第11話 幽霊会員 Ⅲ
「ま、でも押すしかないんじゃないか?」
神流川が諦めたように言う。
「家の前まで来たら応対せざるを得ないだろう、それに我々はプリントも握っているんだ」
先輩は先ほどの失敗を忘れたかのように強気である。この人は本当に何も考えていないな。
「もし入れてもらえなかったら三顧の礼しましょう。劉備のようにめげずに訪れるのです」
「え、それは嫌なんだけど」
先輩が露骨に嫌そうな顔をする。本当に分かりやすいな。
「まあいい、押すぞ」
そうこうしているうちに神流川がインターホンを押す。
ピンポーン、という音がドア越しから聞こえてくるが応答はない。そのとき俺はかすかにかさかさという足音のような音が聞こえてきたような気がした。
「くそ、いないのか?」
先輩はいらだってドアをがちゃがちゃしようとして……そしてドアが開いた。
「は?」
「これが空城の計ですね」
ドアを開けるとそこには玄関の天井からぶら下がる一枚の紙が見えた。
『テレポートでいなくなったので留守です。すみません。 本間耀』
「何だと!? 俺もこの力があれば密室殺人も余裕で出来るのに……」
先輩は地団駄踏んでいるが、そんなことがあってたまるか。しかしこのメッセージはどう考えても不自然である。
「普通テレポートで逃げるにしてもこんなメッセージを残す暇があったら鍵をかけるからな。彼女はあえて部屋から姿を消すことでテレポートごっこを我々に見せつけたかったのだろう。しかもこのマンションは一カ所に階段とエレベーターがあるだけだから、インターホンで応答した直後にこの階から出ていこうとすればすぐ分かるだろう」
本間耀の部屋から階段とエレベーターのあるところにはそこそこ距離があり、メモを残してダッシュしている間に我々が到着してすれ違うはずだ。俺たちは階段を登ったが、エレベーターも停止していた。つまり彼女はおそらく家から出ていない。一応三階の他の部屋に匿われている可能性はあるが。
「どうせ窓から外に出たとかだろう」
そう言って神流川は家に上がっていく。いや、上がっていくのかよ。
「空城の計というのは入ってしまえば意外と何とかなるものです」
龍凰院のアドバイスはどうでも良かったが、少し悩んだものの一人上がってしまった以上死なばもろともという考え方もある。それに、確かにこういう訳の分からないことをする本間耀という人物に対して興味がない訳ではない。
「お邪魔しまーす」
結局俺は会ったことすらない先輩の家に上がることになってしまったのだった。
本間家は普通の家で、ドアの鍵が開いていた以外に特に変わった様子はなかった。神流川は奥のリビングに入り、窓を調べていたがやがて少し驚いたようにこちらを振り返る。
「窓には全部鍵がかかっていた。なかなかやるな」
「ほら、やっぱり本当にテレポートなんだ!」
先輩は歓喜の声を上げる。だがそれを聞いて俺の疑念はさらに強くなっていく。本当のテレポーターならこんな密室トリックまがいの仕掛けを作って見せびらかすようなことはしないはずだ。
これはそう、俺が超能力を見せびらかすために神流川と一緒にテレキネシスごっこをしたときのような、見せびらかしたいという気持ちを感じる。あれ、ということは俺の行為も本物の超能力者にはそう映っていたことになるのか。正直かなり落ち込んだものの今はそれどころではない。
「こうなったら何としてでも探し出すぞ」
神流川は家のドアをしらみつぶしに開け始める。まるでRPGの勇者かのように。ここが他人の家であることを覚えているのか心配になってくるぐらいだ。
「おい、いいのかよ」
「仕方ない、このままでは小説のネタにするのは地味すぎるし、これで密室テレポートトリックを書いても穴がありすぎる。題材としては中途半端なんだ」
「そういう問題か?」
が、先輩や龍凰院もすでに思い思いに捜索を始めてしまっている。いや、これは俺が気にしすぎなのか、と思い直した俺は捜索に加わるのだった。俺はまず本間耀の部屋と思しき部屋に向かう。他の人たちは隠れている本間耀を探しているようだったが、俺は彼女がどういう人物なのかに興味があった。
すると、運がいいことに、彼女の机の上に“秘密日記”と書かれた手帳大のノートを見つけた。RPGみたいだと思ったら本当にRPGみたいなものが出てきた。最近紙の日記をつけてる人なんてホラゲーの犠牲者とRPGの闇落ちしたNPCぐらいだろう。
秘密だというならそんなもの机の上に置いておくなよと思ったが、俺たちが急に来訪したのでしまう暇がなかったのだろう。そのネーミングに興味を惹かれた俺は早速ノートをめくる。
五月十一日
山科さんから聞いたところによると超能力研究会というよく分からない会が出来たらしい。テレキネシスごっこをする頭のおかしい後輩がいるという話を聞いていたが、なかなかおもしろい。ここは私が人生と超能力の先輩として力を見せてやろう。まずはテレポートだ。
五月十二日
テレポート作戦実行。山科さんが思いのほかごねて大変だったが、これでやつらも超能力者としてどちらが格上か思い知っただろう。
五月十三日
テレポートの反応はどうだったのだろうか。まさか私が不登校で家から一歩も出てないのに入会届を提出したとは夢にも思うまい。山科さんに聞いてみよう。
……と思ったら超能力研究会らしきやつらが来た。会ってしまったらミステリアスなテレポーターのイメージが崩れてしまうかも
ノートの記載はそこで止まっているが、これは今日のことだからこの後彼女は急いでここから出ていたのだろう。残念ながらどういうトリックでテレポートをやってのけたかは不明だが、記載を見る限り山科さんとの共犯と思われる。おそらく山科さんに頼んで俺のかばんに入れてもらったのではないか、などと考えていると突然どたどたという足音とともに誰かが家に入ってきた。
「あれ」
そこで我に帰った俺は背筋が凍るのを感じた。ついおもしろい日記を見つけて読んでしまっていたが俺たちやっていることは鍵が開いていたとはいえただの不法侵入である。俺が慌てて無意識のうちにノートがをポケットに入れると、マンションの警備員らしき人が部屋のドアを開けて入ってきた。
「誰だ」
俺は心臓が止まりそうになるのを感じる。警備員は平凡な中年の男で、何なら向こうも謎の侵入者に動揺しているのだが、不法侵入中の俺はもっと緊張して言葉も出てこない。
「す、すみません」
「ちょっと話を聞かせてもらおうか」
「は、はい」
こうして俺たちはまとめてマンションの警備員にお説教をくらうはめになったのであった。俺たちが本間耀と同じ学校だったため悪ふざけの範囲と解釈され、厳重注意だけで解放されたのが不幸中の幸いだった。
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