第13話 幽霊会員 Ⅴ

 そんな俺たちの動揺を知ってか知らずか彼女は俺たちの方へ近づいてくる。フードで前が見えないせいか足取りは遅いが、さして広い公園でもないのですぐに俺たちの前に来る。そして顔を伏せたまま俺が持っている“秘密日記”を指さした。


「本間か?」


 俺はごくりと唾を飲み込む。するとフードの人物はこくりと頷いた。俺は逡巡する。この本人かどうかすら分からない人物にノートを渡しても目的は達成されない。まずは言葉でフードをとるように言うか。それとも先手必勝で手を伸ばすか。

 俺の逡巡をくみ取ったのか隣にいた神流川が動いた。彼女はさっと仮称本間耀に駆け寄るといきなりフードに手を掛けようとする。すると仮称本間耀は少し身をかがめたかと思うとすっと神流川を避けて走り出す。今のは素人がただつかみかかっただけだったが、仮称本間耀はまるで訓練されたかのような俊敏な動作である。そしてそのまま俺の方に駆け寄ってくる。

 俺は“秘密日記”だけは渡すまいと手を後ろに回そうとしたが、それより早く彼女が俺に触れたかと思うと、次の瞬間には俺が持っていた“秘密日記”は俺の手を離れ、宙を舞っていた。彼女はそれを当然のようにキャッチするとそのまま駆け出していく。

 呆然とする俺たちであったが、近くでキャッチボールをしていた龍凰院と先輩が追いかける。仮称本間耀は入ってきた入口とは逆の方向に向けて走っていく。


「あなたは包囲されています。止まってください。というか顔ぐらい見せてくれてもいいじゃないですか」

 龍凰院が声を張り上げる。

「残念だが公園の入り口に待ち伏せていたのは知っている。中からは見えないが、あれでは外からは丸見えだ」

 仮称本間耀は明らかに作ったと思われる低い声で言う。

「な……私の策が……」

 それを聞いて龍凰院が絶句する。確かに公園の中からは伏兵の姿は見えなかったが、外からやってきた仮称本間耀には丸見えだったらしい。よほど精神的にショックだったのか、龍凰院はそのまま地面に膝をつく。


 だが。


「かかったな」

 突然先輩がまるで自分が立てた作戦が成功したかのような笑みを浮かべる。仮称本間耀はそんな先輩の言葉をただの負け惜しみかはったりととったのだろう、そのまま公園の外へと向かっていく。

「今だ!」

 先輩が叫ぶと謎の男たちがいっせいに入口から現れて仮称本間耀の行く手を阻んだ。

「な……まさか両方の入り口に伏兵がいるなんて」

 動揺しているのか彼女の声は素に近くなっているが、残念ながら俺たちは本人の声が分からないので本人のものかよく分からない。とりあえず女子であることは確認出来た。


「ふふ、これが伏兵をわざと見せることで油断を誘う計です!」

 そんな彼女の様子を見て龍凰院も再び元気を取り戻す。それでいいのかよと思わなくもないが。何にせよ、本間耀は立ち止まって振り向く。

「仕方ない……要求は何だ」

「テレポートの仕方を教えてもらおう」

 近くにいた先輩が最初に叫ぶのを無視して俺はつかつかと前に出る。

「あなたが本間耀さんですか?」

 一応先輩なので丁寧語で聞いてみる。すると仮称本間耀はすっとフードを上げた。そこには写真と似た顔がある。引きこもっていたからか暗い印象を受けるが、顔立ちは整っていて奥ゆかしさを感じる。

 正直、こういう自己顕示欲の強い人物だからもっと暗い自信みたいなものに満ち溢れているのかと思っていた。


「私は本間耀の妹、本間茜」


「は?」

 彼女の言葉に俺は思わず聞き返してしまう。

「ですから私は妹です。姉は人前に出るのが嫌いだからこういうときは私に頼るんです」

「なるほど……」

「前にあなたのかばんに姉の入会届が入っていたことがありましたよね?」

 本間茜はそう言って俺ににっこりと笑いかける。俺は不覚にもどきどきしてしまう。

「確かそのときは本間耀さんは休みだった……」

「そう、それも私です」

 彼女の言葉に俺たちは絶句する。

「なるほど、欺かれていたのは私たちだったようですね。これが試合に勝って勝負に負ける、ですね」

 先ほどの元気もどこへやら、龍凰院は再び落ち込んでしまう。対照的に本間茜は囲まれたことに落ち込んでいたものの、今はこちらが動揺して余裕を取り戻したからかにこにことしている。

