

 吉野の指から輪ゴムが放たれ、見事に机の上の消しゴムを弾き飛ばす。再び吉野は不敵に笑った。

「見たか、我が実力を」

 が、それに対して俺は不敵に笑い返す。

「そうだ。これはお前の実力であって精霊魔法ではない」

「何を証拠に。これは大気中を漂うシルフが……」

 そう言って吉野は窓の方を見て愕然とした。先ほどまで開いていた窓は神流川によりこっそり閉められていたらしい。


「嘘だろ……いや、これは……うっ」

「残念だったな。だがその世界観構築のセンスは悪くない、小説でも書いたらどうだ?」

 神流川が勧誘するが吉野はうなだれていておそらく聞いていない。正直、「まだ教室内に残っていたシルフが」とか「今俺が吐いた息に含まれていたシルフが」とか粘られたら面倒だと思っていたが、思ったよりもあっさりと折れてくれた。世界観に対するこだわりが強い分、自分へのごまかしも出来ないのだろう。そう思うと吉野も筋の通った人物なのかもしれない。

「くそ、ならば望み通りルナ様を呼んできてやる。そしたらお前たちなんか負かしてやるからな!」

 吉野はお手本のような捨て台詞を吐くと走り去っていった。残った俺たちはほっと一息をつく。いや、まあ吉野を撃退出来なくても我々が解散させられるいわれは全くないので別に危機でも何でもなかったような気もするが。


「ありがとう神流川」

「礼を言われるほどのことはない。しかしあの程度ではおもしろくも何ともないな。まあルナ様とやらに期待だな」

「私は神流川先輩の駆虎呑狼の計、信じてましたよ」

 龍凰院はぐっと親指を立ててくるが、多分さっきのは駆虎呑狼の計ではない。あえて言うなら駆虎自滅の計とかだと思う。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る