「それなら、教えてくれ。耀さんは本当にテレポートを使えるのか?」

「ふふふ、それは秘密です」

 本間茜はそう言って唇に人差し指を添える。その動作に俺は更なる追及を諦めた。それに、そもそも超能力者かどうかは他人に軽々しくしゃべれる問題ではない。

「なら、君も何か超能力使えるのか?」

 が、先輩は諦められないのかなおも食い下がる。

「それも秘密……と言いたいところですが一つお見せしましょう。ちょっと座ってみてください」

「お、おう」

 先輩は言われるがままに地べたに座り込む。年下女子の言うがままに座り込む先輩はかなり恰好悪い。


「フリーズ」


 そう言って本間茜は先輩の額を右手の人差し指で触れる。それを見て俺は猛烈に嫌な予感がする。これって……

「うわあああ、動けない!」

「……」

 悲鳴を上げる先輩と絶句する周囲。俺たちが言うべきか言わぬべきか呆然としていると先輩が連れてきた男たちがひそひそとしゃべり始める。

「これはだめだな」

「聞いてた話と全然違うじゃねえか」

「今回は一生の頼みと言われたから集まってみたが炎村はやっぱただの妄想狂だな」

 何て言われて召集された集団かは不明だが、とばっちりを受けたのはこの謎の集団である。そんな謎の集団に対して本間茜は再び人差し指を唇にあてる。すると男たちは一斉に呆れたようにため息をついた。それを見て本間茜はありがとう、と言うように微笑む。ちなみにその間先輩はずっと額を押さえつけられてじたばたしていた。

「解除」

 そう言って額を離すと本間茜は颯爽と去っていく。


「待ってくれ! 一体今のはどうやって……」

 先輩はなおも追っていこうとするが、今度は男たちが先輩を囲むようにずらっと移動する。

「話が違うじゃねえか」

「放課後にわざわざ呼び出していいようにあしらわれただけかよ」

「すいません、ちょっとこいつ借りていきますんで」

 最後の台詞は男のうちの一人が俺たちに向けて言った言葉だ。

「違う、違うんだ! こんなはずでは……」

 先輩はなおも抵抗するが、男たちの言い分は分かる。というか先輩のことはどうでもいい。俺は先輩を見なかったことにすることにし、本間茜を追う。何か勝った感じになっているが本間茜は馬鹿を一人いなしただけだ。

「ちょっと待った!」

「何です?」

 超能力のことならもう終わりですよ、とでも言いたげな表情で本間茜は振り向く。正直俺も何で追いかけたのかはよく分からなかった。ただ、後から考えた結果、これが“惹かれた”というやつなのだと思う。

「連絡先を教えてくれ。もしかしたら耀さんについて聞かなければいけないことが出来るかもしれない」

 が、本間茜は首を横に振った。

「いくら私に聞かれても、姉のことは秘密です」

「そこを何とか」


 その後しばらく押してみたが頑として本間茜は教えてくれなかった。去り際、本間茜は「今日は楽しかったです」と俺に手を振った。俺は複雑な気持ちで手を振り返した。

 さて、そんな別れがあった後に俺が戻ってくるとすでに先輩と謎の男たちはいなくなっていた。龍凰院も、

「世間には伏龍鳳雛のような策士がいるんですね……まだまだ精進しなくては。それでは、今日はこれで失礼します」

 と言って去っていく。伏流鳳雛も安くなったものだなと思いつつ、

「今日はこんなことに付き合ってくれてありがとう」

 俺は彼女に手を振って別れる。


 そして俺と神流川が公園の真ん中にぽつんと残された。神流川はずっと何かを考えていたようであったが、やがて俺に目線を合わせないままつぶやく。

「姉のことを知りたいだなんて、苦しいナンパの言い訳もあったものだな」

「……」

 ナンパの言い訳、という神流川の言葉が俺の胸にチクリと刺さる。彼女の言うように、俺の言い訳は苦しい。本間茜に恋しているというほどではないが、明らかに気になっている。そして連絡先を聞いてしまった、というのは否定出来ない。俺はミステリアス系が好きなのか。

「すまんな」

 一応、作戦中に勝手にナンパしてしまっていたので俺は謝罪の言葉を口にする。が、神流川はそれには興味なさげだった。

「ま、せいぜい頑張るといい。私はその手のことにはうといが、応援だけはしている」

「ありがとう」

 そう言って、神流川も去っていくのであった。

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